第7話 六章

 翌日、俺が登校すると掲示板には人だかりができていた。

 その時点で悪い予感はしていたが、海堂さんがさらにアクションを起こしてきたのだ。やっぱり、頭の良い人は仕事が早い。もしも俺がこのことを知っていたとしても、何ができたかわからないけど、それを考慮したのだろう。


 掲示板には、パソコン部への勧誘チラシが貼ってあった。

 そこには、現時点でのメンバーの名前も書かれてある。


「俺、石川さん、森本さん、悠介、天草、森本、水川さん、海堂さんか」


 計八人。比重としては二年生にかなり偏っているが、それは海堂さんがここから勧誘するためだろうか。特に、一年生はまだ仮入部期間だということもあり、かなりの人数がパソコン部に対して興味を示していた。


 二年生で言うところの石川さんみたいな立ち位置に、森川さんも置かれているのだろう。学校全体の人数が多いわけではないから、噂なんてすぐに広まる。


「なあ、荒木。俺もパソコン部に入りたいんだけど。海堂さんに話してくれよ」


 当然、顔を知っているくらいの相手から相談を受ける。まあ、俺も逆の立場なら水川さん、石川さん、森川さんの三人とパソコンで、それもちょうど新規リリースされたばかりのFantasia Dive Onlineで遊べるのだから。


「知らないよ。俺だって詳しいことはわからないから海堂さんに聞いてくれ」


「なんだよ」


 パソコン部の事が目的で俺に近づいてきたやつらは、俺が入部に関しては何もできないことを知ると、中には暴言まで吐いて去っていった。しかし、どうしようもないことなんだから。俺は、部活動の運営に参加できない。


 おそらく、その権限を持つのは海堂さんと水川さんだけだ。


「荒木くん!」


 そんなことを考えながら教室に向かっていると、後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、息を切らした石川さんの姿があった。


「おはよう」


「おはよう! あの、昨日のメッセージなんだけど」


 昨日のメッセージ? ああ、かっこいいとかどうとかか。


「あれ、本当だけど、本当じゃないというか。その……」


 まあ、言いたいことはなんとなくわかる。きっと、石川さんはその美貌で何回も男を勘違いさせてきた経験があるのだろう。まあ、かっこいいなんて別に誰に言われてもうれしい言葉だから、それを石川さんに言われたなら勘違いしたくなる気持ちはわかる。まあ、俺も嬉しかったしな。


「本気にはしてないよ。だから、気にしないで」


 まあ、女子の言うかっこいいがどこまで価値を持つのか知らないけど、男子があの女の子可愛いよなぐらいのテンションなら別にそこまで本気にするほどではない。

 それに、俺なんかより天草の方がイケメンだし。たぶん、そういう顔なら本気にもとれるのだろう。


「えっ、ああ。そうだね」


「ん?」


 なんか、石川さんの様子が変だ。もしかして、やっぱりあの時のストーカーらしき奴を撃退した時に怖がらせてしまったのか。そうだとしたら申し訳ないことをしてしまった。やっぱり、制御しなければいけない。


「じゃあ、またあとで。それと、気を付けて。パソコン部に入りたい人はたくさんいると思うから」


 まあ、どこまで本気かわからないけども、既に学校内には大きなゆがみが生じている。普通のものさしとは別に、物を図る指針を用意しておいた方がいい。


「うん、わかった」


 そう言って、石川さんは自分の席に戻っていった。

 まあ、今日もいつも通り授業を受けて帰る。だが、パソコン部の活動があることが昼休みに水川さんによって知らされた。


 パソコン室に到着すると、既に森本がいた。森本は、どうやらかなり上機嫌なようだ。やはり、お願いした三人が消えてくれたというのが嬉しいのだろう。俺はいじめられた経験がないからわからないけど、不安の種が無くなるのはきっと本人が思っている以上に良い影響がある。


