第30話 エピローグ
羽黒楓の怪我は、そうたいしたものじゃなかった。
右肘の捻挫、二週間ほど安静にしていれば治るそうだ。
とある日曜日。
楓の怪我がなおりきっていないくらいの時期。
俺たちは、二人で市内のスポーツ用品店に来ていた。
柔道着を買うためだ。
楓はしっかりとしたつくりのを二着持っていたが、俺のは柔道の授業用の、ペラペラの柔道着しかもっていなかったので、羽黒と二人で俺用の柔道着を買いにきたのだ。
「正直いってね、ああいう安い柔道着ってちょっとやりづらいから」
そういって、店主に出してもらった柔道着のカタログをペラペラとめくる楓。
っていうか、今は制服おさげメガネ。
でも、最近じゃあダウナー羽黒楓バージョンでも、以前よりも少し明るくなった。
「あ、このニズノの道着がいいと思う」
「じゃ、それにするか。すみませーん、採寸お願いします」
ま、柔道に関しては楓のほうが詳しいからな。
と。
そこに。
「あ、それいーじゃん、私もそれおすすめー」
後ろから声をかけてきた人物がいた。
ぱっと振り向くと、そこには羽黒楓とそっくりの、でも全然別人がいた。
快活そうなポニーテール少女。
もう一人、ちいさな女の子――楓の小さい方の妹の、青葉だ――と手をつなぎながらニコニコと笑顔で俺たちに話しかける。
「楓ちゃん、やっほー」
「あ、紅葉さん……」
俺がいうと、
「今日はね、練習休みだからママと楓ちゃんと青葉ちゃんに会いにきたんだよー。一ヶ月に一日は完全休養日があるんだよねー」
「紅葉、あんた……ついてこないでっていったのに!」
「えーでも私が柔道漬けの毎日送ってるあいだに、楓ちゃんだけ彼氏つくってるとかー、ずるすぎっしょー」
こっちの羽黒は柔道着を着ていなくてもやけに快活だ。
「だからそんなんじゃないって言ってるのに!」
「あのねー、この子、ずっと前、電話で言ってたんだよ。一人しかいない柔道部で柔道なんて続けられないって。私の柔道はここで終わりだって思ってたって。なのに、一人だけ力を貸してくれた人がいるんだって。その人のおかげで……楓ちゃんはね、ほんと、特別な想いで感謝してるんだよ」
そして紅葉は俺の顔をまじまじと見つめて、
「うーん、でも楓ちゃんが好みになったって顔がこれかー、うーん、そっかー、そうねー、うーん」
おいなんだそのそこはかとなく失礼っぽいニュアンスの発言は。あと好みになったって、それってつまり……。
「楓ちゃんアベ兄弟のお兄ちゃんが好みだったもんねー……似て……ないか……」
「紅葉なんかウルフがいいんでしょ?」
「双子なのに、全然好み違うよね」
妹の紅葉に言われて、楓は当然、という顔でこういった。
「当たり前でしょ、私は私、紅葉は紅葉、全然別人なんだから。……紅葉になりたくて、ちょっと無理したときもあったけど」
最近は、ダウナー状態でも明るくなったのと引き換えに、柔道着を着ている時でも楓は少しおとなしくなった。
そっちのが素だったらしいけど。
柔道で自分よりも成功を収めた紅葉と自分を同一視したくて、無理して明るくしていたらしい。
「でもさ、柔道着バージョンの楓も好きだったけどな」
二つに分裂していた楓はひとつに交じり合い、一人の羽黒楓になりつつある。
「あれ? 『も』ってことは、制服バージョンの楓ちゃんは当然のように好きだったってこと?
ね、ね、今のって愛の告白?」
紅葉が真っ赤な顔で嬉しそうに言う。
「ち、ちが……」
否定しようとする俺、楓はふん、と鼻を鳴らすと、
「紅葉ちゃん、変なこといわないで。……でも、私は最初から月山くんは悪くないとおもっていたよ。これからも、よろしくね」
といって、おさげを揺らして首をかしげ、ニッコリと笑った。
「楓ちゃん、今のって愛の告白にOKの返事ってこと?」
「違うよ、投げ込みの相手として悪くないってこと、私が強くなるためにはもっともっとずっとずっと月山くんを投げなくちゃね。今はもう、月山くんは私の柔道の一部なんだから」
柔道に人生全部をつぎこんできた羽黒楓は、道着を着た時のハイテンションでも、制服のときのダウナーな感じでもなく、実にニュートラルな笑顔で、
「一緒に強くなろうね!」
と俺に言うのだった。
〈了〉
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お読みいただきましてありがとうございました!
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あとほかにもいろいろ書いてますので、作者フォローしていただくとうれしいです。
【完結】羽黒楓の背負い投げ 羽黒楓@借金ダンジョン発売中 @jisitsu-keeper
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