第3話 二章
「おはよう、ねえちょっと中庭の方に行かない?」
「そ、そうしよう」
俺と悠介が話していたところに、石川さんが登校してきた。時間は月曜日。
朝山先生になにかあれば相談しようと約束していた。そして、それは起こった。
「あの記事ってどういうこと?」
「さ、さあ」
ここで言う記事とは、うちの高校にある新聞部による校内新聞のことである。校内新聞は毎週月曜日に、校庭の前にある掲示板に載せられる。普段は、別に面白いことがあるわけでもないから、運動部の活動報告や無理やり捻りだしたコラムのようなもので埋められているが、今回はそれに比べてビックニュースだ。
「まさか、変質者の正体が朝山先生だったなんて」
その新聞に書かれていたのは、つい最近に噂が流れていた不審者の正体が朝山先生だったという事だった。
そのセンセーショナルなニュースはすでにクラス中で話題になっており、石川さんが俺と悠介をわざわざ呼び出すなんて、普段なら異様な光景も、まったくと言ってもいいほどに注目されていない。
クラスでは、朝山に対する罵詈雑言が飛び交っていた。
「まじで、キモイわ。あのジジイ、前から怪しいと思ってたんだよね」
「ゆかりって、前から色目使われてたもんね」
くだらない会話ばかりだ。さすがに普段は静かにしているようなクラスメイトも、集まってこのニュースに関する見解を交換し合っている。誰それが狙われていたとか、自分は朝山先生が犯人だと思っていたとか。
そんな中で、唯一と言ってもいいほどの良心は石川さんが傷ついていることだった。まあ、朝山が悪いのに違いは無いが、普段から何も関わっていない癖にあれこれ言うのはあまり好きではない。だが、今回は当事者なのだ。
「でも、私たちのせいなのかな」
そう、三人は朝山先生が変質者だったという事よりも、金曜日に聞いた。
『月曜日には解決しているから安心してくれ』
そう言った海堂さんの声と、表情が嫌でも脳裏に浮かんでくる。
「もしかして、海堂さんは前々から犯人が朝山先生だって事を知ってたのかな」
悠介の考えは、きっと正しいだろう。さすがにこちらが朝山をよく思っていないからと調査しても、金曜日の夕方から今日までわずかに二日ほど。朝山としては女子高生が目的なら土日にそこまで目立った動きをするとは思えない。
なら、海堂さんがすでに握っていた情報をばらまいたと考える方がましだ。
「でも、それならどうして泳がせておく必要があるんだ?」
「そ、そうだよね。でも、こんなにタイミングよく朝山先生の不祥事が発覚するなんて。海堂さんが調査したとしてもだよ」
それに、相手は警察ではなく海堂さんだ。確かに、一介の高校生とは言えないほどの人物だけど、それでも高校生だ。できることなんて限られているだろう。
「しかも、なんで新聞には何も載っていないの?」
もう一つの疑問点はその部分だった。俺の家は新聞をとっていないが、石川さんの家に届いた新聞にも、更にはネットニュースにも朝山先生の名前どころか、変質者がどうこうという話題は先週の金曜日から更新が止まっている。
学校の付近で変質者が出るとなれば、親も心配する。俺も男だから関係ないと思っていたが、母は心配だったようで度々注意するように言ってきた。なのに、朝食時には何も言われなかった。
「やっぱり、海堂さんが情報を握ってて、それを新聞部に流したんじゃ」
「でも、それならどうして先生たちは誰も止めに来ないの?」
「そうだよなあ」
普通、事実であろうとなかろうとこういった内容の掲示物を教師陣は嫌う傾向にある。そのため、校庭に百人近い生徒たちが一目、新聞記事をみようと集まっていたのにも関わらず、注意しに現れるどころか出勤してきた先生たちもそれをスルーし職員室へ向かっていったのだ。さすがに、異様と言わざるを得ない。
「どうしよう。なんだか怖くなってきた」
石川さんの怯える気持ちはわかる。もしかすると、自分たちの軽はずみな愚痴が朝山先生の人生を狂わせたのかもしれないのだから。もちろん、変質者であった朝山先生が最も悪いのだが、そこで何も感じないほど、三人の心は強くない。
それに海堂さんの底知れなさを目の当たりにした。
彼はもちろんすごい。それはわかっていたけれども、自分たちが考えるよりもさらに危ないんじゃないかと、俺は思い始めていた。俺にはそんなばらされてこまるような秘密が、男子高校生なら誰しもが持っている程度のものだが、海堂さんなら俺の人生を狂わせるくらいのことは出来そうではある。