「うん、みんな揃っているようだね」


 部屋に入ってきた海堂さんがそう言うと、水川さんがすぐにパソコンを起動した。


「あの、質問があるんですけど」


 そのタイミングで天草がおずおずと手を上げた。

 それに対して、海堂さんは笑顔で問いかける。


「どうしたのかな? 天草君」


「入部ポスターの件で質問があるんですけど、あれって誰でも入部できるようになるってことですか?」


 そういえば、そのあとからいろいろと考えることがあったせいで忘れていたが、今日のトピックは間違いなくその件だ。クラスでもどこでも、その話題で持ちきりだったし、俺もかなり普段は話さないような奴らに声をかけられた。

 まるで学園のアイドルにでもなったかのような扱いを受けたのだ。「いや、入部できる人に制限をかけるつもりだよ」


「そうなんですか」


 天草も少しだけ残念そうにしているが、それは当たり前の話だ。入部希望をすべて叶えていれば、この教室では間違いなく足りなくなる。


「それで、具体的にどんな制限にするんですか?」


 俺は海堂さんに尋ねる。すると、彼は自信満々に答えた。


「まず、部員の紹介が必要になってくる」


「紹介?」


「別にそんなルールはないんだけど、少なくとも君たちが認めた人だけだね。ただ、これを言うと君たちに悪影響を及ぼしかねないから僕からは言わない」


 まあ、普通に考えれば、部活に入りたい人間と、その人物を入部させるにふさわしいかどうか判断する人間がセットになるわけだから、確かに推薦が必要になる。海堂さんがいくら超人だとしても、あの人数を捌くのは面倒だろう。


「なら、俺が名前を出せばだれでも入部できるのか?」


「まあ、そうするように計らうこともできなくないけどね」


 森本の質問にも答える。しかし、それはかなり大きな武器ではないのか?

 あそこまで人が集まるほどに魅力的な部活に、俺たちの一存で入部させられるとなれば、さらにスクールカーストに歪みが生じることになる。


「そして、次に僕の面接で入部を決める。ただ、森本君が言ったようにどうしてもというのなら入部を許可する」


「それってどういう意味だ?」


「つまり、僕は面接をしないということさ。もちろん、荒木くんや天草くんに関しても同じことだ。面接を飛ばすことで、君たちの推薦した人には一足飛びで入部してもらうこともできる」


「なるほど」


 また、この時点で全員の頭に余計な考えが浮かんだ。


 この入部をちらつかせれば、いう事を聞かせることができるんじゃないかという、汚い考えだ。だが、俺はそれを振り払う。石川さんと悠介と三人で、海堂さんにはお願いをしないと約束したはずだ。


「まあ、僕としてはどちらでもいいが、君たちみたいな優秀な人材が他にもいるとは思えないが。序盤のゲームで優秀は人材を失うにはもったいないから、そんなことは絶対にさせないけどね。だから、人員が必要なんだ」

 

「まあ、そうだよな」


 森本が何かに納得していた。優秀な人材という部分だったのだろう。


「ああ、それともう一つ」

 そう言って、海堂さんはパソコンの画面を見せる。そこには、ホームページのようなものが表示されていた。


「これは?」


「簡単に言えば、Fantasia Dive Onlineのホームページだよ。いずれ、クレジットにも君たちの名前が載ることになる。すでにアクセス過多でなんどもサーバーが落ちてしまうくらいには注目されているからね。間違いなく、君たちの名前はゲームの歴史に乗ることとなる」


