閑話 ある新米幹部と副官の密談

 注意! 今回作者の癖が少々暴走します。とあるキャラのイメージが破壊される可能性があるので、解釈一致甚だしいと感じた方はここをすっ飛ばして本編にお戻りいただきますようお願いいたします。





 ◇◆◇◆◇◆


 それは、ある夜の事。ピーターの自室にて。


 中に居るのはただ二人。部屋の主とその副官のみ。


 夜も更け邪魔の入らぬ個室で、二人きりの男と女。ならばやる事はおおよそ決まっている。そう。



 カリカリ。カリカリ。



「はい。こちら側は終わったから反対向きに「お願いします」……って早っ!?」


 ただのである。一人が膝枕しながら耳かき棒を駆使し、もう一人の耳の穴を優しく気持ち良くかつ繊細に清掃していくアレである。それをピーターの膝枕にメレンが身体を預ける形で行っていた。


 それもメレンは眼鏡を外し髪を下ろし、一切の力みもなく警戒心もなく、ただひたすら安心感のまま脱力しきった姿で。


 カリカリ。カリカリ。


「う~む。さっきもそうだったけど、全然汚れてなんかいないじゃないか」

「当然です。貴方に汚れ取りなどさせる訳にはいきませんので。日々自らで綺麗にしています」

「いやそれボクに耳かきさせる意味ないよねぇっ!?」

「それはそれ。これはこれです」

「……はぁ。普段はあんなにしっかりしているのに、こればっかりは何年経っても変わらないなぁ」


 カリカリ。カリカリ。


 そのまましばらく部屋には耳かきの音だけが響く。しかしその沈黙は決して嫌な物ではなく、どこか穏やかな時間であった。そして、


「それでどうだい? アズキちゃんの様子は」

「……まだ評価に値しませんね」


 そうゆっくりと切り出したのはピーターからだった。メレンは顔色一つ変えずに返す。


「メレンの評価は辛口だからねぇ。でも、見どころがあるとは自分でも思っているんだろう? じゃなきゃそもそもここまで親身に当たったりしない。最初にアズキちゃんの邪因子を無理やり引っぺがした事も含めてね」


 カリカリ。カリカリ。


 メレンは何も言わず、ただピーターの耳かきに身を委ねる。


「気づいていたんだね? アズキちゃんの邪因子が少しずつ増大し、あのまま放っておけばそれこそ完全に聖石を飲み込んでこっち側に来てしまったであろう事を」

「はい。勿論貴方も気づいていたでしょうし、いずれ穏便に対処する事も予想は出来ました。しかしどのみちやるべき事であるのなら、それはなるべく手間も予算も掛けない方が宜しい。……あの場で貴方が止めに入らなければ、完全に邪因子を吸い上げて次のプランに移行していたのですが」

「おっと。誤魔化しは良くないね。最初からボクが割り込む事も織り込み済みだったろ? わざわざスケジュールを調整して、に」

「はて? 何の事やら。ただ……どちらにも転んでも良いようにプランを準備していただけですよ」


 カリカリ。カリカリ。


 耳かきの手は止まる事無く、二人の会話もまたぽつりぽつりと繋がっていく。そこでふとメレンはそっと手をピーターの脇腹に伸ばし、服越しにまるで壊れ物を扱うように優しく撫で上げた。


「傷……やっと消えましたね。あの子を庇ってついた傷が」

「心配性だな。傷と言ってもそもそも初日で血も止まっていたし、少し瘡蓋が残ったぐらいで」

「いけません」


 少しだけ語気を強め、メレンはもう一度慈愛に溢れた表情で脇腹を擦って元の体勢に戻る。


 カリカリ。カリカリ。


「普段の貴方ならあの程度の獣、たとえ二桁居ようが遅れなど取る筈はない。あの子が貴方に庇わせるような真似さえしなければ。身の程も弁えずに、戦う事も出来ぬ非力な状態で勝手に施設を抜け出し、あまつさえ貴方の手を煩わせた上傷を負わせるなどっ!」

「あっ!? 動くと危ないよ。……本当にもう。いつもは冷静なくせして、何でボクの事になるとそれだけ苛烈になるかなぁ」

「私だけではありません。まだ子供であるのを差し引いても、あの行動に思う所のある職員も一部居たのです。貴方は自分を慕っている職員が多い事をもっと自覚すべきです。なのに貴方を始めジェシーや多くの職員がアズキさんを甘やかしてばかりでは」