「でも、とりあえず海堂さんに事情を聴きにいかないと。たぶん、月曜日の放課後にもパソコン室に来てくれっていう、メッセージでもあるよね」
確かにそうだ。海堂さんの言った言葉は、まるで三人が月曜日にも海堂さんと会い、要求が通ることを信じた俺たちの望みを叶えることができるとでも言わんばかりだった。
パソコン室と指定されたわけではないが、コンタクトをとれる場所がないだろう。
「二人とも、放課後に予定ってある?」
「いや、ない。こいつも」
「じゃあ、三人でまたパソコン室に行ってみない?」
「仕方ないか……」
結局、この日の授業には身が入らなかった。大久保先生も、朝礼でもホームルームでも授業中でも、新聞の事に触れはしなかった。気になって昼休みに校庭へ行った時には、新聞記事は綺麗にはがされていた。
「これ、本当に俺たちだけでどうにかできるのか?」
放課後まで待っても、不安な気持ちは消えない。自分たちの軽口で朝山先生の人生を変えてしまったかもしれないということが、どうしても三人には受け入れられなかった。それは恐怖心となり、三人を襲う。
「大丈夫だよ! 私たち三人もいるからなんとかなるよ!」
石川さんの言葉は力強く、そして頼もしかった。その言葉は、きっと自分たちを勇気づけるために言ってくれたに違いない。そう思うことで、俺は自分の恐怖心を必死に抑え込んだ。
「それにしても、どうして海堂さんは僕らだけにデバックをお願いしたんだろう」
そこも、気になる部分だった。仮に暇そうな人間を集めるのなら俺たち以外にもたくさんいる。確かに、三人ともそろって他の部活に所属していないということはあるが、別に暇かどうかはわからないだろう。うちの高校は兼部も無理のない範囲でなら認められている。
では、適性はどうかと言えばそれもあるとはいえない。俺と悠介はともに、ゲームはするが平均的な男子高校生くらいの知識で、プレイ時間もそこまで長くない。石川さんにいたっては、ゲームをしたことがないと言うのだから驚きだ。いわゆるゲーマーと呼ばれる奴はだいたいクラスに一人か二人くらいはいるだろうし、呼びつけるのも難しくはない。
もちろん、様々な人の意見を得たいと言えばそれまでだが、それがなんだかとってつけたようで、いかにも怪しさが拭えない。
「まあ、行ってみればわかるか」
「そうだね。考えてても仕方ないし」
「うん」
こうして、三人はパソコン教室へ向かう覚悟を決めた。
その気が変わらないうちに、パソコン室のある校舎へと向かう。
「あれ、今日はドアが閉まってるな」
悠介がガチャガチャとドアを開けようとしているが、びくともしない。まあ、普通は鍵がかかっているものだが、今になって思えば海堂さんがわざと開けていた可能性もある。とりあえずパソコン室内に入れば、話を聞かざるを得ない。
「すみませーん」
試しに声をかけてみるが返事はない。どうやら誰もいないようだ。
「どうする? ここで待ってるか?」
まあ、それが最善なんだろうけれども、ここまでくれば逃げ道をなくしておいた方が気持ちとしては楽だった。遅かれ早かれ、話を聞く必要はあるのだ。
「誰かいますかー?」
もう一度声をかけてみても、やっぱり反応はなかった。
「どうしよう」
「このまま帰るわけにもいかないからなあ」
「だよね……」
しばらく考え込んでいると、ふと、隣にあるもう一つの部屋が目に入った。
「ねえ、隣の部屋から声が聞こえてこない?」
石川さんの言葉を聞いて、俺は耳をすませる。確かに男の声が聞こえた。声のする方をみるとそこには、大きく『情報科準備室』と書かれている。
「ちょっと、こっちを覗いてみようよ」
「でも、海堂さんでも水川さんでもなさそうだな」
確かに、水川さんの声はどうしても男性とは間違えないだろうし、海堂さんの声はもっと低くて威厳がある。聞こえてくる声は、なんだか奇妙に高くて、言葉を選ばなければ下品だ。
「とりあえず、海堂さん達がどこにいるか知っているかもしれないし、聞いてみよっか。知らないならそれで仕方がないし」
石川さんが、情報科準備室のドアをノックする。しかし、返事はない。
声はするのだが、無視されているのだろうか。それとも、何かをしていて手が離せないのだろうか。
「すいません、って開いてる?」
再び、石川さんがノックをしながら取っ手に手をかけると、少しだけ体重がかかってドアが開いた。慌てて閉めなおすが、そこでバンッと音が鳴る。
