第6話 シェリーとの出会い。悪いんだけど私のこと優しく殺してくれない

 シェリーと出会ったのは、僕がまだ6歳の時の春、シバキ桜という出会う生き物に鞭を打ってくる災害のような桜が満開の季節だった。


 魔法は日々劇的な進化をしているのに、この世界には治らない病気が沢山ある。その頃の僕は両親に先立たれ、大量に残された魔道具と、魔術書、それに無駄に多い魔石に囲まれ、家の相続料を払えずに家を追い出されようとしていた。


 魔法については生まれた瞬間から、両親の英才教育がされ、そこら辺の魔法教授と呼ばれる人間よりは造詣が深いと自負していた。


 ただ、いくら魔法の知識があったとしても、社会への適性があるのはまた別問題だった。

 僕は魔法をまともに使えない奴らなんて、努力不足の奴ばかりだと思っていたが、現実問題は魔法だけで成り立っているわけではないことをこの時に知った。


 一番努力不足だったのは僕だった。


 彼女は僕の家から馬車で10分の公爵家の令嬢で、出会った時はまもなく6歳の誕生日間近だったと思う。


 生まれつき身体の弱い彼女はずっと入退院を繰り返し、最後は自宅で療養をして欲しいと回復術師からも匙を投げられていた。


 生まれた時から彼女のまわりには沢山の医者や魔術師が集まり、彼女の病気を治そうとしていたが、どんなに腕のいい者を連れて来てもそれは叶わなかった。


 そして、一人、また一人と彼女を治せないと諦める人間が増える中で、公爵様は最後の手段にでた。


 街の人間から彼女の病気を治せる人間を探し出そうと国中のギルドに依頼をだしたのだ。

 僕の家の前にも長蛇の列ができ、小さかった僕は、その行列が炊き出しか何かだと勝手に勘違いしていた。


 あの頃の僕は料理もまともに作れなくて、誰かの手料理にすごく憧れをもっていた。

 だから僕は疑いもせずにその行列へと並んだ。

しばらくして、公爵家の庭に入った頃、まわりの人間が話しているのを聞き病気の彼女を治すために集まっているのだと知った。


 みんなイチかバチかでお金目当てで集まっているらしかった。

 その頃の僕はお金の価値も、使い方もよくわかっていなかったので、彼女の治療への対価がどれほどすごい金額だったのかを理解できていなかった。


 ただ、空腹の中で思ったのは、女の子が苦しんでいるなら助けてあげなきゃだった。

庭には結界魔法が施され、賊の侵入を拒むように沢山の罠が設置されていたが、僕にとってはどれもおままごとみたいなものだった。


 ほんの興味本位で僕は列からはずれ、公爵家の結界の一部を解除して家の中に侵入した。

家全体にリサーチの魔法をかけて全体像を把握すると、一番弱っている子がいた彼女の寝室へと忍びこんだ。この頃の僕はこれが犯罪だなんて思いもしなかったが、無知は最強だと思う。


 今同じ事をしろと言われても、きっとできるがやらないだろう。

 それくらいの常識は学ぶことができた。


 彼女を治すために集められた人間は、危ない人間がいないか面接や実地試験でふるいにかけられるようで、彼女の周りには誰もたどりついていなかった。


 まだ見ぬ治療法を求めているのに、その治療方法を誰も成功していない人間が試験をするなんて本末転倒だろうけど公爵様も何かをせずにはいられなかったのだろう。


 あの当時はもちろん、そんなことは考えていなかった。

 単純というか、壊せるから壊し、治せれば手助けしてあげようと思って彼女の寝室へと忍び込んだ。


 部屋の真ん中に置かれた大きなベットの上で熱をだして苦しんでいる彼女が、どれほど大変な病気にかかっているのかも知らなかったし、ただ純粋に助けたかっただけだった。


 彼女はベットの上で呼吸を荒げ苦しそうにしていた。

 なんて声をかけよう。ここまで大胆に侵入して来た僕は少し冷静になり、急に僕の中の人見知りがでてきた。


「そこにいるのは誰? 賊なのかしら。悪いんだけど私のこと優しく殺してくれないかしら。そしたら叫ばないで見逃してあげる。これ以上家族に迷惑をかけたくないんだ」


 彼女は初対面の僕を怖がるどころか、殺してくれとお願いしてきた。

 この世界で生きることよりも死ぬことを望まなければいけない人がいることに衝撃を受けた。


 この世界は誰にとっても希望に溢れた世界ではなかったのだ。

 僕はなんとか彼女を笑顔にしてあげたかった。


「君が病気の子であってる?」

 僕の声を聞いて、彼女は首だけを持ち上げて僕の方を見てくる。

 一瞬笑ったような気がしたけど、こんなに苦しそうなのに笑うなんてことはないだろう。


「ハァ……随分小さな賊ね。あなた名前は?」

「ダレルだよ。偉大なる発明家の祖母から一文字もらったご先祖様に守られてる名前なんだって。君は?」


「私はシェリーよ。もうすぐ死ぬことを約束された悲劇のお姫様なの。それよりもあなた勝手に入ってきちゃダメじゃない。こんなところにいたら、警備のサファリに殺されるよ。あの子マイルールがあって容赦ないから」


「それは嫌だね」

 その時、入口のドアがノックされ声をかけられる。


「シェリー様、入ってもよろしいでしょうか?」

「ちょっと待って……あなた、私のベットの中に隠れなさい」

 手招きされるまま、僕は彼女のベットに潜り込むと彼女に抱き着くように密着した。

 今考えると完全にアウトな行動だ。


「いいわよ。どうしたの?」

「忠臣サファリです。失礼します。この家を管理する魔術師から、一瞬この家の結界に異常があったという知らせがありまして、お嬢様の警備にやってまいりました」


「ハァ、ハァ……賊が入ったってことなのかしら?」

 シェリーの呼吸が少しずつ荒くなっていく。

 呼吸系に異常があるようだ。僕はそのまま彼女の脇の下に手を伸ばした。

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