社会人②

 社会人1年目は雑用に忙殺され、休日も疲れた心と体を癒すのに部屋に籠るだけで何もする気の怒らない無気力な生活が続いた。

 ゴールデンウィークは勿論、夏休みも年末年始も、実家に帰る事無く部屋で過ごした。


 浩香:次はいつ会えるかな?


 浩香からは定期的にメールが入っていたのだが、その都度『分からない』とだけ返事をしていた。

 そんな虚無なメールのやり取りが何度も続いたある日の着信だった。


 浩香:唐揚げ食べたくない?


 何かの暗号かと思ったが、そんなやり取りは今まで無かったのでメールを表示させたまま暫く固まっていた。

 誰かに出すメールを間違えたのだろうか。

 だとすれば、浩香は僕以外の誰かに唐揚げを作ってそれを食べさせてやるつもりなんじゃないか。

 そんな考えが頭に浮かび、またいつぞやのモヤモヤした気持ちになってしまっていた。


 正斗:食べたい。


 浩香が他の誰か宛のメールを間違えて僕に送ったのならこれで気付くだろうと、一言だけそう送った。


 浩香:OK!近くに着いたらメールするね!


 何とも判断のしにくい返事が届き、余計にモヤモヤしてしまった。


 そして最後のメールから1時間後。


 浩香:○○駅に着いたよ。


 最寄り駅が書かれていて、近くに浩香が来ている事を確信した。


 正斗:迎えに行くよ。


 僕は音速で着替え、上着を羽織って部屋を飛び出した。

 最寄り駅まで全力で走った。

 今までで一番早く足を動かした。

 駅の見える交差点を曲がって駅の方を向くと、淡いピンク色のジャケットにデニム地のスカート姿に大きなバッグを肩から下げた浩香が僕を見付けて手を振っていた。

 僕は浩香に向かって走り寄り、浩香の目の前に立ち止まった。


 『久し振りだね。』


 以前と変わらない可愛らしい声だった。

 心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいバクバクと音を立てていた。

 酸素を求める息が言葉が出るのを邪魔した。


 『落ち着いて。ゆっくりでいいからね。』


 優しくそう言う浩香の声が何故だか無性に嬉しかった。

 嬉しくて嬉しくて……涙が溢れていた。

 浩香はポーチからハンカチを取り出して涙を拭いてくれた。


 『大人になっても泣き虫なんだから。』


 突然やって来て僕の心臓が壊れると思う程走らせて、いつまでも子供扱いする浩香なんて大嫌いだ。

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