海を泳いで

揺蕩う

ベランダ

夜に愛されている。

夜中の3時、ベランダでたばこの先を赤く光らせながら好きなバンドの歌を歌う彼女の声は少し掠れている。

そんな夜との境界線が分からなくなるくらい溶け込んだ後ろ姿をみてぼんやりとそう思った。

「あれ、明日のお通夜何時から?」

「18時から。てか今日ね」

「ああ、」

はやいね、そうぽそり落とすと灰も一緒に地面へ落ちる。

「あ、スーツ取りに行かなきゃ」

「喪服持ってない。黒色のワンピでいいよね」

「ユキが言ってるそれ、レースのミニスカートだろ。胸元がら空きの」

「いいじゃん、黒だったらなんでもいいんでしょ。…しかもあれ、あみちゃんが似合うって買ってくれたやつだし。私だってわかってたらちゃんといいの買ってたよ」

お前だけの通夜じゃないんだぞ、と用意していたセリフはその一言で打ち消され口から出ることは無かった。

「あみちゃんが選んだことをとやかく言うやつはぶっ飛ばす」

1週間前、空へと飛んだあみちゃんは昨日の朝息を引き取った。

入道雲は白く光り妙に涼しい、イヤな夏の朝だった。

そんなはずはないとニケツでバイクを走らせ汗びっしょりになりながら急いで病院へ向かい病室に飛び込むと、既に白い布が被せられ手はお腹の上で組まれていた。ユキが泣くこともせず亡骸に縋り付き何度も名前を呼ぶ、そんな姿を見ていたら頭の中でカーン、カーンと音が鳴りキリキリと痛くなった。

月明かりに照らされ今にも溶けて無くなりそうな後ろ姿を眺めていると、タバコを吸い終わったのかじろりと振り向き話し出す。

「私さ、あみちゃんの親がきた時あまりにも冷静だったから胸ぐら掴んでふざけんなって1発殴ってやろうと思ったの、それでも親かって、お前が殺したんだって。でもあみちゃんの顔見た途端声上げてきったない顔で泣くもんだからなんでもよくなっちゃった。ざまあみろって、感じ」

「ひでー奴。」

「うるさい。あみちゃん、アイツが泣くはずないって言ってたけどみっともないくらい泣いてたよ。ねえあみちゃんきいてる〜?なんてね」

ははっとカラ笑いをする。

その後は手続きをしたり色んなところに連絡をいれたりしており、俺たちもできることは手伝った、葬儀場とったりとか。

地元には至る所に葬儀場が並んでいる。前に街中葬儀場だらけで、こんなにいらないんじゃないかと言ったら「死ぬ人間の方が多いのだから葬儀場はいくらあってもいい」と返された。

その当時はふうん、そんなもんかと言う程度でしか思っていなかったけど「予約で埋まっており、早くとも2日後となります。申し訳ございません。」とちっとも申し訳なさそうではない女性に苛つき、今となりしみじみとその言葉の意味を痛感した。

今の時期は中々火葬場に空きがないみたいで早くて2日後だった。

その間、ドライアイスが敷きつめられた棺桶の中で独り冷たくねむったままだと思うと少し寂しくなる。

「わ、私さ、」

吃りながら喋り出すユキにうん?と返す。

2本目のタバコに手をつけた。

はーっと煙を吐き落ち着きが無い様子をみせる。

ゆっくりでいいよと話し出すのを待ってたら突然うずくまってうなりながら髪の毛をぎゅっと握ってひっぱりだした。

「おい!」

よくするユキの嫌な、子供みたいな癖。あやすようやめろよと両手を掴んで止める。

「言っちゃった、言っちゃったの!だってあまりにも苦しそうだったから!どうしよう私のせいだ、あたしが殺したんだ」

「落ち着けって、な、ほら離して」

落ち着くように抱きしめ、背中を撫でた。

耳元でユキの喉の奥がヒュッと鳴る。さっきまで「嘘?現実味わかない」ってヘラヘラ笑ってたのは無理してたからで本当はもう限界だったのだと理解でき、頭が熱くなった。

「言っちゃったの、あの日の夜苦しそうに泣いて死にたいっていったからあ。死んでもいいよあみちゃんは間違ってないよって。そしたら笑ってありがとうって、それ見て安心したの。」

