第13話 鍛えられた人間の身体ってのは完全といえるほどの美を感じさせる



 次の日、筋肉痛に苦しみながらもよたよたと俺が教室に入ると、すでに羽黒は自分の席についていた。


 やっぱり地味なお下げで、昨日とは別の本を読んでいる。


 ちらりと俺の顔を見ると、ほんの一瞬うれしそうな表情を唇の端に浮かべ、またすぐにうつむいて本に視線を落とす。


 しかしまあ、改めて教室での羽黒と柔道場での羽黒の違いには驚かされる。


 まったくの別人にしか見えない。


 話しかけようかな、とは一瞬思ったが、また昨日みたいなことになると悪いので、本人の希望どおりそっとしておくことにする。


 しかしなあ、この陰気臭い子が、柔道着を着た途端に快活なスポーツ少女になるんだもんな。


 どっちが本物の羽黒なんだろうか?


 練習はきついけど、でも、羽黒のことをもっと知りたい、という好奇心のほうが勝ってしまう。


 俺は放課後がとても待ち遠しく思っていた。


 長く感じた授業が終わり、やっと放課後がやってくると、バッグに入れた柔道着を片手に、俺は柔道部の部室に向かう。


 部室は武道場の二階部分にある。


 柔道部と剣道部用に二つの部室。


 この高校には今どちらの部活もないから、人気なんて全然ない。


 自分でもなぜかわからないけど、やけに軽い足取りで階段を登って行き、昨日着替えたのと同じ柔道部の部室のドアを開ける。


 はっきり言おう。


 俺は、まったく予想なんてしていなかった。


 ただ昨日と同じように普通にドアを開けただけなのだ。


 ほんとにほんとにほんとに、こんなの、これっぽちも予期していない出来事だったのだ。


 部室の中には、羽黒楓がいた。


 まず目に入るのは、羽黒の大きくて黒い瞳。


 そして艶のある黒い髪の毛。


 練習のために髪型を変えようとしていたのか、おさげはほどいている。ふーん、女の子の髪の毛って、しばってないと思ったよりも長いんだな。


 その髪の毛が、羽黒の白い肌の肩を覆っている。


 ……白い肌の、……肩?


 ん、どういうことだ?


 羽黒の肌はとても白くて……いやいや、なんで俺今、羽黒の肌の色を見ているんだ?


 服はどうした、服は?


 意味がわからなくて俺の思考が止まる。


 羽黒楓の黒い瞳、黒い髪の毛、白い肌。


 そして、次に俺の網膜に映ったのは、ピンク色の苺だった。


 苺。


 んん? 苺ってなんだ?


 俺は部室の中に視線を泳がす。


 羽黒の制服のブラウスとスカート、それに白いシャツがきれいに畳まれてテーブルの上にあって。


 羽黒はもう、ほとんど裸といってもいいくらいの格好で。


 つまり着替え中の下着姿で。


 そしてちょうど、フリフリのフリルがついた苺柄のかわいらしいブラを外したところで。


 ブラの苺と、そしてなんていうか、同級生の柔肌の、少しだけ盛り上がった胸の部分の先端の、これもまたかわいらしい苺が二つ。


 プリントされた苺と、どこまでも生々しい生苺。


 うん、これって、ダブルミーニングというのだろうか。


 ……羽黒自身も、誰かがこの部室に入ってくるのを予想していなかったのだと思う。


 なんの警戒心もないようすでブラをポイッ、とテーブルの上に置こうとしていたところだった。


 それはつまり、パンツ一枚の羽黒楓の裸が、俺の目の前一・五メートルで晒されているということで。


 二人、目を合わせたまま身体を硬直させて固まる。


 あまりに近すぎて、小柄な羽黒の全身が視界におさまらないほどだ。


 そんな近くに、同級生の女の子がこぶりな……うん、とてもとてもこぶりで控えめななんというか、ええと、なんといえばいいのか迷うけど、うん、そうだ、最大限に婉曲な表現をさせてもらうならば、羽黒楓は俺の目の前で、



『おっぱい』



 を晒して半裸でいるのだった。


 いやだっておっぱいはおっぱいじゃん! それ以外の言い方なんて思い浮かばないし!


