第6話 五章
「ま、好きなところに腰を掛けて」
俺と海堂さんは近くの椅子に座る。すでにメンバーの大半は集合していた。確か、今日はサッカー部が休みだったはずだから天草もすぐに来るだろう。椅子に腰をかけてぼうっとしていると、そういえば石川さんに謝っておかなければいけないことを思い出した。
がたっと音を立てて、椅子が後ろへとスライドしていく。
「ごめん、石川さん。さっきはあんな風に言ってしまって」
最初、石川さんはいったい何を話しているのだろうと言う風に聞いていたけれども、それを段々と理解してきたようだった。そして、彼女も座ったままに綺麗な姿勢で頭を下げる。
「こちらこそごめんなさい。あんなふうにしたら目立つよね」
これはこれで可哀想なものだ。石川さんは、その美貌から一挙手一投足が同性や異性を問わずに注目されてしまう。彼女だって好きに美しく生まれたわけではないだろうけれども、それでも弊害はあるのだ。美人だって徳ばかりではない。そんなことを普通のビジュアルしかない俺が推し量ることもできないけど。
「あの……さ、これからのことだけど」
石川さんは俺の顔色を窺いながら話している。どうやら、彼女にも怖い思いをさせてしまっただろうか。それには申し訳なく感じた。
「ごめん。気にしないで、怒ったりしてない。だけど、あんまり何もわからないうちから目立つのは嫌だから。これからはあまりクラスでは話をしないようにしたいかな。なんて」
こんなことを俺から言うのも失礼だと思ったが、致し方ないだろう。
「そっか、そうだよね」
石川さんが少し残念そうにしている。きっと彼女は優しいから、誰に同じことを言われても同じように傷つくんだろうけど、自分のために悲しんでくれるのだと思うと少し嬉しいような気持ちもあった。そして、石川さんは顔を上げるとこういった。
「なら、家でも話せるように連絡先を交換してくれない?」
それは願ってもないことだった。さっきまで恋愛とかそういうことを考える余裕は無いと思っていたけれども、やっぱり石川さんのような子にそんな台詞を言われれば男なんてみんなそういう気持ちになってしまう。
「ああ、もちろんいいよ」
俺はポケットに入れていたスマホを取り出す。電子音が鳴ると、画面には石川さんの連絡先を承認するかというメッセージが表示されていた。
その瞬間に、水川さんとその後ろに控える森川さん。さらには天草もいる。どうやら、これで全員が揃ったようだ。
「じゃあ、よろしくね」
「うん、また帰ったら連絡するよ」
「待ってる」
石川さんがそう言って笑顔を浮かべた。俺は、石川さんを少しでも怖がらせたことを大いに反省した。
「それでは、みんな揃ったようだから話を始めよう。とはいっても、硬くならないでほしい。昔からこういう風に話してしまうのが癖でね」
海堂さん以外は誰も笑っていない。水川さんは常にクールで、他の人物は皆が笑えるような状態ではなかった。
視線が、俺、悠介、天草、森本、水川さん、森川さん、石川さんと移ってゆく。
「じゃあ、今日は何のために集まってもらったかというと、クラスへの不満とか改善点、要望を聞こうと思ってね」
「それは、なんでもいいんですか?」
俺が質問を挟むと、海堂さんは演技の様に顎に手をついてから答えた。
「そうだね。基本的には全ての要望を飲む気ではいるよ。だけど、例えば二人の要求がぶつかるようなことがあれば、僕はそれに関しては何かをすることはない。その事象に対して何らかのアクションを起こせば部員をひいきしていると取られないしね。僕はそういうのが嫌いだから」
し~んと部屋が鎮まる。そして、海堂さんはこれでは誰も発言をしないと判断したのか俺を指さして聞いてきた。
「そういえば、荒木君はちょうどクラスの男子ともめていたようだったけれど、消さなくても大丈夫?」
それを言われた瞬間に、俺は無意識に口の内側にある皮膚を軽くかんだ。海堂さんの事だ、それを言えばどうなるかというのはわかっているはず。石川さんのこちらを見つめる目は、明らかに心配している。当たり前だろう、今日は
しかし、それに対して文句を言うようなことも許されていない。
「いえ、大丈夫です。少し、考える時間をください」
「そう、じゃあ山本君は?」
「いえ。僕も考える時間を」
当たり前だ。常に海堂さんにする要求というものについて思考の片隅ではあったけれども結果的には結論が出ない。そもそも、海堂さんはいろいろと隠しすぎだ。朝山先生についても、森川さんについても全くと言ってもいいほどに説明がなされていない。そんななかで、何かを決めることができるだろうか。