「やば……」
思わず三人で顔を見合わせる。石川さんの顔には明らかに焦りが見えていた。
「ど、どうしよう」
「やっぱり帰ろうぜ」
悠介の提案は非常に魅力的であったが、海堂さんとの約束にちかいものを放り出すほうが怖い。幸い、部屋の中にいる人がなにかを言って来る様子はないので、問題ないのだろう。俺は、情報化準備室に入ることにした。
「失礼します」
ドアを開けると、なかには一人の生徒がいた。高そうなヘッドホンと光り輝くマウス。どうやら、ゲームをしているようだ。集中しているらしく、三人が部屋に入っても気づく様子はない。
「あの……」
声をかけると、ようやく気づいたようで、その生徒が顔をあげた。
「あぁ、なんだよ」
ヘッドホンをはずしながら、不機嫌そうな顔でこちらを見る。
「あの、海堂さんと水川さんがここにきたりしなかったですか?」
「来てねえよ」
彼は吐き捨てるようにそう言って、再びヘッドホンを装着しゲームの世界へと入っていった。俺は初対面とは思えないひどい態度にいら立ちを隠せなかった。こちらが邪魔をしたのは確かだけれど、さすがにこの態度は無いんじゃないか。
「ま、ここで待たせてもらおうぜ」
悠介の提案を採用して、適当な椅子に腰をかける。
「なんだよ、あいつ」
ついつい、文句が口に出る。まあ、相手も気づいていないようだから問題ないだろう。彼はすでに、スクリーン以外が見えていない。
「えっと、確か去年のクラスメイトだと思うんだけど」
石川さんがそういう。しばらくのあいだ、考えていたがどうやら名前は思い出せないようだ。まあ、見る限りは関りがあるタイプでもないので仕方がないだろう。
四十人もいるクラスで、話さない異性の名前を憶えていられるほど脳の要領に余裕はない。勉強のことや、友人のことなどかんがえることだらけなのだから。
「でも、たしかいじめられてたんじゃなかったっけ」
「いじめ?」
その否が応でも注目を引き付ける単語に、俺と隣に座る悠介は耳を傾ける。
「なんか一年生のときの話だけど、机や教科書に落書きされたりしてたみたいだよ」
「へぇー、陰湿だね」
「そんなことする奴がいるのかよ」
二人の感想はまったく同じだった。人のものを勝手に傷つけるような行為はあまり好きではない。もし、自分がそのようなことをされたとしたらと考えるだけで胸糞が悪くなる。
「まあ、いじめられる理由もわからなくないけど……」
先ほどのような態度で初対面からしていれば、いじめに発展するのもわかる気がする。俺はそういうくだらないことはしないが、イライラさせられたのは事実だ。彼があの態度だからいじめられたのか、いじめられて心が荒んだからあのような態度なのかは知らないが。
「新しいクラスでは馴染めてるのかな……」
「心配しても仕方ないよ。きっと学級委員長あたりがなんとかしてるさ」
まあ、他のクラスは誰が役員をやっているかは知らないが……とにかく、彼がなぜここにいるのか。それと、ゲームをできている理由が不思議だった。
当然ながら、学校のパソコンにはフィルターがかかっていてゲームどころか、検索エンジンにもかなり厳しい制限がかかっている。もちろん、フィルターを外せば使用できるが、確実に履歴に残るためわざわざ校内でゲームをしようという発想にならないのだ。ましてや放課後なんだから、家に帰ってゆっくりと落ち着ける環境でした方が楽しいだろう。
そんなことを考えながら、ぼんやりと情報化準備室の窓からグラウンドを眺めていると、どうやらサッカー部の練習が終わったらしい。一年生らしき部員たちが整地を始めていた。入ったばかりだから、まだ整地や片付けなど雑用ばかりのころだろう。
すると、サッカー部員の一人がこちらの校舎へ向かって来る様子が見えた。しかし、この校舎に練習終わりのサッカー部員に用事があるだろうか。考えてみたが思い当たらない。
彼の姿は、校舎の陰に隠れて、視界から消えた。
「すいませんって、開いてる? 誰かいますか」
少ししてから、ドアの外に人影が現れた。
「開いてますよ」
そう返事すると、ドアが開かれる。
「なんだ、お前らかよ。緊張して損した」
その人物は俺と悠介の顔を確認すると、すぐに表情を和らげた。どうやら彼にも緊張するなんて言う事があるらしい。普段、明るい彼のイメージからすればそういったことは感じないのかと思っていた。
「なんでお前がこんなところにいるんだよ」
ドアの向こうにいたのは、天草雄大だった。
俺と悠介にとっては見知った顔である。
「二人とも知り合い?」
石川さんが、不思議そうに聞いてくる。
「去年のクラスメイトだよ。天草っていうんだけど」
「あれ、石川さん? 俺は天草雄大。よろしくね」
そう言って差し出された手を、石川さんは少し緊張しながらも握る。先ほどのゲーム男子に比べると、対照的な態度だ。一方の天草も、当然のように石川さんの名前は知っているらしい。
まあ、重要度で言えば中間の日本史テストで出て来る誰よりも大きい。
「で、なんでお前らがここにいるんだ?」
「それはこっちのセリフだよ」
天草も三人と同じ理由で呼ばれたのだろうか、それにしてもイメージが違う。
天草はサッカー大好き爽やか男子といって風貌で、あまりゲームなどはするように見えない。前に話した時には、サッカーのソーシャルゲームを少しだけやっていると言っていた。正直、デバッカーに向いているとは思えない。
それを言い出せば石川さんもそうだけど、海堂さんの言う様々な人というのが、いかに便利な言葉か理解できた。
「これで揃ったかな」
ちょうど、天草の軽い紹介が終わったころ、情報化準備室に海堂さんが現れた。
「お待たせして申し訳ないが、とりあえずこちらの部屋にいこうか」
彼に導かれて、パソコン室へと向かう。
「ちっ、ちょうどいいとこだったのに」
ゲームをしている奴が、文句を海堂さんには聞こえないようにこぼしていた。
「で、いったい何の用事だよ」
「待たせてしまってすまないね。まずは、お茶でも飲んで落ち着いて……」
「そういうのはいいから、さっさとしてくれ。イベントの時間が残ってないんだ!」
冷静な海堂さんとは対照的に、オタクはえらく急いでいる様子だ。まあ、ゲームのイベントがどうとかの他の人にとってはくだらない話らしいが、彼にとっては重要なのだろう。
「おいおい、落ち着けって森本。そんな焦っても仕方ないだろ?」
天草が、いら立つ森本をなだめに行く。
「二人は知り合いだったのか?」
「時間があったのに自己紹介とかしてないのか。俺と同じクラスの森本」
天草が森本と呼ばれたオタクの肩を抱く。森本のほうは嫌そうな表情をしていた。
しかし、天草になだめられてからは静かになった。
「みんな忙しいのは理解しているつもりだからね。もちろん、話が聞けるのならそのゲームをプレイしながらでも構わないよ」
海堂さんがそういうと、森本は黙って頷きゲームを始めた。一応、ヘッドホンは装着していない。そんな状態でゲームして楽しいのかと思うけど、そもそも理解できるとは思えない。
「それじゃあ、話を始めようか。一応、全員に一度はこの場所へ来てもらってゲームのデバッカーをお願いしたよね。そこまでは間違いないかな」
その言葉に、石川さんは律儀に頷く。
「それで、ちょうど荒木君たちに何か学校に対する要望というか不満を聞いた。別になんでもよかったんだけれども、たまたま最初にこの部屋を訪れたのが君たち三人でその不満が朝山先生だった」
「まあ、あいつは女子のひいきがすごかったもんな」
天草もそれには納得しているようだった。
どこのクラスでも同じようにしているらしい。
「そう。それで僕はデバックをしてもらう見返りというのは言葉が悪いけれど、お礼として朝山先生を最低でも懲戒解雇にはなるように仕向けた。もちろん、次に来る先生は特に女子生徒のメンタル面へと配慮して若くて優秀な女性の先生が来るようになっている」
「どうしてそんなことを知っているんですか?」
いろいろと気になることはあったけれど、まずはどうして海堂さんが学校の人事にまで踏み込んでいるのかという事だ。そもそも、事件が発覚したのは今朝で学校側はそれに対する全校集会などを開いて公式的な発言をしていない。
今は職員室がばたばたで後任の人事などが考えられているにしても、どのような先生がくるか決まっているというのは不思議な話だ。ましてや、海堂さんはまるで新任の教師をすでに誰か知っているかのように話す。
「実は今、生徒会も忙しくてね。とにかく学校側は生徒の不安感情を取り除くことを第一に考えているから生徒会を中心として動きがある。そのため、かなり生徒会にも情報は回ってくるんだよ」
「生徒会が忙しいのに、海堂さんはいなくていいんですか?」
石川さんが純粋で至極まっとうな質問をした。確かに海堂さんはパソコン部の部長である前に生徒会長だ。
うちの高校は生徒会役員と部活の兼任も認められているけれども、予定がバッティングした時には生徒会の活動が優先されると生徒手帳にも記載されている。
