第39話 水曜日
わたしの発電は絶好調だ。
授業中、ちょっと右隣を向くと、背が高くてかっこいいスポーツマンの知多くんが目を合わせて微笑んでくれる。
変身する前にはあり得なかった報酬だ。
この素敵な男の子と土曜日にデートする約束までしている。
発電できないわけはない。
ドドッ、ドドドドッ、ドドドドドドドド。
胸が高鳴る。
左隣を向くと、一色くんがそれに気づいて唇をきつく結び、しかめっ面をするが、目はわたしの顔を見つめて離れない。
にこっと微笑みかけると、キッとにらみ返してから、彼は黒板の方に顔を向ける。
わたしの美貌が気になって仕方がないが、惚れてなるものかと思っているように見える。
まるでツンデレだ。
おまえのことなんか好きじゃないんだからな、と言っているみたい。
彼は千歳の恋人だから、絶対に手を出したりするつもりはないが、その反応は美味しく発電のタネにしている。
一色くんでもすごく発電できるようになった。
ドドドドドドドド、ドドッ、ドドドド。
「ねえ、数馬に色目を使わないでよ」
昼休みに学食で、千歳からのクレームを受けた。
「使ってないよそんなの。心外だなあ」
「彼に微笑みかけてたでしょ」
「目が合ったから笑っただけ。色目なんかじゃないよ」
「奏多の笑顔は威力絶大なの。ちょっと微笑んだだけで色目になるのよ!」
「ごめんね。一色くんを誘惑してるつもりはないし、絶対にしないから」
「頼むわよ、ホントに。自分の魅力を自覚して行動してほしいわ」
千歳はふうとため息をついた。
「いいなあ、綺麗な顔。あたしも整形手術受けようかな。マジで検討しようっと」
「かなり痛いよ」
「やっぱり痛いの?」
「すごく痛い。死ぬほど痛い。手術後1週間くらいは地獄だった」
「そっかあ。そうだよねえ。あごの骨とか削ってるでしょ?」
「削った。しばらくまともに食事ができなくなるよ」
「奏多はそれを乗り越えたんだよねえ。尊敬するよ」
「大きな手術をするつもりなら、時期も考えた方がいいよ。顔が腫れて、1か月は人前に出られなくなるから」
「貴重な情報をありがとう。やるなら来年の夏休みかなあ……」
「千歳は無理して整形する必要ないでしょ。一色くんとラブラブなんだから」
「そうだけどさあ。やっぱり顔が良い方が、男をがっちりとキープできるでしょ」
そうかもね、と思った。
わたしが本気で一色くんを落としにかかったら、たぶん千歳から奪える。
「奏多ちゃん、私たちとの友情を大切にしてね?」
ユナさんがわたしを牽制した。
「もちろんだよ。本音を言うけど、いまのわたしにとっては、男の子の愛情を得るより、女の子の友情を得ることの方がむずかしい。ユナさんと千歳との関係はすごく大切だよ」
わたしは彼女の目をしっかりと見て答えた。
今日は水曜日。
放課後、文芸部の活動に参加するため、閉架書庫へ行った。
森口くんはもうわたしの変身を知っているから驚かないけど、瀬名先輩と唐竹部長はわたしの顔を見て、あっけに取られていた。
「こんにちは」
「こんにちは。きみ、相生さんなのか……?」と瀬名先輩が言った。部長は口をぽかんと開けたまま沈黙している。
「はい、相生奏多です。実は夏休みに、美容整形手術を受けました。こんな顔になっちゃいましたけど、今後ともよろしくお願いします」
「こんな顔って……。めちゃくちゃ美人じゃないか!」
「そうですか? そう言ってもらえると嬉しいです」
わたしはにっこりと笑った。千歳の言によると、威力絶大の笑顔。
瀬名先輩は目を見開き、部長の顔は真っ赤になっていた。
「ぜ、全員揃ったから、ミーティングをするぞ」と部長がわたしの顔を見ながら言った。この美貌から目を離せないみたいだ。
「11月上旬に文化祭がある。いよいよ本腰を入れて、部誌の作成に取りかかる。俺は短編小説を書く。右京はどうする?」
「ボクは短編漫画かなあ」
「ここは文芸部だぞ。小説を書く気はないのか?」
「ないよ」
瀬名先輩はマイペースだ。そんなところが魅力的で、発電できる。
「仕方ねえなあ。やる気をなくされても困るし、右京の画力はすごいから、漫画でいいや。森口くんはなにを書く?」
「僕は小説を書こうと思います」
「うん、いいね、頼むぞ。じゃあ、あとは相生さんがなにを書くかだが……」
部長は相変わらず頬を赤くしたまま、わたしの目を見つめた。
「わたし、小説なんて書けません」
「まだ書いたことがないだけだろう? たくさん読書しているんだから、書く方も挑戦してみないか?」
「無理です」
わたしはきっぱりと断った。小説を書くなんて面倒だ。わたしが文芸部に所属しているのは、発電するため。文芸活動をするためじゃない。
「じゃあ、随筆とか詩とか書いてみないか?」
「随筆も詩もどう書けばいいのかわかりません。できないです」
面倒なことは嫌。ポエムなんてまっぴらごめん。
「直、無理強いは良くないよ。創作なんて、内なる衝動に突き動かされてするものだろう? 相生さんの自主性に任せようよ。最悪、今年の部誌は3人でつくればいいじゃないか」
瀬名先輩は甘いから好き。いまや知多くんと並んで、わたしの大きな発電元だ。
「わかったよ。相生さん、書きたくなったら、なんでもいいから書いてくれ。書く気がないうちは、読書するだけの文芸部員でいい」
部長の許可が下りた。わたしは書かなくても在席していられる文芸部員になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます