第20話 おさげメガネのダウナー少女



「いやあ、レスリング部の部員の家族にな、それ危ないからやめさせたほうがいいんじゃないかってクレームがきて。先生もな、考えてみたんだけど指導者なしでの練習は危ないなと思ってな……」



 申し訳無さそうに言う野上先生。


 でかい身体を小さくして俺たちに頭を下げる。



「レスリングもそうだけど、柔道だって格闘技だしな。よく考えたら先生も先生がいないときにレスリング部のやつらに練習させないもんなあ。職員会議でも問題になりかけて……だから、悪いけどどこか指導者のいる学校で練習してくれないか? その辺は先生が話をつけるから」



 おさげメガネのダウナー羽黒は、いつも以上にダウナーな表情で野上先生の言葉を聞いていた。


 事実上の廃部宣告だ。


 二週間後に県大会があるってのに、それどころじゃない、やばいことになってしまった。



「………………」



 制服バージョンのダウナー羽黒はいつもどおり黙りこくってしまっている。


 代わりに俺がいわなきゃいけないな。



「でも先生。いろいろ調べたんですけど、うちの学校から自転車ですぐいける距離に女子柔道部があるところ、ないんですよ! ちょっと離れた場所ならあるけど」


「じゃあそこでいいじゃないか、先生、電話してあげるぞ」


「違うんです! 羽黒は、ほら、あの、家のためにバイトしてるから……遠いとこだと通えないんです」


「うーーーーん…………」



 腕組みをする野上先生。



「この辺には町道場もないしなあ。悪いが、諦めるっていう手もあるぞ。うちは進学校だ、なあに、部活やらなくても勉強にうちこめばいいじゃないか!」



 もう首が地面にめりこむんじゃないかというくらいがっくりうなだれる羽黒。


 彼女を見て俺と先生は顔を見合わせ、でもどうしようもなくて、



「悪いな、羽黒」



 先生もそう言うしかなかった。



     ★



 次の日曜日。


 当然ながら学校は休みだが、部活はやっている。


 俺が武道場へ行くと、羽黒はいつものように武道場の真ん中でごろりと横になっていた。


 ただ、いつもと違うのは、その羽黒が柔道着を着ていない、ということだ。


 学校のえんじ色の体操服をきたおさげメガネ羽黒だ。


 そして、その横にもうひとり、ミニ羽黒もごろりと横になっていた。



「おいおい、今日は妹付きかよ」


「先生の許可はとったよ……家庭の事情だし……いつもはおばあちゃんちに預けるんだけど、都合の悪い日もあるし……」



 そういえば日曜は家にだれもいないとかいってたな。



「ねーねーおにいちゃんは私のおにいちゃんになる人?」



 ミニ羽黒、青葉ちゃんは屈託のない笑顔で俺に訊く。



「多分ならないと思うぞ……」



 適当に返事をしておく。



「じゃ、練習、するか?」


「そうだね……」



 だが、柔道の練習は禁止されてしまったから、柔道着を着ることができない。


 柔道着をきていない羽黒なんて、ただの根暗なおさげメガネだ。


 その彼女があんまり似合っているとは思えない体操服を着て、



「えーと……じゃ、腕立てでもやろうか? あとスクワットと腹筋ね」



 実際、そのくらいしかやることがない。ちなみにいうと、綱登つなのぼりも危険だというので禁止されてしまった。


 一面に畳がひかれた広い柔道場で、たった二人(とミニ羽黒)が、並んで腕立て伏せを始める。



「いーち……にーい……さーん……」



 うーん、そこはかとなくわびしい。



「にひゃくにじゅいーち……にひゃくにじゅうにーい」



 羽黒は腕立てをつづける。


 ちなみに俺は三十回でダウンした。


 ミニ羽黒は飽きたのかきゃっきゃいいながら武道場に迷いこんだちょうちょをおいかけている。



「さんびゃく……」



 やっと羽黒は腕立てをやめる。


 と、いきなり。


 信じられないことに、羽黒は突然、



「う……ふぐっ……ぐす……ふぐぅ……」



 と声を抑えて泣き始めたのだ。


 書き間違いでも言い間違いでもない。


 羽黒が、泣いているのだ。



「お、おい羽黒……」



 突然女子が泣き出した時、男なんてもんはおろおろするしかない。



「こ、こんなんじゃ……強くなれないよ……練習時間も短くて最初からハンデあったのに……。せっかく月山くんが柔道部に入ってくれて、まともに練習できると思ったのに……ぐす、ひっく……ごめんね、ひっく、私が調子にのって絞め技とかしたから……ひっく……」


「いや、羽黒のせいじゃないぞ、あれがなくても、遅かれ早かれこうなったと思うし……」



 とはいえ、練習につきあってやってる俺もこれには参って、こんな調子じゃ県大会でうまくいくはずもないし、だからといって柔道を羽黒が諦めるわけもないし、とにかく手詰まりで俺まで泣きたくなるのだった。


 この日から、羽黒は毎日泣くようになった。








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