 そのことを聞いても、俺はあまり実感がわかなかったけれども、森本が特に喜んでいた。普段からゲームをしている彼にとって、それはとても名誉なことだろう。


「とりあえず、今日はこれだけであとは自由だ。明日も授業が終わってから集合してくれればいいから。何かあれば僕に連絡してほしい」

 そう言うと、海堂さんは部屋を出て行った。おそらく職員室にでも行くのだろう。


「さて、これからどうするか」


 俺は不意にそんな言葉を漏らした。まあ、そこには二つの意味がある。果たして、今からの時間をどう使うかということと、学校生活をどうするかという事だ。


「俺は、帰るぞ。特にすることもないしな。じゃ、お疲れ」


 天草はそう言って、エナメルのバックをもってパソコン室を後にした。


「じゃ、じゃあ私も」


 森川さんが言いにくそうにしていたが、それだけ言い残して帰っていった。その後も森本が去り、俺と石川さんと悠介が残された。


「帰らないの?」


 部屋に残っていた水川さんが、こちらへと聞いてくる。俺は、この機会だからと思って水川さんに問いかけた。


「水川さんはどう思っているんですか?」


「何のこと?」


「この部活についてですよ。水川さんと海堂さんが作った部活だって聞きました。水川さんはこの部活をどう思っているんですか?」


 その質問に、水川さんは少しだけ黙った。それは、いつもの静かな水川さんと言った感じでは無くていう事を少し考えたような感じだった。


「正直に言えば、私はこの部活をどうにかしようとは思わない」


「それは、どういうことですか?」


「そのままの意味よ」


 それだけ言って、水川さんはパソコン室から出ていった。


「水川さんですら、その調子なのか」


 これでは、行動の指針がない。できれば、これ以上の暴走を食い止めたいけれども森本はどうやらかなり海堂さんに恩義を感じているらしい。まあ、どれほどの事を受けていたのかわからない以上はそれを肯定も否定もできないけれど。


 ただ、立場が明確になっている人間がいるというのは不安定な立場の人間を動かす材料となってしまう。特に、天草と森川さんが海堂さんに何かをお願いし、それを叶えてもらえば、きっと対処する方法が無くなってしまう。


 二人がいったい、何を望むかわからないけれども、二人には注意した方がいい。


「どうすればいいんだろうな」


 何を信じればいいのか、俺にはわからなかった。悠介なら、特に望みもないだろうから大丈夫だと思うし、石川さんもしっかりと約束してくれた。なら、この二人を信じるしかない。なんとか、パソコン部に在籍しながらも海堂さんの動きに制限をかけていくしかないのだろうか。


「とにかく、新入部員の事も考えた方がいいんじゃないかな」


 石川さんがそう言った。確かに、それはいい考えだ。いるとは思えないけれども、新入部員で海堂さんに並べるレベルの人物を入部させることができれば優位に立てる可能性がある。少なくとも、今の俺たちに海堂さんを出し抜くことはできない。


「だけど、海堂さんと水川さんに待ったをかける人がいるのか?」


 そして、悠介の懸念もその通りだった。まず、そもそもそんな人間がいるのだろうか。そして、いるとしても俺たちに協力してくれるのだろうか。まともに話しても、すぐに理解してもらえるとは思えない。


「海堂さんの信頼は、教師陣からも絶大だからな」


 まあ、生徒会長で文武両道の模範的な生徒である海堂さんと、パソコン部として注目を集めたばかりの俺たちでは信頼に大きな差がある。なかなか難しそうな話だな。


「とにかく、そういう人たちを探しながらパソコン部が暴走しないように考えていこう。森本は仕方ないけど、天草は止めさせないと」


 俺と悠介は、天草とはもともとクラスメイトだったから何度か話したことはあるけれども、詳しい悩みを聞くようなほど仲良くは無かった。彼の心に何か闇があるのか、それを図ることはできない。


 天草は、一言でいえばいい奴だ。


 サッカー部に所属していて、爽やかなイケメン。テストも、別に目立つほどではないけれども平均点よりも十点くらい上を安定して取っている。確か、一年の時にはかわいい彼女もいたはずだ。悩みがあるのだろうか。少なくとも、表面上は順調な学校生活を送っているように見える。


「天草君の彼女って、もしかして今野美紀さんじゃない?」


 今野さんって言われても……ああ、あの子か。確か、水川さんが最初にうちの教室を訪ねてきたときに返答した女子だ。あの時に教室に残っていたということは、石川さんと普段から行動するような仲ではないのだろう。


