この想い、必ず彼女に届ける!:ネスコートの村人大量消失事件
小石原淳
第1話
アイバンとエイチは、異世界での旅を続けていた。
「降りた地点が正しければ、ネスコート村に辿り着く頃だが」
地図から顔を起こし、前方を見通すエイチ。優しい眼差しだが眼光は鋭く、常に周辺に注意を払っている。
「一本道を間違えようがありません。むしろ、見落とした可能性が」
隣を行くアイバンは、上目遣いでエイチの顔を見た。
「確かに。荷馬車のおじさん、村の規模までは把握していなかったからね。相当小さな集落だとしたら、見落とし――」
懸念を口にしたエイチだが、途中で止まる。
「アイバン君。杞憂に終わったようだ」
緩やかなカーブを抜けると、約半キロ先に村があった。想像していたのと規模は近いが、目に付く建物はどれも予想以上に立派だ。
「それで、ジュンはいますか?」
二人の旅の目的は、彼女を見付けること。アイバンの想い人で、同い年の十五だ。エイチはアイバンの力になるべく、同道している。
こちらの世界では、アイバン達が元いた世界を“対岸”や“向こうの世界”と呼ぶ。両世界の人間に違いは基本的にないが、こちらの世界には特別な能力を持つ者が稀にいる。彼らは能力者と称され、一人に一つ能力を有する。日常で役立てている場合もあれば、秘密の任務に就く者もいるという。
一方、“対岸”の者は、こちらの世界に来ることにより、特別な能力が最大二つ、身に着く。故に、こちらの世界の者は、“対岸”からの者を歓迎しがちだ。特に国を司る権力者は優れた能力者を常に求めており、“対岸”の者と聞けば保護名目で囲おうとする。
ジュンが囲われない内に再会する――これこそがアイバンの目的。
アイバンはこの世界に来ることで、怪我や病気を治癒する能力を授かった。擦り傷程度なら念じれば治せるし、重症でも相手に触れていれば、完治に至る。でも、ジュン捜索には役立ちそうにない。第二の能力はまだ発現していない。
エイチに発現した能力も今のところ一つだ。自ら“リスト”と名付けたその能力は、人捜しに使える。この世界にいる全能力者の能力を把握できるのだ。誰がどんな能力を持つかのリストが脳裏にあり、様々な条件でソート可能。たとえば、目の届く範囲にいる人物が能力者か否かを即座に調べることだってできる。
リストは、名前と能力がセットになったもの。つまり、能力を授かったジュンの名前もリストにあり、目の届く範囲にいるとの条件でソートした結果、ジュンの名が上位に来れば、彼女の居場所も近いということになる。
「残念だが、この村にはいない」
「そうですか……」
「だが、リストにおける彼女の名はまたランクアップした。着実に近付いているよ」
「でも、まだまだ遠いんでしょう?」
「恐らく」
エイチの答に、アイバンは奥歯を噛み締めた。そして殊更に明るく振る舞う。
「じゃ、どうします? 予定通り、今晩はあの村に泊まりますか」
「急ぐ気持ちは分かる。でも、あの村なら安心して寝泊まりできそうだからね」
「どうして安心できると?」
「能力者が一人もいないんだ。余計な神経を使わずに済む」
二人は歩みを速めた。宿を確保せねば。
ネスコートは典型的な農村だった。近代的な建物が多数見えたが、少し奥へ入ると、田畑が広がり、水路が縦横に走る。ただし労働人口は少ないのか、国の政策なのか、放置された土地が目に着く。
「旅人とはお珍しい」
三階建て全体が役場になっており、その一階の片隅にあった観光課で、アイバンとエイチは宿の紹介を求めた。丸顔の男性担当者は、目も丸くして二人を見つめる。
「その上、“対岸”の方達となると、村始まって以来かもしれない。少なくとも、私は初めてお目に掛かります」
「それで宿は……」
急かすアイバン。旅人の存在が珍しいと聞き、不安になったのだ。
「あります、村の中心に一軒。用事もないですし、私が案内しましょう」
「いえ、道順を教えていただければ」
「遠慮なさらず。道々、村にある店等を紹介できますし、伺いたいこともあります。私、ゴッジスと言います。お見知りおきを」
ゴッジスは、席を外すことを意味する札を窓口に置いた。近くにいた同僚に声を掛け、カウンターを回って出て来た。
徒歩で村の中心部へ向かう。道すがら、あの店は衣料品、この店は食料品を扱っている等と教えてくれる。
「ご入り用の物があれば、買って行かれては」
「後ほど外出しますので。今はまず、宿に荷物を置こうかと」
答えるアイバン。外出とはつまり聞き込みだ。ジュンの所在を知る手掛かり求めて。
「では急ぎましょう。ああ、ところで」
先頭のゴッジスは何気ない口ぶりを続けながら、肩越しに振り向いた。
「“対岸”の方なら当然、能力者なんでしょう? 差し支えがなければ、どのような能力をお持ちか、教えていただけませんか」
「答えねばなりませんか」
ここまで極力黙っていたエイチが応じる。
「いえいえ。そのう、私どもはよいとしても、宿の主が警戒するやもしれません」
「お気持ちは分かります。だが、それは宿屋の主人に会ってからの話ではないかな」
「……分かりました。一つだけ教えてください。あなた方の能力は、人の心が読めるといった類のものではないですよね?」
居心地の悪そうな表情をなすゴッジス。案内を買って出て、役場を離れたのには、そういう事情もあったのだろう。表に出せない自治体のあれやこれやがあるに違いない。
「そういうことなら違います」
エイチはさも、初めて気付いた体で応じた。実際は、今までの旅路で何度か経験済みだ。
「その証拠に、あなたが仮に我々への悪口を頭の中で並べ立てても、僕も彼も全く怒らない」
「いえいえ、信じます。あ、もうすぐ着きますよ。あそこ、藁葺き屋根風の、二階建ての建物が見えますでしょう?」
藁葺き屋根風と表現するからには、実際は藁葺きではないのだろう。近付くにつれ、建物の壁は真新しい、頑丈な造りだと分かる。
玄関前でゴッジスは「しばしお待ちを」と言い残し、入って行く。じきに戻り、どうぞと招き入れる。
「こちらが当宿の主人、ナタリオンさん」
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