しかし、それに対して答えを出したのはある意外な人物だった。
「あの、海堂さん」
「ん? どうしたんだい」
森本が手を挙げたのだ。それは普段のどこか挙動不審というか対人経験値の少なさとでもいうのだろうか、人と話すときには自信がなさそうにしている彼とは違って、一本の筋が通った視線を海堂さんに向けていた。
「お願いがあります。もちろん、部活動には全面的に協力します。なので、石原と高村と長本を消してください」
その声には怒気と、悲しみと、そして復讐の心が混じっていた。
「石原君。高村君。そして長本君か。わかったよ」
海堂さんは生徒手帳のメモ欄に森本のあげた名前をメモした。いったい、誰だろうか。俺には思い当たらない。
「ほら、あのヤンキーみたいなやつらだよ。いつもつるんでるやつ」
悠介がそう教えてくれた。そう言われて、ようやく思い当たる顔があった。ああ、あいつらかと俺は知らない間に声を出していた。
ちょうど三人くらい、いつも不機嫌そうに足元を眺めながら廊下を闊歩している生徒がいた。俺は同じクラスになったことはないけれども、あまり廊下を占領されるのは気分のいいものでは無いし、せっかくこちらがいい気分で登校しても廊下の隅で不機嫌な顔をするのも、やはり気分が良くは無かった。
「さすがにすぐというわけにはいかないけれども、今日からは森本君に危害が及ぶようなことはしないよ」
「ありがとうございます」
森本は深々と頭を下げた。危害が及ぶとはどういう意味だろうか。
「じゃあ、天草君は」
人を消す相談をしているというのに、海堂さんはいたって普通に会話をする。それは、いつも通りに彼が生徒会長らしさというようなものを求めているのではなくて、自然とただただ行動している結果のそれであったような気がした。
「いえ、僕は何もないです」
海堂さんは残念そうにしていたけれども、その日に消す人物を指名したのは森本だけだった。石原と高村と長本だけだった。
「もしもし、大丈夫だった?」
放課後、あんなことがあったばかりで石川さんとともに帰るわけにはいかず、俺は悠介と二人で帰宅した。森本、天草、森川さんは別の方向で、海堂さんと水川さんには生徒会の仕事があるらしい。
「うん、大丈夫だよ。あと、ごめんね」
「石川さんが謝らないでよ。俺が悪かった」
そこからなんどか謝罪のラリーを繰り返し、やっと本題に入る。普段なら少し面倒に感じるようなやりとりでも、相手が石川さんならそんなことは思わない。むしろ、この時間がずっと続けばいいのにと思う。
「それでね。森本君が名前を挙げた三人。ほら、石原君と高村君と、長本君。彼らについて友達に聞いてみたんだけど」
「どうだった?」
学校から消してほしいとまで思われるような相手。いったい、何をすればそこまで恨まれるのだろう。別に誰かがいなければいいと思ったことがないと言えば嘘になるだろうけど、実際にそれが手に届くようになってもきっと大輔はそれをしない。
「その三人は、森本君をいじめていたらしいの」
そこから語られたいじめの内容。もちろん、石川さんが知ることのできる範囲だからすべてではないだろうけれども、それはひどいものだった。彼女がそれについて話すだけで、彼女がけがれてしまうのではないかと心配になるほどだ。
殴る、蹴る、金銭を要求する、恥ずかしい写真を撮影する、便器に顔をこすりつける、プロレス技をかける、髪の毛を剃る、物を盗む、あらぬ噂を流す等
確かに、俺もここまでされれば恨んで彼らを殺害することも考えたかもしれない。
「……ひどい話だ」
「どうしてそんなにひどいことができるんだろう。みんな、友達なのに」
石川さんもどうやらそれに心を痛めているようだ。いじめを受けていることは知っていたけれども、それがどのような内容かまでは知らなかったらしい。
「私、こんなことする人なんて嫌いだな」
石川さんがぼそっと、独り言のように言った。俺は、それに何も返事しなかった。
翌日、いつも廊下の端にたまっている三人は学校にいなかった。予想通りだったとしても、それを簡単に受け入れられるほどじゃない。
「まじか。ついに、海堂さんが動くことがわかってしまった」
悠介が懸念しているのは、間違いなくこれ以上の暴走だった。もちろん、三人が学校に戻ってくることも大事ではあるけれども、確かに彼らが消えたことは俺たちの中に事実として残り続ける。