 もちろん、俺と悠介もかかわりが無い。


「今野さんに話を聞いてみるのはどう?」


 石川さんの提案に、俺も悠介も乗ることにした。

 今野さんは、クラスでも珍しく石川さんにパソコン部について興味を持っておらず、ぐいぐいと来るようなタイプではない。どちらかというと、よく言えば冷静で悪く言えば斜に構えている。


「たぶん、今野さんはまだ校内にいると思うよ。あの子、バトミントン部に入っているから練習が終わるまでもう少しかかると思う」


 バトミントン部か。確か、午後六時までだから少し時間がある。

 なら、もう一人の森川さんをどうにかする方法を考えなければいけない。だが、彼女は最初からずっと謎の状態なのだ。


 わかっていることは、一年生であることぐらいか。例えば、どこに住んでいるのかとかどんな音楽が好きなのかもわからない。美人ではあるけれども、恋人がいるかもわからない。彼女についても、いろいろと調べる必要がありそうだ。


「やることが、一気に多くなってきたな」


 あの日、水川さんが教室を訪れるまでは、俺は普通の人間だった。

 きっと、今日も悠介とともに家へ帰ってだらだらと過ごすだけだっただろう。


 だけど、今は石川さんと悠介とこうして学校を守るために思考を張り巡らせている。そのことに対して、もうすでに違和感がどんどんと小さくなっている。


「ま、ゆっくり待っていようよ。ここから、中庭が見えるからさ」


 石川さんが、今野さんに連絡を入れてくれているみたいだ。

 バトミントン部の元気な声が、静かなパソコン部にも響いていた。

 

 今野さんは、バトミントン部の大勢が帰ってから校門に現れた。まあ、パソコン部の三人と一緒にいることを見つかればいよいよ面倒だろう。たった一日だというのに、既にパソコン部は学内でかなりの影響力を持っている。


 完全無欠の生徒会長に、各学年で最も人気のある女子を集めれば、こうも学園内での立場が変わるのか。名ばかりで、こちらは何の成長もしていないのにも関わらず、俺の発言はすでにクラスに影響を及ぼすことができるようになった。

 

 それは、正しいことじゃないように思う。


「とりあえず、ここでいろいろな人に見つかれば面倒だから、どこかに移動しよ」


 今野さんの提案に従って、俺たちはファストフード店に移動した。脂っこいハンバーガーと、店内の騒がしい雰囲気が明るい話ではないけれども、少しだけ話しやすくさせる。シェイクをすすりながら、今野さんはこちらに話すことを促しているようだ。さっきから、携帯も見ずに耳はこちらへと傾けている。


「まず、わざわざ来てくれてありがとう」


 今野さんの隣に座る石川さんが、話を切り出した。それに対して、今野さんは別に表情を変えずに続きを促す。石川さんは特に女子の間ではアイドルのように扱ってくれる取り巻きがいるので、少しこういう扱いに慣れていないようだ。

 まあ、男どももちやほやしているからな。


「別にそこまで気を使わなくてもいいよ。クラスメイトなんだから、特にそっちの二人。話したことはないけど、そんな敬語とか使われるの嫌いだから」


「わかった」


 どうしても話したことのない相手、特に女子には敬語を使ってしまう癖があるので、ここからは少し意識をしながら話す必要がある。それは、俺も悠介も同じだ。


「それで、雄大の事について?」


 そこまでわかっているなら、話が早い。早速だけども、本題に入ろう。


「そうなんだ。詳しいことは話せないんだけども、天草の悩みとか願いとかそういうものが知りたいんだけど、何か心当たりはない?」


 なんだか、上手く言葉にできない。海堂さんに言われたことをそっくりそのまま話すわけにはいかないけれども、嘘をつきながらこちらだけ質問をするのは気が引けるので、結果的には下手な説明しかできない。