 カリカリ。カリ……。


「だから、自分の業務にアズキちゃんを付き合わせて、かつあれだけ訓練も厳しくしたんだね? そのとして」


 その言葉と共にピーターは手を止め、寝ころんだままのメレンと視線を合わせる。怒るでもなくただただ問うような瞳に、メレンは一度ゆっくりと瞬きする。


「メレン。ボクの知る君は必要のない事はしないよ。でも逆に必要があるのなら、どれだけ酷い事でも辛い事でもそれを為す。それこそ自分が悪役を買って出てもだ」


 ピーターの推察に、メレンは何も答えずその瞳を見つめ返す。そのまましばし不思議な睨み合いが続いて、


「…………はい。仰る通りです。下手に職員に不満が溜まって妙な爆発をされたら業務に支障が出かねませんので。それに」


 メレンはそこでフッと鼻で笑う。


「あの娘が気に入らなかった点も事実ですから。毎夜毎夜個人的な事情で貴方の部屋に入り浸っては貴重なお時間を奪い、あまつさえ貴方の疲れが溜まっている事を薄々察していながらも手を打とうともせず」

「いや、それはボクの方から断って」

「それでもですっ! 良いですか? 貴方は全てに気を回し過ぎなのです。もっと些事は私や他の職員にお任せ頂きたい。アズキさんの事も含めてです」


(いや、それ思いっきりブーメランじゃないかなメレン。放っておいたら休みの日まで仕事をするくせに)


 そんな事を内心思いながらも、迫力に圧されて分かった分かったとピーターは宥めるようにメレンの耳かきを再開するのだった。





 カリカリ。カリカリ。


「……ふぅ。これでこちら側も終了と」

「梵天も。梵天もお願いします」

「はいはい」


 メレンのおねだりに苦笑しながら、ピーターは耳かき棒の白い毛の部分で耳の表面を優しく払い始める。すると、


「そういえば、またあの女の所に行っていたのですか? 私、あの方は嫌いです。自由気ままで無秩序の権化。おまけに気を抜くとすぐに私や貴方にセクハラ紛いの事を」

「あはは……まあ触れるだけで相手の体調を見抜いたり、セクハラ大好きなだけでマッサージの腕は間違いなく達人だからね。それに先生は月に一度は顔を見せないと拗ねて機嫌を損ねるし。あと相談したい事もあったから」

「それは……“あの人”の事ですか?」

「そうだね。メレンの事とアズキちゃんの事、そして……ネルさんの事を」


 ネルの名を聞いてメレンは一瞬ピクリと反応したが、「そうですか」と少し複雑な感情を乗せて返したきりそのまま沈黙する。ピーターもそれ以上は何も言わずに黙々と梵天を振るい、


「……良し。今度こそ本当に終わりだよ」

「ありがとうございます」


 ようやっと耳かきが終わり、一息つこうとするピーターだったが膝枕からメレンが動こうとしない。流石にずっとこのままで足が痺れるのは困るので、もう一度声を掛けようとした時、


「明日、アズキさんには特別任務を言い渡そうと思います」

「特別任務? 何をさせる気だい?」

「貴方の役に立つ事を。それと……。丁度良い名目もありましたので」


 それを聞き、ピーターは何か合点が言ったようにポンっと手を叩く。


「参ったな。バレていたのかい?」

「副官が主のスケジュールを把握するのは当然ですので。こちらは万事私にお任せを。貴方は心置きなく明日の交渉にお臨みください」


 そう言ってメレンはゆっくりと立ち上がろうとし、そのまま中腰の体勢で止まる。まるで何かを催促するように。そこに、


 ポンっ!


 ピーターがそっとメレンの頭に手を置き、そのまま髪をすく様に穏やかに撫でたのだ。メレンはどこか嬉しそうな、普段の微笑みの仮面ではなく素の笑みを浮かべる。


「いつも苦労を掛けて済まないね。でもメレンは僕の事ばかりじゃなくて、もっと自分の事に時間を使って良いんだよ? 業務だからでも命令だからでもなく、もっと自分がしたい事をすれば良いんだ」

「いえ。貴方を傍で力の限り支える事。これが私のしたい事ですから。これまでも、これからも……ずっと」


 ひとしきり撫でられて満足したのか、メレンは心持ち穏やかな顔で立ち上がると自分の部屋に戻ろうとし、その前にピーターと別れの挨拶を交わす。そう。





「おやすみなさい。

「ああ。おやすみ」





 二人きりのほんの僅かな時にだけ見せる、少しだけ世間一般に比べて特殊な、ただのの挨拶を。





 ◇◆◇◆◇◆


 はい。親子です。鋼鉄秩序系有能メガネ美人副官かつ娘です。ただし血縁関係はありません。育ての親です。


 ちなみにメレンからピーターに対する心情の内訳は、(親に対する)思慕4。(仕える主人に対する)忠誠4。(男に対する)情欲2です。なお状況により数値は変動します。


 例えば第三者の目がある公の場所だと忠誠値が上がって鋼鉄副官モード。アズキちゃんにピーターが構い過ぎると思慕と情欲が上がって内心嫉妬モードに変わったりします。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る