小包

根耒芽我

小包

金曜日だった。


やっと金曜日が終わったと、深いため息をつきながら自宅の玄関ドアにたどり着く。

空は夕暮れの深い青と、落切った太陽が残していった深いのに鮮やかな薔薇色が混じり、家々の白い壁を淡く染めていた。


ドアを開けて「ただいま」と言うと、しばらくしてから娘のバタバタとした足音が聞こえ、それから娘の笑顔がやってきた。

「ままぁ!おかえりなさぁ~い!」

朝、きっちりとポニーテールに仕上げてあげたはずの髪の毛は、一日中幼稚園で遊びつくしてきたせいか崩れてモワモワとしてしまっている。

抱きついて私のお腹に頬を擦り付けている娘の頭をそっと撫でながら、話しかける。


「遅くなってごめんねぇ。さみしかった?」

「ううん。だいじょうぶ。あのね。きょうね。ようちえんでね…」

娘のおしゃべりは止まらない。

話し始めてやっと離れてくれた娘の話をうんうん、と聞きながら、荷物を廊下に置き、靴を脱ぎ、上着を脱ぐ。


まだ続く娘の話をBGMにして、洗面所で手を洗っていると

母が鏡の向こうから顔を出してきた。

「おかえりなさい。ちぃちゃん。アニメ、始まったわよ?」

「あー!ママと見るんだったっ!ままぁ。一緒に見よ!」

「お着換えしてから行くから、先に見てて」

「はぁーい!」

またバタバタとした足音をさせて、娘がリビングに消えていった。


「今日も遅くなっちゃって。ごめん」

「いいのよ。あんた、働いてんだから。…結婚前の会社に拾ってもらえてよかったじゃない。それなりにお給料ももらえてるんだし。ちぃちゃんのためにも、がんばらないと」

「そう言ってもらえるとありがたいんだけどさ」

手を拭きながら振り返ると、母が何かを差し出してきた。


それは私の名当ての荷物だった。

送り主は、兄だった。


「あれ?お兄ちゃん?…なんだろ。珍しいね。」

それを受け取り、廊下に置いた荷物と一緒に持つ。

「離婚して頑張ってるあんたを励ましてやろうっていう、お兄ちゃんなりの心遣いなんじゃない?お父さんにも手紙を送ってきたみたいだけど、私には何もないのよねぇ。つまらないわぁ」

そう言いながら、母もリビングへと消えていった。

娘の「ままぁ。テレビ始まっちゃったよぉ?はやくぅ~」という遠い声を聴きながら、ちょっと待っててぇ。とだけ声を投げ、二階への階段を上る。


階段を上がりきったところで、自室から出てこようとしていた父と鉢合わせする。

「あぁ。ごめん。…ただいま」

そう言うと、父が渋い顔をしながら私の様子を見る。

「え?」

「それ、中。…見たか?」

「え?…あぁ。お兄ちゃんからの荷物?まだだよ。あとで下で開けてみようと思って…」

「母さんの前で、か?」

「ん?…うん。だって、おかあさんには何もきてないってつまらなそうだったから」

父は階段に向かうと、すれ違いざまに耳元だけで言った。



「先に開けて中を確認しなさい。自分だけで見るんだ」



それだけ言って先に降りて行った父の後姿を見送って、部屋に入ってスーツを脱ぐ。

会社にいる間中、身体を締め付けていたストッキングもブラも脱ぎ散らかして、楽な部屋着に着替えてほっと息をつく。

それから、髪を束ねていたゴムも取ってばさばさと髪を解きほぐしながら、まずは手紙の封を開ける。


開いた紙を見る。




「こコんにちわ。


おレはげんきですか?」





稚拙なひらがなの書き方に、ちぃが書いた手紙なのかとも思ったが

ちぃはそもそもまだ字を書きなれていないから一文字一文字が大きい。

でもこれはこなれた小さな文字。だけど…



「まいにち ゅめをみます。


まいにち あいたいです。


おじょぉさんは かわいいですか?


ゅめのことを はなしたいです



はなしを きいてほしいです」







わけのわからなさに、手が震えてきた。

兄は私よりも偏差値の高い大学に入り、優良企業に入社後はバリバリと仕事をこなし、株や投資にも知見が深く、悠々自適な生活を送る独身ライフを満喫していたはずなのだ。


数年前から、「若い頃のようにはいかなくなった」などと愚痴をこぼすようにはなっていたけれど、会社は相変わらず勤めていたはずだし、何かあったという話を聞いたこともない。


離婚の際には、相談もせずに事後報告しただけだったのは、さすがに不義理が過ぎないか?と苦言を呈されたものだったが、いろいろと事情があったんだ。とだけ言って取り合わなかった。


とはいえ、…この手紙はいったい。




「ままぁ。どこぉ?」


ドタドタと娘が階段を上ってくる。

「ちょっと待って」といいながら、慌てて手紙だけを隠す。

荷物を片付けようとしたところで、娘が部屋のドアを開けた。

「ままぁ。まだお着換えしてたの?」

「ん…うん。ごめんね。今日疲れちゃって…」

そっと荷物を背中に隠そうとしたが遅かった。


「ままぁ。それなぁに?」

「え?…こ、これはお仕事の」

「えぇ?でもこれ、なんかかわいい袋に入ってるよぉ?」


娘は私の前に座り込んで、小包を開け始めてしまった。

「え。…あの、ちょっと」


「わぁ~!かわいぃ!お洋服だぁ」



娘が広げたのは、フリルのついたかわいらしいワンピースや

刺繡の入ったレギンスや

レースのスカートなどの

女児用の洋服たちだった。


そして、それは



すべて見覚えのある服ばかりだった。




「全部。…ちぃの服じゃないの」

「…ん~?ままぁ?」

「これ、…全部、」


そう、これらは全部

ちぃが小さい頃によく着ていた服たちで

サイズアウトしてしまったり、着古してしまったから

まとめてゴミの日に捨てたはずの、服だった。



それがなぜ。

今ここにあるのか。




手紙の文面と相まって。

私の思考は、活動を止めた。

考えちゃ、いけないと思った。


そしてその時、別れた元夫が言い残した言葉が、不意に思い出された。





「お前は、なにもおかしいとは思わないのか?」

元夫は、いったい何を知っていたのだろう?





ふと顔を上げると、ドアの向こうからこちらの様子を曇った眼で見ていた父がいて、

そろそろご飯食べない?という、のんきな母の声が聞こえてきた。



娘は、このお洋服やっぱりかわいいよねぇ。と、服を抱きしめて笑っていた。


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小包 根耒芽我 @megane-suki

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