第17話 夏休み最後の日②

 「ふぅ、やっと着いたね」

 「はい……ちょっと、疲れちゃいました」


 俺たちは満員電車に体力を削られながらも、なんとか都会の真ん中に降り立った。

 都会は人の動きが早くて恐ろしい。


 俺は目の前にコンビニがあるのを見つけて、花野井さんに少しだけ待ってて、と声をかける。

 きょとんとした表情だったけど、こくりと小さく頷いてくれた。


 「……なにがいいかな」


 俺は疲れが取れそうな飲み物を探す。エナジードリンクか? 

 いや、それは俺の場合疲れが取れるだけで花野井さんはたぶん違うだろう。薄い桃味のいろはすでも買っていくか。


 「ごめん、お待たせ」


 俺は花野井さんのほっぺたによく冷えたペットボトルを軽く触れさせる。

 よほどびっくりしたのか、反復横跳びみたいな俊敏な動きで1メートルぐらい離れてしまった。


 「……猫村くんのいじわる」


 花野井さんは、じとーっと湿度の高い視線をこちらに向けてくる。頬も少し膨らませているが、可愛らしいという感想しかない。


 「あ、ごめん。疲れてるって言ってたから冷えた飲み物がいいかなと」


 それでも、流石にさっきのはいたずらが過ぎたか。……可愛い反応が見れるかな、と思ったけど、いたずらは調子に乗りすぎたか。


 「……え、私のために買ってきてくれたんですか?」

 「うん。あ、俺の分もあるからそこはご心配なく」

 「……ありがとうございます」


 花野井さんは喉の渇きを今まで我慢していたのか、キャップを捻ってごくっと喉を鳴らす。


 「それじゃ、行こっか」

 「はい。その……ありがとうございました」

 「うん、大丈夫」


 花野井さんがペットボトルの三分の一ほどを飲み終えたのを確認して、俺たちは歩きはじめた。


 


 おしゃれなビルの中に、これまたおしゃれな雰囲気のペットショップがある。

 ここには、色々な猫種の可愛らしい子猫がいるので、俺のおすすめのペットショップである。


 「あの子がスコティッシュフォールドだよ」


 さっき、花野井さんが説明を注意深く読んでいたような気がしたので言う。


 「そうなんですね、耳が折りたたまれてるみたいで可愛らしいです」


 花野井さんは、向こうを向いている子猫を色んな角度から見て言う。


 「あ、こっち向いてくれましたよ」


 いつもよりテンションが高い花野井さんが、ガラスの向こうの子猫を指差して言う。


 「お、ほんとだ」


 俺が頷いて眺めていると、子猫はすぐに物陰に移動してしまった。たまに、俺も猫になりたいと思う瞬間がある。猫には猫なりの苦労があるんだろうけど。


 俺たちは、転がったり寝ていたり遊び回ったりして自由な子猫たちを満足行くまで眺めて、そこからおもちゃコーナーを見る。


 せっかくここまで来てなにも買わない、って選択肢はないなと思って、いくつかおもちゃは買っておいた。こないだ猫じゃらし一本引きちぎられたし。



 「他に見ていきたいところとかある?」

 「いえ……特には」


 少し迷いもあったようだけど、花野井さんは首を振る。


 「じゃあ、少し早いけど帰ろうか。時間が遅くなると、人も増えそうだし」

 「猫村くんの言う通りですね」


 実際のところは夏休み最後の日だから、早めに寝て明日以降耐えられるようにした方がいいのでは?ってのもある。


 俺たちは普通列車に乗り込み、空いている座席に腰かける。

 

 花野井さんは、人混みの中を歩き回って疲れたのか、さっそく目をつむって休んでいる。


 「ん……」


 花野井さんは少しずつ傾いてきて、俺の肩に頭を乗っける。


 「すぅ……すぅ……」


 いかにも気持ちよさそうな寝息を花野井さんが立てるたびに、髪がわずかに揺れてくすぐったい。

 

 いま、俺が寝てしまったら、ふたりとも寝過ごしてしまって相当遠くに行ってしまうのでは……? 責任重大だ。


 



 ……その心配は杞憂だった。花野井さんの体温をすぐ隣に感じて、甘い香りがする中、ドキドキして眠気など感じなかった。


 「今日はありがとうございました。明日から、頑張れそうです」

 「うん。子猫に癒やされたよね」

 「はい。……また明日、ですね」


 花野井さんは小さく手を振って家の中に入っていく。


 間違いなく、今日この日はこの夏休みのハイライトになった。一番の思い出は……候補が多すぎて選びきれないが。

 

 



 

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