吸いきらず落ちてしまったタバコの灰が風に巻かれ宙を舞う。

月明かりに照らされてキラキラと光った。


「死んでもいいよって、本当に死なないと思ったから言ったんだよ。ねえあみちゃん、最低だねあたし」


声が反響して耳から離れない、頭の中をグルグルと回る。

これを聞いたあみちゃんはユキになんていうんだろう、最低じゃないよって笑って言い返すのだろうか。

「ユキがあみちゃんのこと思って言ったんなら、お前も何も間違ってないよ。ただ…」

長いまつ毛が揺れる。開かれた瞳がじっと捉えて離さない。ユキの瞳はなんだか不思議だ、ずっと見つめていたら吸い込まれて彼女の内側に取り込まれそうになる。その日の夜も同じ、こんな鋭い眼差しで死んでもいいよと言われたんだろうなとか呑気に考えた。

「お前にできることはもう何も無かったんだよ。」

彼女の綺麗な顔がぐしゃりと歪んだ。しってる、と声をくぐもらせながら答える。知ってるならそんな救われたい顔をするなと思った。

「でもユキにそう言われて安心したんじゃないかな。そうやって冷静に受け入れて頭ごなしに否定しないところ、あみちゃんにとっては救いだったよ」

「そんなのわかんないじゃん。死なないでって、もうちょっと私と生きてみようよって縋っていればあみちゃん死ななかったかもしれない、きっとあれが最後のチャンスだったんだよ」

弱音をはいてる姿をみてると、スーパーのお菓子コーナーで駄々をこねてる小さい子に見えてきて思わず笑ってしまう。

「馬鹿だなあ。お前だってあみちゃんのあの顔みたくせに。生きてるうちにあんな幸せそうな顔もうみれなかったよ」

自死を決意した人間にこういうのは失礼だとは思うが、本当に朗らかな、今にも起き上がりおはようとでも言うんじゃないかと思うほど優しい顔をして眠っていたもんだから「ああ、よかったね」とホッとした。

俺たちがあみちゃんにしてやれることは何ひとつもなかったと心の底から言える。

喉の奥の奥から絞り出すようにでもって続けるもんだから「お前、あの子が選んだことをとやかく言うやつはぶっ飛ばすんじゃねえのかよ」と笑って片手で頭をグシャグシャ掻き回した。

うん、と答えてくれたけど本当はひとつも納得してないんだろうな、この先どうなるんだろうと絶望感につつまれる。

「気が抜けたら眠くなっちゃった。ねえ、ちょっと寝てもいい?」

「うん、起こすよ」

仰向けになって膝に頭を置く。

「えここで寝んの?布団引くからちゃんと寝なよ」

「…こうやって膝枕してもらってあみちゃんの話聞きながらウトウトするのが好きだったの。頭撫でてくれて、ユキの髪の毛はサラサラしてて綺麗だねっていつも褒めてくれた。」

閉じた目の隙間から涙がじんわり滲み頬を濡らす。

「もう一生、ないんだね」

ユキとあみちゃんは何度おなじ夜を過ごしてきたんだろう、そんな思い出に幾度となく救われてきたんだろう。

あみちゃんの代わりに頭を撫でようと思ったけど、そんなことできなかった。

彼女の冷たくなったちいさな手を握る。

「起こしてあげるから、気が済むまで寝なさいよお嬢さん」

涙を拭ってあげるとアイメイクがよれてしまい、ごめんねと謝った。

「いいよ、泣いちゃってもうベタベタだし。あーあ、折角お洒落してメイクまでして会おうと思ってたのに台無し」

目元に落ちたマスカラを払う、まだ涙が溜まっている瞳を静かに見つめた。

風が吹く、その度に風鈴の音が小さく鳴る。

一緒に目を閉じて風鈴の音も夏の生ぬるい風も、この小さな寝息も一生忘れまいと耳を澄ました。

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