第5話 「一緒に有意義な生活送らない?」
彼女が僕の家の門に近づくと、仰々しく、頭を下げてくる護衛の女騎士サファリがいた。
サファリの横には忠実なるペットのレッドドラゴンが並んで頭を下げている。
「お嬢様、ご無事でなによりです。あの危ない男に何かされたのではないかと、忠臣サファリずっと心配しておりました。お怪我はありませんか?」
「ハハハッ! もう、サファリったらいつも冗談ばっかり」
サファリもレッドドラゴンも、まるでこの世界に僕がいないかのように、こちらを一度も見ることはなかった。彼らの中で僕は空気と同じだ。
「サファリ、ダレルにもあいさつをして」
「これはこれは、そこにおいででしたか。失礼を致しました。ついお嬢様のお帰りが嬉しくてあいさつが遅れました。ダレルサ・マ、ごきげんいかがでしょうか?」
「ありがとう。今までは良かったけど、反吐がでそうなあいさつをされたおかげで気分は最悪になったよ」
「ちょっと、ダレルそんなんだから私の家族に嫌われるのよ」
「別に、君がここに来なければ公爵家と絡むことなんて二度とないからね。嫌われてもいいと思ってるよ」
胸が少しだけチクリとする。本当はこんなことを言いたいわけじゃない。だけど、素直にそれを伝えても、いずれ終わってしまうのなら彼女の周りとは距離をとっていた方がいいのだ。
「この無礼な男を即刻打ち首にしてやりましょう。お嬢様ご命令を」
「もう、二人とも仲良いからってイチャイチャしないの!」
このやり取りをイチャイチャだと本気で思っているなら、彼女は頭の中まで病でおかされているに違いないが、彼女はそこまでバカではない。
僕たちが軽口を言っている間に、帰るための馬車の準備が整った。
彼女の家は馬車で10分とかなり近い。
なぜうちの両親は貴族でもないのに、こんな貴族が住む場所に家を建てたのか。
本当に迷惑でしかない。
「それじゃあ、僕はここで。シェリー様ごきげんよう」
「ちょっと待って!」
「なに? 今やっと貴族様用の礼儀正しいモードをきったんだけど。ここからは引きこもりモードにかわるから無駄な警備の前でも敬語が使えないよ」
「ちょうど今ね、いいこと思いついたの! さっきの有意義な生活の話なんだけどさ」
彼女は先ほどまでよりも、さらに満面の笑顔を浮かべていた。普段の時の笑顔が素敵なのは間違いないが、この笑顔が悪い笑顔になった時には注意しないといけない。この子はたまに笑顔のまま暴走することがある。
「一緒に有意義な生活送らない?」
「地下室は貸し出さないよ」
「明日、空いてるわよね?」
「申し訳ない。明日は庭にいるオールドランタンの命日で、明後日魔獣アントたちの穴掘りを手伝って、その次は……」
「小僧、お嬢様が空いてるか聞いてるんだよ。答えはイエスかはいだろ」
サファリが音もなく抜いた剣を僕に向けてくる。
普通一般人にそんな簡単に剣を向けるか? これだから脳筋って奴は嫌いなんだよ。
それに、イエスもはいも同じだろうが。
「それじゃあ明日ヒナコ鳥の時刻にまた迎えにくるね。忘れないようにあとでちゃんと双子の魔導書に書いておくから」
そう言うと、僕の回答を聞きもせず、馬車へと乗り込んでいった。
ソランだけは僕に会釈をしてくれるが、サファリは剣をしまうとそのまま、レッドドラゴンに飛び乗り、音もなく上空へと飛び上がった。
サファリはいつも上空からシェリーを監視している。親公認のストーカーみたいな奴だ。
彼女の馬車が目の前からいなくなると、ちょうど沈んでいくオレンジの太陽がカンターレ山の合間から顔をだしていた。妙に明るいその景色が僕の気分を余計にブルーにさせる。
『カンターレ山に雲がかからない翌日は晴れる可能性が高い』
それはここらでは当たり前の伝承だった。
明日もきっと晴れるに違いない。いったい何をするというのだろう。
馬車の音が遠ざかり、空がオレンジから徐々に闇の支配へと変わるころ、僕は家へとたどりついた。彼女と歩いて行った時にはあっという間だった道も、一人になった途端、時間がゆっくりと流れる。僕はずっと一人で平気で、一人が気楽で、一人で魔法の勉強をしているのが一番好きなんだと言い聞かせる。
やがて、そう遠くない未来に彼女はどんな理由にしろ、僕の目の前からいなくなることは決まっている。彼女との明るい生活に慣れてしまってはいけないのだ。
あれほど暑かった熱気から夕方の涼しい空気へとかわり、僕の頬を優しくなでる。
明日も会えると考えてはいけないのに、少しだけ口角があがっている僕がいた。
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