第17話 人生全部柔道につぎこんできたんだから



 インターハイ地区予選。


 試合が、始まった。


 この地区はそんなに柔道が盛んではないらしく、参加高校の数もすくなく、羽黒の出場する女子軽量級個人戦の人数は、たったの八人。


 三回勝てば優勝だ。


 まずは一試合目。


 羽黒はリラックスした表情で試合場に立つ。


 むしろ俺の方が緊張してドキドキしてしまう。


 審判は男の人だ。


 この審判、どこかの高校の顧問らしく、きっと本人も柔道選手だったのだろう、めちゃくちゃ身体がでかい。


 審判と比べると羽黒の身体はちっちゃすぎて、見ているだけで不安になる。


 まあ、階級制だから相手も同じくらいの体格なんだけど。


 羽黒は一番下の階級である、48kg級だ。


 さて、その小柄女子が二人、試合場で向かい合う。


 その真ん中に立つ、百キロ以上はありそうな審判が、大きな野太い声で叫んだ。 



「始め!」



 その声と同時に、羽黒も気合の声をあげる。


 とんとんと跳ねるように相手に近づいていくと――


 組んだ瞬間だった。


 相手の身体がガクン、と沈んだ。


 羽黒の小内刈が相手選手の足を払ったのだ。


 こうなるともう相手は重心を崩してしまっていて、羽黒の高速の攻めに対応などできない。



「やあああっ!!」



 羽黒の元気のよい掛け声とともに、相手選手の身体は羽黒の背負投に為す術もなく宙を舞い、畳に叩きつけられた。


 開始わずか八秒。


 あっという間の出来事だった。



「つええー! なんだあいつ……」


「さすが室側女子……」


「転校で今は東高校らしいぞ」



 あちこちでざわざわと話をしているのが聞こえる。


 当の本人は汗ひとつかかないで戻ってきて、にっこり笑顔を作ると、



「勝ったよ!」



 とピースサインを作った。


 二回戦も同じようなもんだ。


 開始十二秒、羽黒が片足で相手の股ぐらを跳ね上げるようにして――内股って技だ――相手の身体はあっさりと一回転した。



「すげえな、羽黒ってほんとに強いんだな!」



 俺が感心していうと、羽黒は得意気に「ふふん」と笑って、



「あったりまえでしょ! 私はね、人生全部柔道につぎこんできたんだから」といった。



 この調子だと簡単に優勝できそうだ。


 ところが。


 事件は、決勝戦で起こった。


 決勝の相手は南高校の女子柔道部キャプテン。


 さすがに開始数秒で一本勝ちとはいかず、試合は一分ほど膠着が続いた。


 でも羽黒の方が優位なのは誰の目にも明らかで、相手がまだ投げられてないのが奇跡みたいにすら見えた。


 だが、場外際、相手が掛け逃げ気味の背負投から寝技に羽黒をひきこんだときだった。


 相手の足が羽黒の顔にからむ。


 素人の俺にはなにがどうなってるかわからないが……。


 といきなり俺の隣にいた南高校の男子生徒が叫んだ。



「いけー! 腕めろ、腕極めろ!」



 腕?


 める?


 そう、関節技。


 腕ひしぎ逆十字固め。


 プロレスや総合格闘技なんかでもよく使われる、一番メジャーな関節技。


 それを、相手が羽黒に決めたのだ。


 瞬間、



「あうっ!」



 と、羽黒のうめきが聞こえる。


 なんだこれ、まさか腕、極められているのか?


 審判の腕がピクリと動きかける。


 だけど羽黒は『参った』をしない。


『参った』っていうのは、格闘技でいうところのギブアップで、相手や畳を二回叩くことで負けを認める合図だ。



まってる極まってる!!」



 隣の南校生が叫ぶ。


 素人目に見ても、完全に関節技がまってしまっているように見える。


 苦痛で顔を歪める羽黒。


 まさか、ここで負けるのか?


 あの羽黒が?


 男の俺をあんなに簡単に投げ飛ばしちゃうようなやつなのに?

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