無彩色少女

たま

無彩色少女

 とある研究施設に、二人の少女が実験体として隔離されていた。

 白い髪のメイと、黒い髪のアン。

 彼女たちは真っ白な部屋で、真っ白な服を着て暮らしていた。


 二人の楽しみは絵を描くこと。

 ただし、使えるのは白と黒の画材だけ。

 メイとアンを管理している大人たちは、二人に白黒以外の色を頑なに見せようとしないのだ。

 そのせいで、彼女たちは白と黒しか色を知らない。

 世界はその二色で染まっていると、十歳まで成長した今でも信じている。


「今日はどんな絵を描こうか」

 アンは白黒の写真集をめくり、題材を選んでいる。

「花がいいな。最近描いてなかったでしょ?」

 おやつのチョコレートを食べながら、写真集を覗き込むメイ。

 彼女の言う通り、アンは花の写真が並んだページを開いた。


「あ、この花綺麗」

 メイが指したのは、たくさんの花びらが重なっている花。

 茎に無数の棘があるように見える。

「なんだか怖い花だね」

 じっと写真を見つめながら、アンは表情を険しくする。

「そうかな? 私はこれがいいな」

「メイがそう思うなら、いいよ。一緒に描こう」

 メイは嬉しそうに、チョコレートを口に放り込む。

 そして、イーゼルにキャンバスを立てた。


「背景を黒く塗って、花は白く描こう」

「うん」

 二人は身の丈ほどある大きなキャンバスを黒く塗りつぶした。

 それが乾くまで待って、白い絵の具で花を描いた。

 アンが小さな棘を描き終えて、メイは満足そうに笑った。

「やっぱりアンは器用だね。そんな細かいの、私には描けないよ」

 メイは、花びらを描くために使った太い筆を、水バケツで洗っている。

 その口はもぐもぐと動いていて、チョコレートを咀嚼している。


 しかし、アンは絵を見つめたまま動かなかった。

「何か足りない気がする……」

「何かって?」

「えっと……」

 静かに絵を観察するアン。

「わかんない……けど、まだ未完成だと思う」

「アン、ちょっと休もうよ。描き足すなら後でにしよう」

 メイは椅子に座り、チョコレートを頬張る。

 もう何粒食べたかなんて、本人も把握していないだろう。

 その様子を横目に、アンはもう一度絵に目を向ける。

「何でだろう。いつも通り、上手に描けたはずなのに。写真と全然違って見える。同じ形のはずなのに……」

一体、どうして? とアンが首を傾げた、その時。


「うわっ!?」

 唐突に、メイが大声を上げた。

 アンは慌てて駆け寄った。

「どうしたの!?」

 メイは両手で顔の下半分を押さえている。

「鼻が……鼻が……!」

 そして、涙をためた目でアンを見上げた。

「鼻? 鼻が痛いの?」

 メイは首を横に振った。

 そして、ゆっくり手をどけた。

「な、なんか、変なのが出てきた……!」

 メイは状況を理解できていない。

 それはアンも同じだった。

 しかし、アンはメイと違い、メイの鼻から流れ出ているものがはっきり見えた。


 それは血だった。

 チョコレートを食べすぎたメイが流した鼻血だ。

 しかし、本来ありふれているはずのそれが、アンの網膜を強く焼いた。

 彼女のモノクロな世界に、鮮やかな色が生まれた瞬間だった。


「なに、これ……」

 血液を指で拭って、アンは花の絵に歩いていく。

 そして、花びらに指の腹を押し当てた。

「……すごい……」

 ぽつんと灯がともったように染まった花の中心を見つめ、アンはうっとりと目を細めた。

「メイ……」

 アンは振り返り、メイに詰め寄った。

 その手には絵筆が握られている。

「アン? どうしたの……?」

 ただならぬ雰囲気に後ずさるメイの腕を、アンは強く掴んだ。

「あの絵を完成させるよ。手伝ってくれるよね?」

 そして、アンはメイを無理やり引っ張って、絵の前に連れてきた。

 筆先でメイの血をすくい、花を塗り替えていく。

 そんな彼女を見て、メイは恐怖で震えた。

 今のアンが正気だとは、とても思えなかった。


「……あれ? 止まっちゃった?」

 肌にこびりついた血を残し、メイの鼻血は治まった。

 メイがほっと息を吐いたのも束の間。

 アンは筆を逆さに持ち替え、メイの肩を押さえた。

「まだ足りない。あと少し……ううん、もっとほしい。この色で、たくさんの絵を描きたい」

 そう言って、アンはメイの眼球に、筆の先端を突き刺した。

 絶叫とともに、鮮血が溢れ出す。


 それから、アンは歯止めが利かなくなった。

 メイの全身が染まるほど大量の血を絞り出し、白い花に塗り重ねた。

「――ありがとう。メイのおかげで完成したよ。二人の最高傑作が」

 水の代わりに、血を吸い上げて咲いたような花が描かれたキャンバスを見上げ、アンは幸せそうな笑みを浮かべた。

 その足元には、もはや声を上げることすらできないメイが、虚ろな目で横たわっていた。


 それから間もなくして、施設に勤めている大人たちが部屋にやってきた。

 部屋の惨状を片付けるため。

 メイの死体を処分するため。

 そして、異常な個体だと判断されたアンを、ガス室に連れて行くため。


 禍々しい絵の下で、かつての親友を抱きながら、アンは彼らに微笑んだ。

「素敵でしょ、この絵。題名は……『命(メイ)の花』だよ」



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無彩色少女 たま @tama03

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