第44話

「ただいまぁ」


 久しぶりのハルボジの家は冷凍保存でもしておいたかのように昔のままだった、ハルボジも変わらない。なんでだろうか、祖父、おじいちゃんというのは小さな頃からおじいちゃんで、何年立ってもそのままだ。


 実際には自分が小さな頃はハルボジもまだ若くて、おじいちゃんと形容するには些か失礼だったはずだが、記憶の中にあるハルボジは今、目の前にいるハルボジで何一つ変わっていない、変わらずそこにいる。


「お、久しぶり宣美、くさ、酒くさ、お前ら飲んでるな」


「うん、はい、お土産」


 帰りに酒屋で買ってきた上等な焼酎を渡すと、満面の笑みになってお湯を沸かしだした、さっそくお湯割りにして飲む気だろう。 


 麗娜はフラフラと千鳥足で部屋に入ると布団も敷かずに畳に倒れ込んだ、かなり酔っ払っているようだ、明日ちゃんと仕事に行けるか心配だ。


「麗娜、そんな所で、風邪引くよ」


 押し入れから布団を出して敷きながら声をかけるがピクリとも動かない、仕方なく強引に布団に寝かせてから掛け布団を胸の上まで持ってきた。スヤスヤと眠る麗娜の寝顔がなぜか幼い頃の彼女と重なった。


「長いまつ毛……」 


 頭を優しく撫でると麗娜は口角を上げて嬉しそうな顔をする、撫でるのをやめると眉間にシワを寄せてもって撫でろと無言の圧力をアピールした。


「本当に寝てるのかしら」 


 話しかけるが反応はない、台所からは「ピー」っとヤカンから蒸気が立ち上っている、ハルボジの姿がない。どうやらトイレに入っているようだ。


「もう」


 立ち上がってコンロの火を止めにいくと後ろから「オンニ行かないで」と呟く声が聞こえた、振り返るが麗娜はスウスウと寝息を立てている。


「寝言か……」


「知ってるか?」


 いつの間にか隣にいるハルボジが話しかけてくる。


「ちょっと、ヤカン危ないでしょ」


「ああ、悪いな、どうも宣美がいると甘えちまうな」


「で、なにを?」


「ん、ああ、麗娜が美容師を目指してる理由」

 

 理由、そう言えば聞いたことなかったかもしれない、単純に手先が起用な彼女が興味を持ったからだと漠然と考えていた。


「宣美の髪を切ってあげたいんだってよ、何ていうんだ、あれ、専属美容師だ」


「え?」


「宣美を綺麗にして素敵な旦那さんと出会えるようにするんだってよ、そんで専属美容師だからよ、毎月会えるだろ、結婚しても毎月オンニと会えるんだって、だから美容師になるんだと」


「ふーん」


 パタパタとこぼれ落ちる涙がハルボジに見えないように背中を向けて麗娜の前に座った、掛けてあげた布団をもう剥いでしまっている、手を取ると温かいぬくもりが伝わってきた、濡れた頬に麗娜の手を当てる。


「麗娜、ごめんね、オンニはもう一緒にいられないの――。ごめんね」


 ハルボジには聞こえないよう小さな声で呟いた、もう麗娜の温かい手に触れる事も、彼女の声に振り向く事も、彼女の名前を呼ぶ事も叶わない。


 どうして気が付かなかったんだろう、私にはたった一人の護るべき家族がいた事に。


 どうして気が付かなかったんだろう、私にはこんなにも愛してくれる家族がいた事に。


 どうして気が付かなかったんだろう、私はとっくに幸せを手に入れていた事に――。


 もう戻れない、私は誤ちを犯しすぎた。せめて最後にみんなの役に立てるように散りたい。今はそれだけが最後の望みだった。

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