「悩みかあ。難しいな」


 そう言った今野さんの顔は、どこか寂しげだった。石川さんはそれを見逃さない。

 それが、優しさとなるのか、それともとどめになるのかもわからないで。


「もしかして、天草君と何かあったの?」


 そう言った石川さんのことを、少し大きく目を開いてみた今野さんは、なんとなく石川さんを馬鹿にするように言った。


「石川さんみたいな可愛い人でも、男の事で悩んだことはあるのかな」


 そう前置きをしてから、彼女は話し始めた。


「実は、最近。雄大とうまくいっていないの。だけど、それはパソコン部がどうとかじゃなくて、サッカー部に関することなんだけど」


「サッカー部?」


 まあ、天草は確かサッカー部でレギュラーかどうかの争いをしていると言っていたから、それはストレスのかかることだろう。常に試合に出られるわけでもなければ、逆に試合に出ないと安心することもできない。


「そう。ちょうど二週間くらい前に試合があったんだけど、その日はバトミントン部の練習も休みだったから私も応援に行くって約束してたんだ。普段から、お互いが週末なんて基本は部活で終わっちゃうから、デートなんてもちろんお互いの試合を見に行けたことも無かったの」


「それは、天草君も張り切ってたんだろうね」


 俺は運動部に所属したことがないけれども、好きな人に応援してもらえればどんな小さなことでも、普段よりも何倍も力が出せるものだろうと思う。きっと、天草は絶対に活躍して恰好良いところを見せたいと思っていただろう。


「だけど、その日は雄大に出番が無かったの。まあ、それは仕方が無くて。同じぽしじょんにいる先輩が前半の内に二回もゴールを決めてたから、顧問の先生もさすがに代えるわけにはいかなかったんじゃないかな」


 確かに、サッカーにはハットトリックという言葉があって、それは一人の選手が一試合のうちに三回のゴールを決めることだと言われている。そんな言葉ができるくらいには珍しくて、すごい記録なのだろう。

 先生の判断も理解はできる。天草には少し可哀想ではあるけれども。


「もちろん、私もそれは理解していたんだけど。雄大はやっぱり私の前で頑張っているところを見せたかったらしくて、ずっと機嫌が悪かったの。そこから、私に顔を合わせづらいのか若干だけど、避けられているような気がする」


 そこまで言うと、今野さんは明らかに顔が曇った。きっと、彼女も悩んでいるのだろう。やっぱり、俺にはそれを完全に理解しているとは言えないけれども石川さんがしっかりと背中をさすってくれていることに安心を覚えた。


「だから、雄大はどこかのタイミングでスタメンを望むかもしれない」


 なるほど。ただ、天草ならその話が本当だとしても同じポジションの先輩を追い落とすような真似はしないだろう。彼はやっぱりいいやつだ。だからこそ、どうしても憎しみや悔しさのような感情を素直にぶつけることも、心の内側でうまく処理することもできずに苦しんでいたのだ。


「まあ、それくらいならいいんじゃないか?」


 隣で悠介がつぶやいた。まあ、森本に比べれば可愛いものではある。確かに、実力以外の部分でレギュラーを決めるのは良くないことかもしれないが、サッカーはプロとしてやっているのではなくて、あくまで教育の一環だ。なら、少しは情のようなものを優先してもいいんじゃないだろうか。


 それこそ、二点を決めた先輩だって勝利にこだわるならば交代の選択肢も十分にある。サッカーというスタミナの必要なスポーツで二点を決めるほどまで消耗していながらもグラウンドに居続けたのは、ハットトリックを達成させてやりたいという先生の親心みたいなものも無いとは言い切れないだろう。


「それで、天草がスタメンを狙いそうな試合は?」


「私が次に応援できるのが、六月の第二日曜日だからその日かな」


 六月の第二月曜日。そこまでに、もちろん理想としては天草が実力でレギュラーを掴むのが望ましいけれども、そう簡単にレギュラーが代わることもないだろう。


「その時までには、何か変わっているかな」


「とにかく、雄大に何かがあれば相談するし、少しでも何か思い詰めているようなことがあれば教えてほしい。私も、パソコン部のことは詳しく知らないし、あんまり関わることはしないけれども、雄大については協力するし、してほしい」


