第37話
「それでは定例会議を始めます、なお本日は宣美さんの御客人が二名参加ということで、予定の議題を多少変更いたしますが悪しからず」
地下の会議室で司会の金本静香がいつものように淡々と挨拶をする、しかし会議室内にはいつもよりもピリついた空気が漂っている。
その原因はもちろん異分子が紛れ込んでいる事にほかならない。しかも一人は内閣総理大臣の息子で自身も議員を勤める石川孝介だ、無理もないだろう。
「まずは今朝方、宣美さんから一斉送信されたメールの件です、いつも通り報復ということでよろしいですか? 挙手をお願いします」
在日朝鮮人だと分かったとたんに婚約を破棄し同朋を自殺に追い込んだ日本人、当然全員が挙手をする。典子と石川は何のことか分かっていない。宣美に説明を求めるような視線を送ってきたのでメールをプリントアウトした物を二人に渡した。
「全員の了承が得られましたので、報復方法と実行者を決めていきたいと思います」
スナックのママをしている工藤が手を上げた。
「はい、工藤さん」
「こちらは当人と母親まで死んでいるわ、当然そいつら親子も死んで欲しいんだけど」
細長いタバコを咥えて火をつけた、タバコを吸うのは彼女だけだが禁煙にしようなどと発言する人間はいない、それぞれを尊重するのがネオコリアンの掟だ。
「まず母親を殺しましょう、滅多刺しとか爆破とかなるべく派手な方がいい、奴は気づくでしょう、我々の犯行だと、そして恐怖する。次は自分だと」
それから一ヶ月ほど泳がせます、精神が崩壊する前にキッチリと後悔させて殺すのはどうでしょうか、と柳が発言すると周りから拍手がおこり「それでいこう」とすぐに決まった。
手元のプリントを見ていた二人は顔を上げて幹部メンバーを見渡している。その表情にはハッキリと嫌悪が張り付いていた。
「実行者はどうするの?」
宣美が聞いた、実行者とは文字通り目標を殺害する人物だ。逮捕、もしくは命を落とす過酷な任務ゆえに代わりのきかない幹部は除外される。
しかし、それを下の人間達は文句も言わない、それどころか自ら実行者になると立候補する人間も少なくない。
「適任がいます、少々おまちを」
発案者の柳が席を立つと会議室を出ていった、こうなる展開を予測して外で待たせておいたのだろう、相変わらず用意周到だ。
一分もかからずに戻ってくる、柳の後ろについてきたのは今朝方あったばかりの張本だった、幼い顔に緊張の色がうかがえた。宣美は彼を見て心臓がトクンと胸打つのを感じた。
「張本は日本人に相当な恨みを持っています、次の出撃があれば是非にと頼まれていました」
挨拶しろ、と言われ張本は前に出る。
「金大世です、幹部のみなさんいつもありがとうございます、必ずやこの任務をやりとげ、我が国の為に散りたいと思います!」
緊張のためか声が上ずる。
「柳くん、彼はまだちょっと若いんじゃないかしら?」
シルバーフレームの奥の目が光ったような気がした。
「宣美さん、年齢よりも彼の心意気を組んでやってください」
「はい! かならずや成功させます」
確かに未成年の彼なら罪を犯しても軽くなる、しかし二人を怨恨で殺害すれば死刑は免れまい。
「殺害方法は?」
幹部の草野が聞いた。
「はい! バラバラにした母親の頭部を息子に送りつけます、その後たっぷりとプレッシャーを与えた後に犯人だと名乗り出て一緒に吹き飛んでやります」
威勢よく話す言葉とは裏腹に膝が震えているのを宣美は見逃さなかった、本当は怖いのだ。
「張本くん、自爆は最後の手段なのよ、相手を殺すだけじゃだめなのかしら?」
彼を死なせたくない。
「宣美さん、神風特攻隊をご存知ですか?」
太平洋戦争で日本は圧倒的に劣勢に陥った、彼らは戦闘機に爆弾を積んで相手の基地に突っ込んでいく。すでに配色濃厚であったにも関わらず日本の為に命を投げ出すイカれた日本人にアメリカ人は戦慄したというが、同時にナチスドイツのような狂信的な危険国家だと認知されたであろう。
「ええ、知っているけど……」
「日本人は嫌いですが、神風を実行した人間は素晴らしい勇気だと思います、自国の為に命をかける、そして、日本人にできて我々朝鮮人、いや、ネオコリアンに出来ないはずはありません!」
結局、宣美意外に反対意見を言う人間がいないので張本の出撃が決まった、幹部連からは盛大な拍手が彼に送られる。
ふと忘れていた事に気がついて隣に座る典子と石川に目をやった。二人は口を開けたまま固まっている、無理もないだろう。日本で起きている在日朝鮮人による報復行為が宣美たちの指示によって行われていたのだから。
「下がっていいぞ」
柳に指示されると張本は深々と頭を下げてその場を辞去した、あとは柳と打ち合わせをした後、爆弾班からの説明を受けて数日後には出撃する。
「ごめんなさい、進めていて」
宣美はそう言って会議室を出ると階段を駆け上がった、集会所を出ると薄暗い街頭の下で張本は肩を震わせて泣いていた。宣美は彼が気がつくように足元の砂利を鳴らしながら近づいた。
「張本くん?」
ピクッと震えていた肩が止まると袖で目元を拭いてから振り返った、真っ赤な両目が宣美をとらえる。
「宣美さん……」
「やめよう、君はまだ若いんだから、無理することない」
張本は黙っている、黙って宣美を見つめている。
「ヒョンがいました」
「え?」
ヒョンとは兄の事だが、彼に兄弟がいることは初耳だった、移住者は家族構成から財産まで徹底的に調べられる、宣美はその全てに目を通していた。
「サッカーが上手くて、優しい、自慢のヒョンでした」
でした――。
今はもういない、という事だろう。
「勘違いしないでください、怖くて泣いてたんじゃありません、やっとヒョンの仇を討てる、ヒョンの所にいけると思うと感慨深かったんです」
そう言って笑った張本の顔をみて宣美の胸は張り裂けそうだった、彼が嘘を、いや、全てではないが強がっているのが分かったからだ。
「お兄さん、ヒョンの事、聞いても良いかしら」
「もちろんです」
「座ろっか?」
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