第13話

「相変わらず綺麗にしてるわね」


 赤羽駅から徒歩三分、大学生の一人暮らしには広すぎる一LDKの部屋に上がるなり辺りを物色し始めた真希はおそらく他の女の影を探しているのだろう。


 そんな物はいくら探しても出てこないし、例え出てきた所で別れた女にとやかく言われる筋合いもない。


「あ、あたしの歯ブラシ捨てられてる、ひどーい」


「別れた女の歯ブラシをいつまでも保管するほうがおかしいだろ」


 別れた、の部分を強調したが真希はまるで何事もなかったかのように微笑んでいる、 体のラインが強調されたワンピースは少し屈んだだけでパンツが見えそうなくらい丈が短い、ボディコンと呼ばれるファッションが巷では流行っているが自分には何が良いのかわからなかった。


「で、あの姉妹とはいつから仲良くなったんだ?」


 冷蔵庫から自分の分だけ缶ビールを取り出してそのまま飲んだ、真希の事は客だと思っていないので彼女の分まで用意する気はない。 


「先週だったかな、あなたと全然連絡が取れないからさ、バイト先に行ったの、孝介くんいますかって聞いたら、隣にすわってた麗菜が今日は休みだよって」


 偶然居合わせた麗菜と成美、もしかして彼女ですか? と聞かれた彼女は、そうです、と嘘の情報を二人に与えたようだ。


「前から思ってたけど、どうしてアルバイトなんて始めたのよ」


 真希は自分の家のように冷蔵庫から缶ビールを取り出すと、当たり前のようにプルタブを空ける、ソファに腰掛けて一口煽ると何やら訝しげな視線をコチラに向けた。 


「アルバイトくらい誰だってするだろう……」


 彼女の言いたいことは分かる、何不自由ない部屋と十分な小遣いを渡されているにも関わらず、大学生という人生でも貴重な時間を割いてまでするような事なのか、という事だろう。 


「ふーん」 


「あの二人に変なこと吹き込んでないだろうな」


「なによ、変なことって?」


 なんだろう、そう言われてみると分からなかい、とにかく麗菜からの評価が下がるような事だ、今の所、かっこいいお兄ちゃんのイメージを頑なに植え付けている所だ。


「孝介のあれが小さい事、とか、早漏な事、とかかな」 


「おまっ、ふざけんなよ!」 


 自分がコンプレックスにしている事を指摘されて思わず大きな声がでた。真希を睨みつける。


「そんな事、あんな子供たちに言うわけないじゃない、そんなに焦らないでよ、それに私はそんな孝介も含めて愛しているんだから、気にしなくて良いのよ」 


 自分が短小、包茎、早漏だと気が付いたのは五人目の彼女と付き合っている時だった、良く言えば天真爛漫、悪く言えばデリカシーがないその女は、ベッドで事が終わると「すごい早いね」「こんな小さいの初めて見た」と悪気もなく言った。


 それから図書館で日本人の平均的なサイズや、包茎について学んだが孝介のサイズは日本人平均の半分以下だった、それからは女と付き合うのが怖くなり、しばらく彼女を作ることを避けていた。


「放っといてくれよ、他に好きな女が出来たって言ったろ」 


 真希と出会ったのは大学の飲み会だ、誰もが振り返るような美貌とスタイル、仲間内でも評判の女だった、かくいう自分も高身長、高学歴、学生だから収入はないが将来高収入が約束されている、通称三Kとして大学内でも女子人気が高かった。


「だからそれが誰だか教えてよ、私よりいい女じゃないと納得いかない」


 余程フラれた事が自尊心を傷つけられたのか、やたらとそこに拘っている、飲み会で初めて会った時にも、当たり前のように家に上がり込んできて酒の勢いもあり出会った日に体の関係を結んだ。


 酒の力もあり早漏は多少なり軽減できたようだが、包茎と短小は酒の力で治るものではない、しかし真希はその事には特に触れずに、何となく交際は始まった。


「お前には関係ないだろ」


 飲み終えた空き缶を握り潰すと、立ち上がり二本目を取りに冷蔵庫に向かう、プルタブに指を掛けた所でふわりと甘い柑橘系の匂いが鼻腔をくすぐる。 


「関係あるよ、孝介が好きなの……」   


 頭一つ小さい真希が後ろから手を回してくる、背中に当たる柔らかい感触と、鼻をくすぐる甘い香りで頭がクラクラした、そう、麗菜の事が好きになった今でも決して幼女趣味になった訳ではない、ちゃんと大人の女にも反応する事に安堵した。


