アズキ 特別任務に挑む

 日曜日。それはおおよそ世界共通の学生の休息日だ。


 日々学業に、運動に、或いは青春に励む少年少女達。しかし如何な強弓であっても時折は弦を緩めないと切れてしまうように、学生も毎日そういった事に励み続けては効率も悪くなる。


 なので一部の人が休む時にこそ働く苦労人を除き、大手を振って学生達が気を緩めて遊ぶなり休むなり意中の相手とキャッキャウフフ出来る七日に一度のチートデイ。そんな日曜日に、


「…………そろそろね」


 一人、覚悟を決めている少女が居た。


 永星アズキ。元魔法少女にして、現悪の組織の対悪心アドバイザー。


 普段施設で着ている特注の衣装ではなく街中に居てもおかしくない服装で、この少女がこんな人通りの多い場所で堂々と時を待っているのには訳がある。それは、





「特別任務……ですか?」

「はい。アズキさんには本日、この時間この場所に行ってそこに居る職員の指示に従ってもらいます」


 早朝、メレンとの早朝訓練を終えた時、突然メレンはアズキにそう言って一枚の紙を手渡した。


 それは町の地図を一部拡大して印と時間が刻まれた物。それも自分も何度か行った事がある定番の集合スポットであり、おまけに時間は真昼間。


 無言で本当にここに? とアズキが視線だけで尋ねると、メレンはゆっくりと頷く。


「勿論ある程度の変装はしてもらいます。これは周囲にアズキさんだと気づかれずに任務をこなせるかという試験でもありますから。誰かに気づかれた時点で任務は失敗。評価も下がると考えなさい。勝手知ったる場所とはいえ、決して気を抜かぬように」


 念を押すようなメレンの言葉に、アズキも気を引き締める。


「分かったなら結構。さあ。では早速任務に備えて準備を整えますよ。場合によっては一日仕事になる可能性がありますので、それ以外の業務は本日はお休みです」





 という事があったのだ。


 カツコツ。カツコツ。


(集合時刻まであと三分。互いにこれを目印にと言われたけど)


 周囲に人々が行きかう中、アズキの腕には以前施設で療養していた時にも着けていた邪因子貯蓄型多機能ウォッチ。通称タメールが鈍く光っている。


 当然以前と同じく発信機と、いざという時の妨害電波の影響内でも使用可能な通信機能。そして、装着者の邪因子を強制的に貯蓄し邪因子の活性化を抑制する特別製。


 実は“邪因子を将来的に捨てる気構えなら、そもそも普段から邪因子に頼り過ぎてはいけません”というメレンの言により、これまでの訓練や業務の間も極力着けて無用の活性化を抑えていたのだ。


 その分最初の頃は身体に青あざが残ってより痛々しい姿になり、それを見た職員達がアズキに同情しつつメレンを非難する形になっていたがこれは余談である。


 アズキは軽く周囲を見渡すが、依然として自分と同じタメールを身に着けた者は居ない。しかしアズキからすれば、早く来てほしいという気持ちと来てほしくないという気持ちが混在していた。何故なら、


(これを渡して指示に従えという話だけど、特別任務という話だから中身は拳銃か薬物か。……ふっ。いずれにしても、これでワタシも名実共に悪の仲間入りか)


 出発前に持たされた包みを手に、アズキは内心葛藤していた。


 少々コムギに対して重い感情があるだけで、アズキも世間一般の良識のある元魔法少女だ。自分から悪行を成したい訳ではない。しかし、


(“もっと悪を知り、悪を修め、悪辣になるのです。この世にある数多き悪意から、自らの最も大切なモノを守るために”か。この任務、メレンさんもおそらくワタシが悪に慣れる事を期待しているのでしょうね。……ごめんねコムギ。ワタシ、汚れてしまうみたい)


 葛藤を黒い覚悟で押し込め、大きく息を吐いてアズキは自分の一番の大切を思い浮かべ、



 コォ~ン。コォ~ン。



 きっかり正午を知らせる鐘の音が、近くの時計台から響き渡る。次の瞬間、



「ねぇ。アンタが待ち合わせの相手って事で良い?」

「……っ!?」



 トントンとそんな言葉と共に肩を叩かれ、アズキはハッとすぐさま振り向く。そこには、


「…………誰?」

「誰ぇ? ふふ~ん! あたしの事を知らないなんて、さては新米の職員ね? ならその胸にしっかり刻みなさいっ!」


 少女が居た。アズキと同年代と思わしき少女が。


 薄い水色のツインテールをたなびかせ、小さな棒付きキャンディーを咥えたその少女は、両手をポケットに突っこんだままニヤリと笑って宣言する。




「あたしはネル。ネル・プロティっ! いずれリーチ……こほん。え~……いずれ偉くなるレディにして雑用係見習いよっ! よろしくっ!」





(誰だろうこの人?)


