第3話
そのウェイトレスの声は他のテーブルにも届いたらしく、店内の客達がアイバンらのいる方を振り向く気配が。視線を感じ取ったのは、ウェイトレスも同じ。「他の人にもこれを見せた方がいいんじゃなくって?」と促してきた。
「もちろん」
アイバンが答えるや、ウェイトレスは他の客の名を呼んだ。顔馴染みの常連らしい。
「どうだい?」
「おお、確かに可愛らしい」
「じゃなくって、見たことあるかどうか、だよ。噂の一つでも聞いちゃいないかい?」
客の背を叩き、真剣に考えさせるウェイトレス。しかし、六人とも首を傾げるばかり。
ただ、写真をアイバンに返した一人が、こんなことを聞いてきた。
「このお嬢さんが“対岸”の人なら、能力者なんだろう?」
「ええ、まあ」
「どんな能力なのかは分からないのかい? 変わった能力なら、噂になってるかもしれん」
そちらの線も期待してはいるが、控えめにやっている。ジュンの能力を触れて回ると、彼女の身に危険が及ぶ恐れがある。その上、能力を把握していると明かすこと自体が、エイチの能力を白状することにもなるからだ。
「離れ離れになったのが、“対岸”でのことなんです。だから、彼女がどんな能力を身に着けたのかは知らないままで……」
「だったら、土地土地の権力者を訪ね歩くのも手だな。“対岸”の人なら大事にされる。保護されることが多いと聞くよ。でなきゃ、生きていくために何かして稼がなきゃいかん訳で」
「このお嬢ちゃんの歳なら、“対岸”でも学生さんだろ?」
ウェイトレスが割って入って来た。
「ええ。アルバイトみたいなことはしていましたが」
「特技はあるのかい? 特技を活かして糧にしているかもしれないわ」
少し考え、アイバンは正直に答えることを選んだ。
「歌が得意です。さっき言ったアルバイト云々の一つが、歌だし」
その答に男性客が「そいつは本格的だ」「見目もよいし」と口々に呟く。そこへ声を被せるように、ウェイトレスが意見を述べた。
「こっちでも歌い手としてやってるかもね。話題になって、名が知れ渡れば居所も分かる……期待し過ぎかね」
「あり得ない話じゃない」
ビスタッチが言った。
「私の記憶では“対岸”の歌い手なんて、今までにない。探してるお嬢さんが歌い手をやっているなら、目新しさも手伝って、噂にのぼるさ」
「分かりました。そっちの方も気を付けてみます」
「アイバン君。この村に旅人が立ち寄るのは稀なようだから、聞き込みは早めに切り上げ、明日出発するのがいいかもしれないな」
頷くアイバン。エイチはジュースを一口飲んで話を続けた。
「一つ気になるのは、国の役人が来る件だ。――皆さんはご存じないかな、次にいつやって来るのかを」
こちらの世界の人達に尋ねる。
「さて。あの話は……」
「どうなるんだっけな」
頼りなげな会話だ。何故かしら、妙に牽制し合う空気が窺えた。エイチが念のためにと、付け加える。
「長寿の祝いの件じゃなくてもかまわない。何かない?」
「こんな村に国の遣いが来るのは、長寿の祝いぐらいでさあ」
「そういえば、お祝いは当事者の誕生日に合わせて来る?」
「交通事情さえ問題なければ、誕生日当日に来ますよ」
「だったら」
思わず口走るアイバン。エイチとアイコンタクトを交わした後、話を引き継いだ。
「いつお祝いの使者が来るのか、分かるんじゃありません? 村の人口って、そんなに多くないみたいだし、長寿の方の誕生日を皆さん、覚えているのでは」
「ああ、そうだよ」
答えたのはビスタッチ。声が遠くなったなと思ったら、いつの間にか厨房に戻っていた。
「次に祝いの対象になってるのはオルドーんとこのばあさまで、二日後に確か百十一歳になる。使者がその日に絶対来るとは限らんが、待ってみるかね」
「もちろんです。ぜひ」
内心、二日ぐらいならと安堵し、アイバンは答えた。エイチは首肯しつつも、やや思案顔をなす。
「今日を含めて少なくとも三日いるのなら、時間がもったいない。他にも外部の情報をもたらしてくれる人物に当たりを付けて、話を聞こう。旅人は少なくても、物流はあるはず。村の収穫物をよそに売ることもあるだろう。運送業者が往来してしかるべき」
「村にある物でたいていは済むからねえ。定期的なのは薬屋の行商くらい。それにしたって、一年ぐらい間隔空くんじゃないかな。あと、村の作物を売るには売るけれど、大して遠くじゃないよ。近くて、野菜や果物の足りない町なんかに売るのさ」
「なるほど。都市部のニュースも、時間差で伝わりそうだ。無論、逆もしかり」
「当然そうなります、お客さん」
そろそろ潮時としたいのか、ウェイトレスもまた厨房へと向かった。男性客達も元の席に戻っていく。
エイチとアイバンは礼を述べ、ジュースを干した。酒場が開くにはまだ早いが、行きたい場所はできた。役場に引き返すつもりだ。大きなニュースや国からの通達など、いち早く受け取るのは役場のはず。連絡手段が確立されているに違いない。
着いてみると前とは打って変わって、役場は騒がしかった。といっても村民が押し掛けている様子はない。職員達だけで慌ただしく動き回っている風に見えた。
「ゴッジスさん、いませんね」
観光課窓口に出向くも、そこは空っぽだ。
「忙しそうだ。先に、村に一つだけあるという病院に行くか。期待薄だが、都市部の新しい情報が入って来ているかもしれない」
「そうするのがよさそう――」
エイチの提案にアイバンが応じ掛けたそのとき、女性職員が現れた。
「何か? ばたばたしていてすみません」
若く、化粧もしっかりしている。その化粧に影響を及ぼしそうなほど、玉の汗を浮かべているところを見ると、よほどの大ごとが持ち上がっているのか。
「人捜しをしています。村で話を聞くのも手詰まりになったので、こちらで何か掴めないかと思い、来たのですが……何事かあったんですか」
普段より丁寧な口調で尋ねるエイチ。職員は曖昧な笑みを覗かせた。
「ええ、まあ。大したことじゃありませんのよ。……あなた方は“対岸”の人ですわね」
「はい。ゴッジスという方に伝わっていると思いますが、特に迷惑を掛ける能力ではないつもりです」
「いえ、あの……映画でいう特殊メイクみたいなことができる、そんな能力はお持ちでないかしらと思ったものですから。変装とか」
「は?」
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