「やめろって」   


 と言って、素直に止めるような軟な女ではないことは重々承知していた、家に呼んだ時点である程度の覚悟はしている。


 真希は強引に唇を重ねてくると、孝介のズボンを下ろして勃起と言うにはお粗末な陰部を咥えて、音を出して舐めだした。


「ちょっ、やめろって真希」


 セリフと行動がチグハグになる、あっという間に真希の口に射精した、缶ビール一本じゃ早漏防止の役には立たない。


「ねっ、気持ちいいでしょ?」


 なにが、ねっ? なのか理解不能だが気持ちよかったのは確かだ、このまま真希と普通に付き合っていけば何の問題もない、普通の大学生ならそうするだろう、八歳の女の子を好きになった所でどうする事も出来ないと頭では分かっている。


「ほら、ベッド行こ、孝介は早漏だけど、復活も早いから」  


 真希に手を引かれて寝室に向かう、もう抵抗する気力も起きなかったが頭の片隅にいる麗菜は消えることがない。


 結局、三回もしてしまった、バイト前に自慰行為が二回、真希の口内で一回、合計六回も一日に射精して体は大丈夫なのだろうか、若いので溜め込むのは良くないが、幾らなんでもこれは製造が間に合わないような気がする。 


「なにこの写真?」


 ベッドのヘッドボードに置きっぱなしになっていた写真を真希が素っ裸のまま手に取った、内心しまったと思ったがもう遅い。


「え、これって」


 真希は上半身を起こし、薄暗い部屋で写真をまじまじと観察している、その顔にたっぷりと嫌悪感を含ませていた。


「写ルンですで試し撮りしたんだよ」


 使い捨てカメラを持っている学生など珍しくもない、真希から写真を引ったくるとヘッドボードに伏せたまま戻した、麗菜に見られているようで居心地が悪い。


「ふーん、じゃあ他の写真見せてよ」


 相変わらず勘が鋭い女だ、写真一枚でなにかを感じ取ったのだろうか、それともバイト先の社員と、その娘の写真を持っている事がそんなに不自然だったか、何にせよ写真はその一枚しかない、三枚だけ撮って現像、二枚は姉妹にプレゼントしたからだ、麗菜が一番可愛く写っている写真を確保したのは言うまでもない。


「まさか人妻、子持ちのオバサンに負けるとは思わなかったわね」


「え?」


「隠さなくても分かるわよ、まあ確かに綺麗な人だけど、幾らなんでもそれは無理なんじゃないかしら」


 どうやら孝介の好きになった女性を英子と勘違いしているようだ、しかし当然と言えば当然か、まさか中学生の成美、ましてや小学生の麗菜を好きになったとは考えの外だろう。


「いや、まあ……」 


 曖昧に濁すことしか出来なかった、むしろ認めてしまった方が上手くいくのではないか、そんな考えも頭の片隅をよぎる。 


「まったくもう、でもまあ、安心した」


 人妻相手ではどうする事も出来ないと確信したのだろう、所詮は一時の気の迷いだと、これが同じ大学の年代が近い女だったりしたら彼女の自尊心は傷つき、どんな行動に出るか予想が付かない。


「そうだ、成美にお願いされてたの、今夏休みでしょう、宿題を手伝って欲しいんだって」


 成美の通う私立はやたらと宿題が多くて辟易しているそうだ、しかし聞く所によると彼女は成績が良い、宿題くらい一人で出来るだろう。


「孝介の家で一緒にやるって約束しちゃった、良いでしょ?」 


 なるほど、これは真希の二の矢だったに違いない、今日にべもなく追い返された時の為に保険を打っていたのだ、その執念には感服する。 


「なんで家なんだよ、図書館でもいけよ」 


「そうよね、うん、断っておく」


 今日の目的は果たして、恋敵は手の届かない人妻、真希にとって二の矢は用済みだったようであっさりと引き下がった。


「麗菜も楽しみにしてたから気まずいなあ」

  

 なんだと――。


「麗菜も来る予定だったのか?」


 ガクガクと震える膝を無理やり抑えつける、心拍数が急上昇してきたが平常心を何とか装った。   


「孝介のお家が見たーい、って、あの子、本当可愛いよね」


 麗菜の可愛さを分かってくれてありがとう、そう麗菜は可愛い。 


「ま、まあ、あれだな、約束を反故にするのは良くない、大人がそういった態度を見せると子供たちの将来に影響するかもしれん、そもそも近ごろの英才教育ってのは大人が無理やり子供に期待をして押し付けた末に行き過ぎた――」 

 

 テンションが上って意味の分からない事を口走っていた、麗菜がこの家に、リビングや廊下を走り回る麗菜、眠くなってベッドに横になる麗菜、ジュースを飲みすぎてトイレで用を足す麗菜――。


 気がつくと六回も射精したにも関わらず勃起していた、真希は嬉しそうに股がると腰を上下に激しく動かした、この日七回目の射精をすると天井を見つめながら気絶するように眠りに落ちた。

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