 あとはせいぜい乳、くらいじゃん!


 俺だって十六歳の男子、目の前に女子の裸があればそりゃもうその映像をすみからすみまで分析しはじめちまう。


 男の脳っていうのはそういう風にできているのだ、うむ、俺の意志ではないが仕方がない、羽黒楓の裸を分析開始せざるを得ないが、これはもう大自然の理のもと、有性生物の正常でオートマティックな精神の動きなので俺が悪いのではないのだ。


 そんなわけで。


 柔道で鍛えられた羽黒の身体は、ごくごく自然な感じでひきしまっていた。


 スポーツ少女といったってボディビル選手みたいな感じじゃあ、ない。


 無駄な脂肪がなく、でもまったくないわけじゃない。


 しなやかそうな筋肉、でも過剰なほどの筋肉じゃない。


 俺の手のひらですっぽりと覆えてしまえる程度の慎ましやかなバストから始まり、贅肉のないウエスト、そしてブラと同じ苺柄のパンツに覆われた、濃密に引き締まったお尻へと至るライン。


 それは見事なアーチを描いて、なるほど鍛えられた人間の身体ってのは完全といえるほどの美を感じさせるのだなあ、などと思うと同時に、きゅっ、というよりもぎゅっ、と引き締まった腰のあたりはもうふつうにエロいのだった。


 羽黒は身長こそ低いけど、顔が小さいのもあってバランスは悪くない。


 へー羽黒ってこうしてみるとわりと足も長いんだなあ、などと思ってしまう。


 制服を着ているときの地味なおさげ少女からは想像もつかなかったな、羽黒って脱ぐとめっちゃスタイルいいじゃん。


 ま、胸は小さめだけれども、引き締まった羽黒の身体からすると釣り合いがとれている。さらにはその胸のさきっぽにあるちっちゃい苺が、もうなんつーかあれだ、おい、同級生の生苺を間近でみちゃった純潔男子としてはもう泣きたくなるくらいかわいらしくてラヴリーとしかいえないのだった。


 羽黒楓のラヴリーストロベリー。


 甘そう。


 ……なにいってんだ俺は。


 ほんと、俺は馬鹿だなあ。


 さらに特筆すべきは、羽黒のおなか。


 モデルさんとかだと腹筋で縦に割れてる人は多いけど、羽黒の場合はしっかりと横にも割れている。


 決してガチムチってわけじゃないんだけど、うっすらとした脂肪の向こう側に、たしかに六つに割れた腹筋が見て取れる。


 女子っていうのは男よりも筋肉がつきにくいはずだ。


 高校一年生の女の子がここまで身体を鍛えるのにどれだけのトレーニングを積んだのだろうと思うと、エロい気持ちとはまた別な感動が生まれてくるのだった。


 ……俺がそんなふうに羽黒の一糸まとわぬ……いや、苺パンツだけまとった身体を分析した数秒間。


 羽黒の方はというと、俺の顔を見つめたまま、ぽかんと口をあけ、大きな目をさらに大きく見開き、そして、



「はひゅっ」



 と、勢いよく息を吐いた。


 何か叫ぼうとしているのだろうか、そのままパクパクと口を開いたり閉じたりしていたが、やっぱり「キャー」とでも叫ぼうと決心したのか大きく息を吸い込んで、でもそんな叫びを意志の力で無理矢理止めようとしたみたいで、



「はぷんっ」



 と、変な声を出す。


 俺はすぐに回れ右をして部室をでていくべきだったのだろうけど、なんだか俺の方も頭の中が混乱してしまって身体が動かない。



「み……」



 やっと、羽黒が言葉らしきものを口から出す。



「見ないで……」



 そして、柔道少女は、同級生男子の視線から自らの身体を守るために、もっとも見られくない場所を両腕で隠すのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る