第24話

 テーブル席のおじさんが言うと「ごめんごめん、刺身サービスするから許してな」と両手を顔の前で合わせている。


 そんなことが無くても宣美が店に行くと注文していないメニューがどんどん出てくる、挙げ句の果てに料金は決まって千円しかとらない、大赤字のはずだが本人は「気にすんな」としか言わなかった。


「成美ちゃんが来てから本当にこの島に活気が出てきたよな」


「ああ、若い人が増えると村も明るくなるな」


 となりのテーブル席で飲んでいる三人組はたしか村役場の職員の人だ。


「税収もメチャクチャ増えたしな、おかげでインフラ整備も大分整ったし、村の社会保障もテレビで取り上げられるくらいだ」


 足向けて寝れねえやと盛り上がる島民たち、彼らの会話はいつも同じだ、飽きないのだろうか。


「ねえねえ、税収って?」


 麗娜はいつの間にか自分のグラスにビールを注いで飲んでいる、まあたまには良いだろう、目をつぶる。


「お姉ちゃんが働いて稼いだお金の一部は税金として村に納めるの、そのお金を使って村は道路を整備したり街頭をつけたりするのよ」


「へー、あの喫茶店そんなに儲かるんだ」


 感心する麗娜には申し訳ないがそんなわけはない、喫茶店の売上など雀の涙だ、たくさんの人が来られるように料金設定は極めて安い。


 宣美は喫茶店とは別に株式投資をしている、本島を出るときにハルボジが密かに貯めこんでいた貯金、二千万を受け取った宣美は独学で株の勉強をして元金を増やしていき、五年間で百億円を超えた。青ヶ島村の住人として支払った税金は相当な金額になるだろう。


 何にせよこれから人口が増えていけばさらに金がかかる、あるに越した事はない。


「まあ、ね、それより高校卒業してからやりたい事は決まったの?」


 麗娜には難しい話は理解できないだろう、話を変える。すると待ってましたとばかりにグラスを置いて姿勢を正した。


「お姉ちゃん私ね、美容師になりたいの、今通ってる美容室が良かったら見習いとして働いて見ないかって、どおかな?」


 美容師か、麗娜は愛嬌があるし手先も器用だから向いているかもしれない、なにより自分でやりたい事を決めてその道に進もうとするのは素晴らしい事だ、将来的にはこの国で美容室を開けば良い。


「すごく良いじゃない、応援する、麗娜なら絶対にいい美容師になれるよ」


「うん」


 予定より少し飲みすぎた宣美たちを心配した大将が車で送ってくれた、いつもは瓶ビール一本程度なので気にせずに飲酒運転してしまうがさすがにこんな田舎の村でもほろ酔いで運転するのは危険だろう、明日歩いて車をとりに来るのは面倒だが仕方がない。


「二人ともおやすみ、いい夢みろよ」


 マニュアル車の軽トラックから大将が手を上げると麗娜が「おっちゃんありがとう」と返した、すっかり島民たちと意気投合している、この対応力も美容師に向いてそうだ。


 やかましいエンジン音を立てながら車は走り出すと赤いテールランプが暗闇のなかいつまでも光っていた、麗娜はその後ろ姿をいつまでも眺めている。


「あのおっちゃんも殺すの?」


「え」


「夜は冷えるね、早く部屋に入ろーよ」


「あ、うん、ごめんね」


 宣美は慌てて鍵を鞄から取り出すと木製の扉に差し込んだ、耳鳴りがするほど静かな暗闇の中で麗娜の啜り泣く声を聞こえないふりをして部屋に上がった。


 

 ――麗娜、オンニは間違ってるの?

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