噂では強姦とかバイク事故で退学処分というようになったというらしいけれども、それが海堂さんがもともと握っていた情報なのか、それとも捏造なのか。彼ならば、一日もあればその証拠を作り出すことは難しくないだろう。
いや、そもそも森本を部活に勧誘した時点で彼が三人を指名することを想定して動いていたとしてもおかしくない。もう、何を信じればいいんだ。
「俺たちは大丈夫だけど。天草が暴走しないか」
「いや、天草も大丈夫だろ。あいつはいい奴だ」
そして、もう一つは被害の拡大。森本の願いが叶えられたことによって、俺たちの中に不要な人間を学校から消すという選択肢が生まれてしまった。それはいったい、学校生活にどのような影響を及ぼすだろう。例えば、佐藤に殴られていた時にその選択肢があれば? いや、そんなことを考えるのはよそう。
「とにかく、俺たち三人は海堂さんに対して何もお願いをしない」
「そ、そうだね」
俺、石川さん、悠介の三人は心に固く誓った。今日は部活動が休みだから、ゆっくりと考えることができる。だけど、それを一人でしているとなんだかおかしくなりそうだった。俺は、気が付かないうちにかなり大胆な提案をしていた。
「今日の放課後、三人でどこかにいかない?」
悠介も、石川さんも俺の提案に驚いていた。自分でも驚いたのだから当然だ。まあ、悠介とどこかに出かけるときもわざわざ誘うなんてことはせずに、気が付けばどこかに行くというような感じだから、かなり珍しい。だけど、二人は驚いただけですぐに笑顔で頷いてくれた。
「いいね。私も、賛成」
「俺もだ」
行き先はすぐに決まった。隣町の駅前にある大型ショッピングモール。そこなら、時間をつぶす場所には困らないし、買い物だってできる。
まあ、普通に俺と悠介が普段からいくような場所に連れて行っても、石川さんは楽しくないだろうから、それならある程度は選択肢の有る場所にしておいた方がいい。最悪、映画でお茶を濁せるのも、女性に慣れていない俺や悠介の気持ちを楽にした。
放課後になり、昨日の事もあったので俺と悠介、石川さんは別で行動し少し学校から離れたところで合流することにした。こんな面倒なことをしなくても普通に出かけられればとは思うけれども、やっぱりそう簡単にはいかない。俺は頭に浮かんだ考えを、ぶんぶんと首を振ってかき消した。
それから、待ち合わせ場所で悠介と二人で待っていると、少し遅れて教室を後にした石川さんの姿が見えてきた。制服をしっかりと着ている彼女は、それだけでも十分かわいい。石川さんと合流してから、俺たちは電車に乗り込んだ。三駅ほどで目的地に到着するので、そこまで時間はかからない。車内は空いていて、席にも座ることができた。
石川さんが隣に座っている。部活に入って以来は仲がいいとはいえ、こうやって並んで歩くのはなんとなく緊張する。
ただ、それ以上に彼女とこうして話すことが楽しい。俺は女の子とデートなんてしたことないけれど、こういう感じの楽しさなのだろうか。
俺も悠介も不安だったけれど石川さんも同じようにかんじてくれいるみたいで、俺たちの間には会話が途切れることはなかった。
電車に乗ってからもずっと話していたけれども、それでも話題が尽きることがなく、あっという間に目的の駅までついてしまう。
駅の改札を出ると、目の前には大きなビルが立ち並んでいる。映画館やゲームセンターなどもあるこのショッピングセンターは、俺たち高校生にとっては便利な遊び場だ。
ここなら、時間も暇も潰せて、必要なものを買うこともできる。
とりあえず一階のフードコートに三人で入った。まだ夕飯時ではないので、それほど混んではいない。
授業中に無駄な考えをもたないよう集中していたので、脳が糖分を欲していたのだ。俺たち三人は、ドーナツのチェーン店で好きな味を適当に各々で頼んだ。
俺は、シンプルな揚げられた生地ににホイップクリームが乗っているものと、チョコレートがかかったものを一つ。石川さんは、ストロベリーカスタード味のクリームが懸かったもの。悠介は、シュガーレイズド。それぞれ違う種類を買ってきた。三人が注文したものがテーブルに並ぶと、俺たちは一斉に手を合わせた。
「いただきます」
俺はすぐにドーナツを手に取る。口に含むと、口の中に甘みが広がる。いつも食べているドーナツよりも、ちょっとだけ甘く感じる。
「おいしい!」
石川さんも目を輝かせながら、おいしそうにほおばる。どうやらお気に召したようだ。
「うん、うまい」
