第2話 昔話は肴
1月30日。それは私にとってXdayだった。
そりゃ、未だに彼を好きなのか? と問われれば、答えはNoだ。けれど、もしかしたら、万が一にも何かが始まるのではないか。そんな期待がむくむくと膨らんでしまう。もしくは、気持ちを伝える事も出来ず、ずっと心に燻っているこのモヤモヤが今日の会合で、綺麗さっぱり晴れるのではないか。どちらにしても、私の胸は期待で膨らみ続けている。
これまで、
「お疲れー」
駅で待ち合わせて、仕事終わりの陽人と合流した。
「ちょっと待たせた?」
「全然。お腹空いた!」
「お腹空いたー。行こうか」
行く店はもう決めてある。そこは、陽人が行ったことある店だって事だったから、道案内を頼んである。
「休みの日に出て来てもらって悪いね」
「いいの。2連休だったから。明日も休みなの」
「2連休か、仕事シフト制?」
「そうだね。陽人は? 明日は仕事?」
「仕事だね。俺は、サラリーマンなので土日休み」
中学の頃の記憶で止まっている私にとっては、スーツを着ているのも、仕事の話をするのも新鮮だった。子供の頃の私達の会話なんて、好きな子とクラスが離れたとか、50m走のタイムだとか、めちゃイケ観たかとか、そんな話ばっかりだったし。
店に入って、私達はすぐにお酒を頼んだ。お互い子供の頃しか知らない者同士なのに、相手が当たり前の顔して。お酒を頼むのが面白すぎて、店員さんが去って行った後、2人して笑った。
「ねぇ、一緒にご飯食べるの給食以来なんだよ」
「給食以来ってやばいね。一回も会ってないのか」
「成人式で会ったじゃん」
「でも話してないよ?」
「そうだっけ?」
「そうだよ。そういうのは、会ったって言わないよ。見かけたって言うの」
口を尖らせたように言う陽人が幼くて、なぜだかそれが嬉しい。
「分かったー。会ってないのね。Instagram繋がってる事も忘れてた」
「え。それはひどくない?」
「違うの」
「違わないよ、ひどいよ」
「そうじゃなくて、私はInstagram全く開かないからって意味ね」
「あー……確かに、しょう子って見かけないな。俺も人の見てるだけで投稿しないし、時々さほのいいね欄で、しょう子のアイコン見てたくらいだ。さほとは会ってるの?」
「会ってるよ! でも月に1回か、2、3ヶ月に1回だけど」
「あんまり会えてないんだ」
「うん、さほ地元だしね」
「あー、そうなんだ。さほは、川口にいるんだ」
「そう」
「遠くないけど、遠いんだよなー……」
「そう! まぁ、私って近くても遠くても、友達と会うスパンて、そのくらいなの。陽人は?」
「俺、仲良い奴とは結構会うよ。月に2回くらい」
「マメだねぇ」
「普通よ! しょう子が会ってなさすぎ。まぁ、忙しいよな」
長い事会っていなかったから、会話は尽きない。取り敢えずは近況報告から始めて、お酒が入ると、もっと楽しくなってくる。
「聞いてなかったけど、しょう子って付き合ってる人いるの? 俺、何も考えずに飯誘っちゃった」
「いないから、安心せい。陽人は?」
「俺、いるよ」
「え」
自分でもびっくりする程可愛くない、低い声が出た。彼女が居たって変じゃないけれど、この流れで「彼女いるよ」はびっくりである。
「彼女さん的に大丈夫なん? ほら、いくら同級生だって言ってもさ」
「んー……大丈夫よ」
「なんか歯切れ悪いよ」
「本当に。もう、長い付き合いだし、彼女も会社の飲み会とか結構多いから、そこはお互い放任なんだ。お好きどうぞってやつ」
「じゃあ……いいか」
今現在、陽人に恋なんか絶対してない! と断言できるけれど、彼女いますよ報告には少しだけドキッとしてしまった。だって彼女さんに嫌がられちゃったら、もう会えないんだとか、誤解されない行動ってどんなとか、色んなワードが一瞬で頭の中を駆け巡っていった。そんな私を他所に陽人自身はどこ吹く風って感じ。呑気だなぁ、なんで私が気にして、この人が気にしてないんだ? そんなに堅い信頼関係が? 男女の違いかなぁ、なんてモヤモヤを酒で流し込んだ。
こんなプチ同窓会みたいな物にお酒が入ったら、1回は話題に上るのが当時好きだった人の事だろう。
「あー、しょう子と話してたら、なんか凄い思い出してきたわ、こなっちゃん」
その名前に、少しだけ頬の筋肉が引き攣るような気がした。
【こなっちゃん】は、当時陽人が好きだった女の子の名前で、私の気持ちを1mmも知らない陽人がよく私にこなっちゃんの恋愛相談をしに来ていた。当時の私的には、地獄である。こなっちゃんの事は全然嫌いじゃないけれど、彼からその名前が出ると何とも言えない気持ちになる。懐かしくて、苦い思い出だ。
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