第25話

「私は日本で一番偏差値が高い高校で常に成績トップでした、いや、ごめんなさい、自慢している訳じゃなくて、私たち朝鮮人は日本人よりも優れているって事をまずは理解してほしいの」


 体育館に集められた朝鮮学校の生徒たち、退屈そうにアクビをしている男の子、コソコソと隣の人間と話している女の子。真剣な眼差しでコチラを見つめてくるのは先生たちだ。


 宣美は壇上に用意された講演台のマイクにギリギリまで口を近づけた。


「日本人は朝鮮人を馬鹿にしていますよ」 


 眠そうにしていた一人の男子生徒がピクリと反応して睨みつけてくる、やはり高校生くらいの男の子には舐める、舐められるの話の方がウケるようだ。


「だれが俺たちを馬鹿にしてるんだよ、適当なこというなよオバサン」


 オバサン――。


 あたしはまだ二十三だよ、と心のなかで呟くと発言した生徒に向かってマイクを使わずに話しかけた。 


「私たちには選挙権すらないのよ、わかる? 税金は納めているのに。金だけ払ってろってことよ。なぜか、日本という国は我々朝鮮人を馬鹿にしているから」


「ふざけんなよ、なんだよそりゃ」


 おそらくは大なり小なり在日朝鮮人という事で不利益を被ったことがあるのだろう、会場はざわざわと熱気を帯びてくる。


「そもそもみんな、どうして本名の他に通称名があるか考えた事ある?」


 会場は変わらずざわついている、みんなもちろん分かっている、分かっていながらそれを認めたくないのだ。補助の先生にお願いして前列のおとなしそうな女子生徒にマイクを向けてもらった。


「バレないように……。ですか」


 マイクを通したことにより思いのほか大きくなってしまった声に下を向いてしまった女子生徒に話しかける。


「なにをバレないようにするのかな?」


 意地の悪い詰めかただと分かっているが、まずはここから始めなければならない、ハッキリと自分達が置かれている立ち位置を確認しないと前には進めない。


「朝鮮人だということを……」


 言い終えると彼女は泣いた、本人も何で泣いているか分からないのかも知れない、つられて周りにいる生徒たちからも鼻を啜る音が聞こえてくる。


「冗談じゃない!」


 台を両手で思い切り叩いて前のめりになった。


「どうして同じ人間なのに、日本に生まれて日本語を話す私たちが、私たちがどうして」


 宣美もここで涙を流す。


「こそこそと生きなければならないの?」


 先程までつまらなそうにしていた生徒も全員が宣美を真剣に見つめている、その一つ一つに怒りや悲しみ、悔しさ、もどかしさが入り混じっていた。


「こんな世界は変えなければいけない、じゃないと私たち、いや、私たちの子供たち、四世、五世もこそこそと生きる羽目になる」


「私たちが在日朝鮮人の未来をかえるの!」


 一瞬の静寂の後にパチパチと一人の生徒が拍手をすると、そこからは一斉に拍手喝采となる。周りを見渡しながら拍手が鳴り止むタイミングを待つ。


 

「今日は私の妹を紹介します、朴麗娜です」


 袖から制服姿の麗娜が姿を現すと男子生徒から歓声が起こる。短すぎる制服のスカートにルーズソックスは今時の女子高生なら当たり前だ、しかしガングロと呼ばれる真っ黒な肌ではない。透き通るような白い肌はオモニの遺伝子だろう。


「すげー可愛い!」


「こっち向いてー」


 宣美の隣まできた麗娜は正面をむいて一礼する、一緒に壇上に登ってほしいとお願いしたのはつい先程だ、壇上からの景色を共有したかった、麗娜に自分の考えを理解して欲しかったからだ。


「えー、ご覧のとおり美人です」


 宣美が紹介すると、どっ、と笑いが起こる。


「彼女は幼少期に性的虐待を受けていました」


 笑い声がピタリと止んだ。


「日本人の男です」


 再びざわめきがおきる。


「その男は言いました、朝鮮人が日本人に奉仕するのは当たり前だ、ありがたく思え、と」


 ふざけるんじゃねえ、ぶっ殺してやる、麗娜ちゃーん、会場では怒号が飛び交っていた、先生たちさえ顔を見合わせヒソヒソと話している。


「やつは札束を麗娜に投げつけて言いました、お前らは金で体を売る汚い種族なんだと」


 私は隣にいたのに何も言い返せませんでした、事実、その歴史があるからです。


 視界の端にいる麗娜が茫然と立ち尽くしているのが分かる、何か言いたそうにコチラをじっと見つめていた。


「私はみんなに青ヶ島に移住して欲しいわけじゃないの、でも、もしこの国で辛いことや苦しいこと、理不尽な目に遭った時に帰る場所、自分達の国があることを忘れないで」


 一息ついて周りを見渡す、それから息を大きく吸い込んだ。


「私たちは朝鮮人でも、ましてや日本人でもない、新たな独立国家に誕生する進化した人種、ネオコリアンです!」


 壇上から深々と頭を下げると今日一番の拍手が巻き起こった、顔を上げて生徒たちの顔を見るとみな晴々とした表情だ、目を腫らしている子も沢山いた。


 苦しんでいたんだ――。


 みな言葉や態度には出さない、朝鮮人はプライドの高い民族だから。でも、これからの人生を考えると、特に高校生はこれから日本人だらけの社会で生きていかなければならない。


 通称名を使えばバレないかも知れないがそんなのは根本的な解決になっていない。逃れようのない不安な未来に少しでも希望を持てたなら、もし日本の社会から弾き出される事になっても帰る場所がある事を彼らに伝えたかった。



 

「あの、素晴らしいお話でした」


 壇上を降りて袖で帰り支度をしていると高校生にしては小柄な男子生徒が宣美に話しかけてきた。


「ありがとう、みんな真剣に聞いてくれて嬉しかったわ」


「僕ぜったいに行きます、青ヶ島、宣美さんの役に立ちたいんです」


 キラキラと瞳を輝かせる男の子の顔は中性的で女の子みたいだ、女子に人気のジャニーズ事務所にでも入ればすぐに人気が出そうなルックスだった。


「ありがとう、でも無理しなくていいのよ、自分の夢ややりたい事があれば優先させてね」


 男の子は首をブンブン横にふる。


「今日、はじめて自分の夢ができました、青ヶ島を独立国家にすることです」


「そう、ありがとう、お名前聞いてもいいかしら?」


 姿勢を正して彼は言う。


「張本、いや金大世(キムテセ)です!」


 宣美は金大世とガッチリ握手をすると朝鮮学校の体育館を後にした。

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