悠介も満足そうな顔をしている。三人でいろいろな話をしたけれども、そのほとんどは学校の事についてだ。学校で起きたことで、なるべくどうでもいいことを三人とも言葉を選びながら話した。
間違っても、海堂さんの名前を出すようなことはしなかった。
「ねえ、二人はここで普段はどんなことをするの?」
石川さんに言われて、俺はショッピングモールの地図を思い出す。残念ながら、俺も悠介も服やアクセサリーなどお洒落にこだわるようなタイプではないので、そこまでショッピングが楽しいとは思わない。モールに入っている店の大半は、そういうお店だ。
「う~ん、ゲームセンターとか?」
悠介がそう言った。まあ、どうしても暇なときはメダルゲームくらいで時間を潰すけれども。ただ、その話題に食いついたのは石川さんだ。
「ゲームセンター?」
「もしかして、石川さんはゲームセンターにも行ったことがないの?」
俺がそう聞くと、石川さんはさも当然と言う様に頷いた。当然、なのだろうか。行ったことが無い人も少しはいると思うが。
「うちの家はお姉ちゃんも妹もみんな揃って女の子らしくしなさいって言われてて、それでゲームとか禁止なの」
なるほど、かなり古風な考え方ではあるが、人の教育方針に口を出すのは良くないだろう。ゲームやゲームセンターへの出入りを禁止することは一概に間違っているとは言えない部分がある。
「でも、クレーンゲームと、メダルゲームっていうのがすごく面白そう」
あまりにも石川さんが目をキラキラと輝かせて言うものだから、俺も悠介もこういうしかなかった。
「じゃあ、ちょっとだけ行ってみる?」
「わぁ! すごいキラキラしてる」
ゲームセンターにつくやいなや、石川さんは完成を上げた。色とりどりの光が照らす世界に、魅了されていた。その光が、石川さんの笑顔を照らす。普段よりもよっぽど子供っぽい彼女の姿に、俺は少しドキッとした。
石川さんはキョロキョロとあたりを見回しながら歩いていると、ある一点に目を向けたまま動かなくなった。そこには、大きなクマのぬいぐるみがあった。
「あれ、欲しいな」
石川さんの目は、まるでおもちゃ屋の前で親に駄々をこねる子供の様だった。だけど、それを見ていると、なんだかとてもかわいらしい。
「やってみれば? やりかたは教えるから」
「うん、頑張ってみる」
とはいえ、石川さんの欲しがったぬいぐるみはかなりの大きさだ。ちょうど抱えれば石川さんの両腕にすっぽりと収まるくらいだろうか。当然だけど、初心者がそう簡単に攻略できるような代物じゃない。
「えっと、これをこうして……」
石川さんは、まずはアームの位置を確認している。それから、ボタンを操作して動かした。ゆっくりと降下していくアームが、徐々にクマの胴体へと近づいていく。そして、あともう少しというところで、石川さんはボタンを操作する手を止めた。
「あっ」
アームの動きを見ていた俺達は、思わず声を上げてしまう。なんと、ぬいぐるみの真下まで降りたアームは、一度はがっちりとクマの腹を掴んだけれども無情にもすり抜けていった。
まあ、クレーンゲームというのはこういうものだ。基本的には掴んで落とすというよりもひっかけたり、少しずつずらすなど何回もプレイすることを基本としたゲームである。
「やっぱりだめだったね」
悠介は苦笑いを浮かべて石川さんに声をかけたが、石川さんはまだ諦めきれないらしい。ただ、このままむやみやたらにお金を消費するのを見ているわけにもいかないので、俺は隣にある同じ景品の台にお金を入れた。
「荒木君もやりたくなったの?」
「うん、見てたらね」
石川さんはどうやらこちらに興味が湧いたのか、カバンから出していた財布を再び直してこちらを見つめていた。なんだか緊張する。
まあ、五回くらいで取れれば十分に得だけど、ある程度のところでやめないとお金が無くなるからな。俺は、石川さんと同じように操作方法を確認する。石川さんが苦戦したポイントを思い出しながら、慎重に操作する。
「よし、いける」
一回目は、先程石川さんがやった時よりもしっかりとぬいぐるみの胴を掴むことができた。これなら、石川さんよりも上手くやれるかもしれない。俺は、そのまま出口の方へぬいぐるみを動かした。
「おおっ」
悠介と石川さんの声が上がる。まあ、一回目としてはかなり上出来だろう。特に、石川さんが喜んでくれているので百円くらいなら安いものだ。
俺は、再びレバーで位置を調整しながら、今度は二回目の挑戦をする。
「よし、今度こそ!」