「まあ、朝山先生の件は特に女子生徒の問題だから、対策は女性を中心に話した方がいいだろうという事で水川君に任せているよ。夜道を歩く怖さは男子には理解できないものがあるだろうし、優秀な副会長がいるせいで僕は普段からほとんどやることが無いんだよ」
海堂さんは嬉しい悩みという様に溜息をついた。まあ、学校運営でただただ存在するだけの生徒会に持ち込まれる案件程度ならば水川さんが全て独断で処理できるほどだろう。だけど、今回はその規模が違う。
「ただ、ずっと会議に出席しないのも決まりが悪い。だから、今日は君たちとの話が終われば参加しようと思っているよ」
「話?」
「そう、僕は君たちの言う通りに朝山先生を、有り体に言えば始末した。もちろん、無理やり恩を着せて脅迫するような形はとりなくない。だけど、この一件で僕が君たちの望みを少なくとも校内でならかなえられることをわかってもらえたかな」
その問いかけは卑怯だ。あくまで協力を促すというスタンスを取っていながら、その実は選択肢が存在しない。ある程度は力を持っているはずの朝山先生がものの見事に消されたのだ。俺たちのような一生徒なんて海堂さんにかかれば赤子の手をひねるように学校からはじき出せるだろう。
俺は仕方なく、結論の決まっている話を聞くことにした。
「君たちにお願いしたいのは、ゲームのデバック。まあ、簡単に言えばゲームをプレイしてその問題点なんかを指摘するのが仕事だ。映像で見せたのはロボットに乗って戦う話だったけれども、その他にも様々なステージがあってどちらかというとアドベンチャーゲームに近いかな」
アドベンチャーゲーム。こちらが選択した行動によって、物語が変わっていく形式のゲーム。いわゆるノベルゲームとか、アダルトゲームの大半はこの形式だ。
「まず、ゲームを起動すると様々な世界へと飛ばされる。中世だとか、近未来だとか、アメリカとかね。そこで提示されるクエストを解決することがゲームの目標だ」
「じゃあ、あのロボットに乗って戦うのって」
「うん、とりあえずは最初のステージとしてロボットに乗って怪物と戦うけれど、その次は森の中にいる木こりの悩みを解決してもらうことになる」
海堂さんがそこまで言った段階で、石川さん以外のメンバーは不安を感じていた。それを森本と呼ばれたオタクが言葉にする。
「それ、面白いのか?」
彼のいう事は正論だった。あまりにもゲームのテーマがぶれぶれだ。確かに様々な世界を旅してその場でミッションをクリアするというのは聞いてみれば面白そうだけど、ロボットゲームがしたいのに木こりの悩みを解決なんて退屈でやっていられないだろうと思う。
それなら、ロボットで戦うゲームを一つと牧歌的な雰囲気のゲームを一つずつ作った方が面白いはずだ。
「もちろん、ゲームとして面白くないというのも貴重な意見だから参考にさせてもらう。だけど、一度はプレイしてみてくれないかな?」
「まあ、いいですけど」
心の底から納得できたわけではないけれども、とりあえずは頷くしかない。俺が頷くとみんなも一人ではないことに安心したのか、首を縦に振った。
「よし、じゃあ早速だけど後は水川くんに任せることにしよう。彼女は僕よりもよくこのゲームを知っているからね。みんな、本当にありがとう」
そう言って海堂さんはキーを押した。すると、大輔たちの視界が揺らぎ、だんだんと薄れてゆく。ふと、海堂さんがそのさきで薄ら笑いを浮かべているように見えた。その表情が、不気味で仕方なかった。
「こんにちは、こんにちは」
俺は混濁する意識の中で、女性の声が聞こえた。
その声はとても優しくて心地が良かった。
「こんにちは、荒木さんですね。私はアリスです」
「アリス?」
聞き覚えの無い名前だ。俺には外国人の友達はいない。
「ええ、そうです。アリスです。よろしくお願いします」
「ああ、よろしく」
そうはいっても、俺は目が開いているのかもわからない。きっと、アリスの姿が見えないという事は目を閉じているか真っ暗なんだろう。
「では、あなたの活躍を祈っていますね。頑張ってください」
「わかった。頑張るよ」
それだけ言って、アリスは消えた。姿は見えていないはずなのに、彼女がその場所からいなくなったことはすぐに分かった。
「いったい、なんだったんだ?」
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