第41話 バカな騎士さん、さようなら

 少しだけでいいからあのまま休んでいてもらおう。これは僕のミスだ。

 こんな面倒なことにまで巻き込まれ、彼女がいったい何をしたというのだろう。

こうなったら一刻も早くこの悪魔たちを八つ裂きにしてやるしかない。


 そうだ。全員殺してやればいいのだ。

 普段押し殺している、僕の中のどす黒い部分が怒りとあわさって漆黒へと塗りつぶされていく。


「お前たちがいけないんだからな」

 僕は悪魔たちのところへ向かって思いっきり走り出した。


 地面が抉れ、周りから音が消える。

 お前たちは僕を怒らせた。


 いや、元は僕のミスだけど八つ当たりをさせてもらう。

 このあとシェリーの治療をしなくちゃいけないんだ。


 ただ無心に呼吸も忘れて悪魔を殺していく、途中で魔力が切れても、剣が切れなくなってもただひたすら殺し続ける。こんな奴らの相手をしている時間は本来なら一秒もないのだ。

 今まで他の人たちにバレないように力を隠していたことも、何もかもがどうでも良くなっていく。


 ただ、シェリーを守るためだけに剣だったもので殴り殺し、折れたら新しい剣を取り出してひたすら斬りつけ、殴って行く。

 永いような短い時間が過ぎた頃、誰かがどこかで僕のことを呼んでいる気がする。

 暖かい……。


「ダレル様! ダレル様! しっかりしてください」

「あれ? ソランそんなに慌ててどうしたの?」


「終わりましたから。悪魔はすべて倒し終わりましたから」

「そっか……」


 気がつくと日がゆっくりと上り始め、ソランに抱きしめられていた。

 こんなのシェリーに見られたら怒られそうだけど、ソランならいいか。


「ダレル、あんた何者なの?」

「僕はだたのシェリーの幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもない」


 ソランから離れ、刃の潰れた剣を杖代わりにしてシェリーの方へと向かう。

 もう、手に握力はなくなっていて、疲れて瞼も重くなっていた。


 シェリーがベットの上で起き上がり僕の方を見てくれている。

 先ほどよりも顔色がだいぶいいみたいだ。

 今からまた、シェリーの肺の水を少しずつ除去してあげて、そうだな。

 それが終わったら少しだけ休んでからソランにお茶でもいれてもらおう。


「ダレル!」

 この声がずっと聴きたかった気がする。


 この声を聞けば僕はまた日常へと戻ってくることができる。

 瞼が段々と重くなっていく。目を閉じながらもシェリーの方へと向かって歩いて行く。


「シェリーもう大丈夫だ」

 僕が目を開けるとシェリーの横に一人の女性が立っている。


 どこかで見た覚えがある気がするが、だけどどこで会ったのか思い出せない。

 彼女はいったい何をしているのか僕にはわからなかった。


 だけど、じぃとヘラクトスがその女性に斬りかかるとほぼ同時にカロリーナに悲鳴があがった。


「なんでシェリーの胸から手が生えて来ているんだ?」

 疲れすぎた頭で何が起こっているのか一瞬理解できなかったが、理解するより前に駆け出していた。


「予想以上にしぶとくて安心したわ。それにしても中級までとはいえ悪魔召喚をこれだけの人数で乗り切るなんてすごいわね」


「誰だお前は!? シェリーから離れろ!」

「私はダミノ・ティルギよ。幻術の森の魔女なんて素敵な名前でも呼ばれているわ」


 ダミノがシェリーの身体から腕を引き抜くと、目の前が一瞬真っ赤に染まる。

僕はシェリーが倒れそうになるのをなんとか抱き上げる。ヘラクトスとじぃの攻撃は空を切りながらもダミノを追い詰めていく。


「シェリー! しっかりしろ!」

「ダレ……ル。好き。ヘヘッ」

「シェリー僕も好きだよ。大好きだ。身分が違うとかもう関係ない。本当はもっと早くこうしていれば良かったのに」


 シェリーの身体から段々と力が抜けていく。

 あれほど苦しそうだった呼吸が、少しずつ小さくなっていくのがわかった。

 例え苦しそうでも、呼吸していてくれた方が何倍もいい。


「ゆきんっ!」

 雪ん子がシェリーの傷を凍らせて、それ以上出血がないようにしてくれ、僕は傷口にありったけの回復薬をかけると傷は徐々に戻っていくが、シェリーの呼吸は戻らない。


「幻術の森の魔女ダミノ、私の妹になんの恨みがあるのよ。あの子は一生懸命生きようとしただけなのに」

「彼女の運命では今日が命日だったのよ。あんな雪山に連れていけばどうなるかくらい想像できそうなものだけど」


「そんなの嘘よ!」

「何をしても助からない時もあるってことね。運命って残酷じゃない? 誰もできることをしてあげないで、見て見ぬふりして無駄に苦しませるなんて、あの子が可哀想だと思わないの? あなたたちって酷い人たちなのね。苦しみから解放してあげた私を誉めて欲しいくらいだわ」


「そんな理由でお前はシェリーを!!」

「ダレルはシェリーをお願い。こいつは私たちが殺すわ」

 カロリーナたちが波状攻撃を仕掛けていく。


 さっきまで戦っていた時の記憶はほとんどないが、僕が暴走したおかげで他のみんなの体力はまだ余っているようだ。だが、それでもダミノに一撃を加えることはできない。


 こっちが夜中から朝までのぶっ通しで戦い続けていたせいもあるかもしれないが、さすがにテロを計画とか書かれるても捕まっていないだけのことはある。


「シェリーごめんな。もう一人にはしない。だから最後だから少しだけ待っててくれ。雪ん子悪いけど側にいてやってくれ」


「ゆきんっ」

 魔力はまだ全然回復していない、武器を握る手にも力は入らない。

 だけど、ここでこいつを倒しておかなければいけない。

 二度とシェリーを危険にさらすようなことはあってはいけないんだ。


「坊や、そんなにボロボロで何ができるの? 押せば倒れそうなほど疲弊しているじゃない。良い子は寝んねの時間よ」


『ダレル、戦っちゃダメ』

 どこからかシェリーの声が聞こえてくる気がする。


 あぁシェリーもうすぐだよ。僕は自分の気持ちに正直になれそうだなんだ。

 ゆらゆらと揺れる身体には力が入らないけど、お願い僕に力を貸して。


「お供が一人残っても可哀想だから一緒に殺してあげるわ。お姫様一人助けられなかったバカな騎士さん、さようなら」

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