 今野さんはそう言ってから、石川さんと連絡先の交換を始めた。でも、今野さんが協力してくれるのならだいぶん状況は変わるはずだ。この調子で、それぞれの部員に対してストッパーになれるような人物をこちら側に引き込んでいくことができれば、なんとか海堂さんの思惑通りにはならないかもしれない。


「でも、海堂さんがこれしきのことを予感していないとは思えないけどな」


 確かに、あの完璧超人のことだから、きっと俺たちが今野さんと接触したことも知っているのだろう。だけど、それを言い出せばきりがない。いくら海堂さんでも、あんなに頭がよくても、人の心までは完璧にコントロールできないはずだ。


 いや、そうだと信じたいだけかもしれない。


 なかなか良い時間になってきたので、俺たち四人はそのままファストフード店で夜ご飯まで済ませて、現地で別れた。その間に石川さんと今野さんはずいぶんと仲良くなったようで、最初はどこかよそよそしかったのに、別れるころにはお互いに名前で呼び合っていた。


「こういうのでいいんだよな」


「そうそう。別にクラスでの影響力とかじゃなくてさ。普通に学校に行って、いつもどおりにつまんない授業を受けて、そのまま友達とだらだらと帰って。やっぱり、俺には海堂さんに頼むような願い事が思いつかないな」


「ああ、俺もだ」


 ファストフード店の看板が放つ光が、四人を照らしていた。


「おかえりなさいませ」


「ご苦労様。白岩さん。父さんは?」


「本日から北海道に出張でございます。お帰りは三日後と聞いております」


 まただ。父は、僕にはどこに出かけるかも伝えない。それどころか、基本的には僕を利用するためにしか話しかけてこない。普通の家族ならば、メールを一通でも送るとか、冷蔵庫にメモを貼り付けるとかその程度の努力もしない。


「じゃあ、蛍が泊まる。いいね?」


「もちろんでございます」


 その執事は、すぐに布団などの準備を始めた。僕は、すぐに蛍へと電話をかける。


「もしもし、父がいないから家に来てもいいよ」


 僕も、蛍も同じだ。はたから見れば完璧超人だろう。全国模試でもトップクラスに名を連ねて、武道で全国制覇の経験もある。生徒会の会長と副会長で、さらには小さな頃から許嫁なのだ。昔から、地域のパーティーなんかで会えば蛍と僕が結婚するという事を、予定調和であるかのように父と蛍の父親が話していた。


「ありがとう。少ししてから、向かう」

 

 だけど、それは完璧なんかじゃない。きっと、いくら美しい景色を見せられる青い鳥でも、外に飛び出せばただの小鳥だ。ずっと、父の指示に従ってきた僕には、本当に咄嗟の判断がきっとできないだろう。


 蛍なんて、きっと普通にしていれば青春を謳歌できただろう。


 美人で頭もよくて、スタイルもいい。確かに、あまりにもハイスペックすぎて気後れしてしまうことはあるだろうけど、僕よりも一緒にいて楽しい人が絶対にいるはずだ。蛍と一緒に街を歩いていても、彼女がスカウトに声をかけられたことなんてざらにあるし、彼女はそれを父親から駄目だと言われているの一点張りで断っていた。


 僕は、蛍のことが好きなんだろうか。


 でも、確かに言えることは、僕の最終目標は蛍を自由にしてあげることだ。


 蛍はきっと、虫かごのなかよりも周りに草が生い茂った小さな川のほとりで、そっと輝いている方が美しいはずだ。


 そのためには、どうしてもパソコン部を設立した意味を完遂しなければいけない。

 荒木、石川、山本、森本、天草、森川。

 他にも、どんどん人を用意している。


 彼ら、彼女らには犠牲になってもらう必要があるかもしれない。

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