 アズキは困惑していた。色々と覚悟を決めて来てみれば、自分と同年代の少女が出て来ていきなり妙な自己紹介をされたのだから当然だが。そのままどう返答しようかと考えていると、


「……あっ!? いけないいけない。証明が先だったね。ほらこれ!」


 ネルはポケットから手を抜くと、その左手に巻かれたタメールを見せる。しかし、


「アナタが職員? 本当に? 見た所ワタシと同年代ぐらいなのに?」

「アンタだってそうじゃん? それによ?」


 そうカラカラ笑うネルの言葉に、そういえば邪因子には老化防止効果があるんだったと納得するアズキ。そして、


「さあ。速く連れてってよ。まずは……そうね。丼物ががっつり食べられる場所が良いな。この為にお昼まだなんだよね」

「は? 丼物? ちょっと待ってください? ワタシここに来てアナタにこれを手渡してから指示に従えと言われただけで」


 アズキが何が何やら良く分からないでいると、ネルは目をぱちくりさせる。


「何って……あたしもピーターからここにこの時間集合って連絡を貰ったんだよ? この前約束した甘い物食べ放題に加えて、待たせた詫びにって。ただピーターは仕事があるから合流するまでは代わりの職員に案内させるって」

「ピーターさんが? ワタシはメレンさんから特別任務だと指示を」

「メレンに? ……ちょっとそれ見せて」


 ネルはメレンの名前を聞いて少し難しい顔をすると、ひったくるようにアズキの持っていた包みを取って封を開ける。


 中に入っていたのは、如何にも変装用と思われる帽子や眼鏡等のアクセサリと、ちょっとした札束の入った茶封筒。そしてそれとは別に白い封筒に入れられた手紙が一通。


 手紙を取り出し一読すると、ネルは「なるほど。そういう事」とぽつりと呟き少しだけ表情を柔らかくする。


 そしてここまで来ればアズキも何となく察する。どうやらこれは特別任務ではあるけれど、武器や薬物の仲介等と言った世間一般的な悪行ではなく、


「つまり、?」

「接待というか案内ね。美味しい食事処とか観光名所とか色々。あと甘い物は絶対ね! ピーターは和菓子で良い場所を知ってるって言ってたからそこは期待してる。軍資金はばっちり向こうが出してくれたみたいだし心配しなくて良いよ!」


(予想と違う任務で少しホッとしたような、でもその分評価が上がらなくて困るような複雑な気分。コムギ……アナタならこんな時どうしたかしら? 良かったぁって笑うかしら?)


 金の詰まった茶封筒を指先でゆらゆら揺らしながらニシシと笑うネルに、アズキははぁと軽くため息をつきながら頭を抱える。そこへ、ネルがさっと手を差し伸べた。


「な~に難しい顔してんの? 折角の外出なんだから楽しまなきゃっ! さぁっ! まずは腹ごしらえ。美味しい丼物を出す店に案内を……あっ!? 聞くの忘れてた! アンタ名前は?」

「……はい。永星アズキです。今日はよろしくお願いしますね。ネルさん」


 アズキは頭を軽く振って意識を切り替え、機嫌よく笑うネルの手を取った。





「ところで、何故か目立っていますから早く変装した方が良さそうですね」

「そうね。食事の前にどこか着替えられる場所にお願い」


 周囲の視線が少し痛いので、とりあえずそそくさとその場を後にする二人であった。





 ◇◆◇◆◇◆


 特別任務 丸一日小さな暴君を接待せよ! (難易度イージー)


 今のネルのご機嫌メーターは1~10で言うと8。タダ飯にタダ甘味。おまけにガイドもついた観光とあって中々ご機嫌。加えて手紙の内容からまあまあアズキや周囲にも寛大。ここにピーター等のお気に入りが居ればそれだけで9まで達していたぐらいチョロい。





 なお、ご機嫌メーターが3を下回ると周囲に壮絶な八つ当たりを始める模様。難易度はイージーだが危険度はご機嫌によってベリーハード級に跳ね上がったりする。




 この話までで面白いとか良かったとか思ってくれる読者様。完結していないからと評価を保留されている読者様。


 フォロー、評価、感想は作家のエネルギー源です。ここぞとばかりに投入していただけるともうやる気がモリモリ湧いてきますので何卒、何卒よろしく!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る