今度は、一度でしっかりと持ち上げることができた。後は、取り出し口に落とすだけだ。俺は、出口に近づいてきたところで、ボタンの操作をやめて待つことにした。すると、ぬいぐるみが落下する。ただ、出口の直前で落ちてしまった。
「ああ~、惜しい~」
石川さんは悔しそうな顔をしている。まあ、初めてにしてはいい方なんじゃないかな。俺は、もう一度お金を入れて、次は石川さんに譲った。かなり、出口の方に近くなっているから、あとはなんとかなるだろう。
別に、俺は何度かクレーンゲームで景品を獲得したことがあるから、石川さんにもその楽しさを味わってほしい。中毒のようになったら大変だけども。
「頑張って」
「うん、ありがとう」
石川さんは、また真剣な表情になってアームを動かす。俺が教えた通りにボタンを押しながら動かしていくと、アームはゆっくりと降下していった。そして、ぬいぐるみの背中を捉えると、しっかりと抱きかかえた。
「あっ、すごい! とれたよ! すごいすごい!」
石川さんは大喜びだ。よかった、楽しんでくれたみたいだ。俺と悠介は顔を合わせて微笑みあった。石川さんは愛おしそうにぬいぐるみを抱きかかえて、頬をすりつけている。すごくかわいい。
石川さんは随分とご機嫌で、鼻歌を歌いながら僕と悠介がメダルゲームをやるのを見ていた。まあ、別にメダルゲームをしたいわけではないけれども、石川さんが見せてほしいというから簡単な競馬のゲームをやっていた。
「うわー、やっぱり綺麗だね」
ゲームを初めて見るのが海堂さんの作ったゲームだからどうしてもハードルが高くなりがちだけど、石川さんはゲームセンターのものにも興味津々だった。
クレーンゲームの他にも、メダルゲームやカードダスなど様々なゲームを後ろから眺めて楽しんでいた。
「楽しかったね!」
そして、俺たちは夕飯に向かうときだった。
「ちょっとトイレ」
悠介が俺に荷物を預けて、そのままトイレへと駆けて行った。まあ、いつものことなので別に気にもならない。
だけど、タイミングが悪かった。
「おい、誰だよそいつ」
眼の前にいて呆然とした表情をしている彼は、どうやら石川さんに用事があるみたいだった。少なくとも俺の記憶にはいない。
まあ、二人のことに感知するつもりはないけれども、さすがに男のほうがかなり危ない目をしてしたから俺は石川さんを守るようにその間に立った。
「お前、いったい祐奈とどういう関係だ」
今にも掴みかかってきそうだから、俺は少し身構えた。相手を見る限り、そこまで体格差は無いし海堂さんや水川さんのように武術の心得があるようにも見えない。
なら、悠介が戻ってくるまで時間を稼げればなんとかなるだろう。
「別に、ただのクラスメイトだよ」
「ただのクラスメイトが、放課後に二人でいるわけ無いだろ!」
大声を出してきたせいで、周囲の注目が集まる。俺としては、あんまり目立ちたくないんだけども。ただ、彼の言っていることは間違ってはいない。ただのクラスメイトではないから。
「なんでそんなことを聞くんだ?」
「うるさい、質問に答えろ」
「そう言われても……」
正直言って困る。ただ、目の前にいる男は石川さんのことを好きだというのはわかる。でも、石川さんは明らかに彼に対して怯えているのだ。
「まあまあ、落ち着きなって」
「うるさい!」
男はそう言って、こぶしを振り上げた。俺はすぐさま左手で頭を守り、右手で石川さんを後ろに下げる。その左手に、ゴツンと鈍い痛みが走った。
「なんだよ、いきなり殴るなんて最低だな」
「黙れ! 祐奈から離れろ!」
もう、聞こえていないみたいだ。やっぱり、嫌なのだが仕方がない。俺は佐藤にしたように、冷静に低い声で言い放った。
「石川さんが怖がってるだろ。離れろよ」
そのままそいつの手を掴むと、相手の胸に腕をぶつけるように押した。それによろめいたそいつは、後ろの壁にぶつかる。
「ちょっと、荒木君。もう、いいよ」
もともと、そこまでやるつもりは無いし、相手が怯えすぎてこれ以上はやるつもりだとしてもそんな気も失せた。
「うん、大丈夫だよ」
そいつは、悠介がちょうど戻ってきたところで去っていった。
「ありがとう」
それから俺たち三人は、面倒事もなく夕食を取って電車に乗って街へと戻った。
帰宅後に届いていたメッセージには、
『助けてくれてありがとう。かっこよかったよ』
そう書かれてあった。
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