6頁目 宇佐美夕梨の才能

「あれ、どうして私」


 熱くなって倒れた宇佐美さんからドレスを脱がし、まあそれは僕がしたんじゃなくて一色さんたち演劇部の女性陣がしてくれたのだが。別に僕がその役目を負おうとしたわけじゃない。なぜならそれに怯えた暦の隣にいなきゃいけなかったから。


 別に下心は無かったよ、本当に。


 その後、一色さんたちが保健室まで運んできたのだ。しかし、本番も近い中で練習を中断するわけにはいかず、演劇部員は今も体育館で通しの練習をしている。そこから三十分ほどしてようやく意識が晴れた宇佐美さんは、起き上がってきょろきょろとあたりを見回した後に、ベッドのそばに座っていた僕に向かって聞いてくる。


「ああ、良かった。暦、宇佐美さんが起きてきたよ」


 僕が隣に座って心配していた暦を安心させるために肩を叩いてから、宇佐美さんに説明をした。その説明が終わったころに、演劇部員で手の空いている沖野香蓮さんが様子を見に保健室へとやってきた。沖野さんは、音響を担当しているらしい。


「宇佐美さんは大丈夫?」


「はい、すみません。事情は理解しました。ご迷惑をおかけしました」


「いやいや、宇佐美ちゃんの所為じゃないよ。うちの部員たちも別に怒っていないから、それに演技を見ても特に問題は無さそうだったから体調が悪いのならここで休んでいてもいいって。無理はしないでね」


 沖野さんは優しく気をつかってくれている。なんだかいい人そうだ。沖野さんの笑顔は、人を安心させる力があるような気がした。確かに演者に比べれば華やかじゃないけれども、すごく男子から人気がありそうだ。


「ありがとう、香蓮ちゃん。もう少し休んだら、服はこのシャツのままで復帰しようかな。それだけ高岸先輩に伝えておいてくれる?」


「うん、でも私も少しだけここで休んで行こうかな。それに、二人ともお話してみたいと思ってたし、別に私がやることもないし。黒宮君、隣いいかな?」


「あ、うん。いいよ」


 僕の隣に余っていた椅子を引いて座ろうとする沖野さんを、暦は目を見えないはずなのに器用に沖野さんが手を放した椅子を、地面と足の椅子が擦れる音で把握してそれから沖野さんの手が離れた瞬間に掴み、席を暦の隣へ移動させた。


「どうぞ」


「あ、うん。ありがとう」


 なんだか知らないけど、また暦の機嫌が悪い。もう、よくわからん。女の子の機嫌と山の天気は何とやらだ。もちろん、それを暦に言う気もないけれど。


「二人は初めましてだよね。私、一組の沖野。よろしくね」


「うん、僕は三組の黒宮で、こっちが白坂」


 僕が沖野さんに合わせて丁寧に自己紹介をすると、沖野さんはくすりと笑った。


「うん、知ってる。二人は有名人だし、特に白坂さんは宇佐美ちゃんからよく聞くし、そうじゃなくてもこんなに美人さんなんだから入学直後は男の子の間で話題になってたもん。馬鹿な男子は宇佐美ちゃん派と白坂さん派で別れてたし」


 暦の得意げな顔が隣を見なくてもわかる。まあ、暦の話題が上がることはよくあることだし小学校に進んでなんとなく男子たちが女子を容姿の良さで見るようになったころからずっと暦は話題になるんだから、当然の流れだった。


「でも、黒宮君と付き合ってるってわかった後はみんな蜘蛛の子を散らすように逃げていったけどね。ほんと、単純っていうか、わかりやすいっていうか」


 いやいや、僕と暦は付き合っていないんだけど。そりゃ、暦と付き合えれば幸せだろうけどさ。そういうのはもう少し確実になってからというか、この関係を壊したくないというか。そういうのから目を背けてきたせいで知り合って十年もの間、僕と暦の関係は幼馴染から全く進展はしていない。


「いや、僕と暦は付き合ってないよ。ね、宇佐美さん」


「え、そうなの? 宇佐美ちゃんから話を聞いてる限りそうだと思ってたんだけど」


 宇佐美さんはいったい、どれだけ僕たちの話をしてるんだ。暦の名前は知られているとはいえ、沖野さんからすれば知らない人の話なんて聞いていて楽しいのか?


「まあ、それなりにはね~」


「まあ、沖野さんが楽しいならそれでいいんじゃない。それより、演劇部の雰囲気はいつもあんな感じなの? すごく素敵な演技をするのにギスギスしてるというか」


 暦はえらくずけずけと踏み込んでいった。確かに、僕も釈先輩と郁美先輩の喧嘩とか、他にも高岸先輩に一色先輩とキャラの濃い人ばかりで大変そうだとは思っていたけど、あんまり言って沖野さんの暗部に触れたらと思って聞けずにいたのだ。


「う~ん、まああの二人は相性が悪いんだろうね。私は音響の役だから裏方は仲が良い方だと思うんだけど、高岸先輩とイアーゴ―役をしてた宇良先輩はこの前の夏に別れたばかりだし、どろどろしてそうだよね」


「ちなみに裏方さんはどんな人がいるの?」


「えっとね、今日と明日に練習を見に来るのは、照明の細川先輩と大道具の中沢君かな。二人ともいい人だし、あんな風に声を荒げるようなタイプじゃないかなあ。ただ、細川先輩は郁美先輩に憧れてこの部に入ったみたいな噂は聞いたことあるかも」


「それで細川先輩は郁美先輩と付き合えてるの?」


「いや、あくまで噂だしそういうのは無いみたい。まあ、郁美先輩はサッカー部のキャプテンとか野球部のエースとかいろんな人とそう言う噂があるから細川先輩の気持ちが本当だとしても入り込む隙間は無さそうかな」


 やっぱりあれだけ顔の整っている人が普段の制服とは違う衣装で表情や声をころころ変えている姿は魅力的なのだろう。僕が今日の宇佐美さんのドレス姿に感じたもののように。気持ちはわからないでもない。


「宇良先輩もモテるらしいし、一色先輩も噂はあるけどあの人だけは美しすぎるっていうか逆にあんまりモテないらしいからよくわかんないものだよね。まあ、演技をする人なんてそういう噂はよくあるでしょ。ドラマに出てる女優さんたちも」


 確かに、美男美女の恋愛のほうが僕みたいな地味な男子の恋愛なんかよりもよっぽどゴシップの話題性としては優れている。暦はあまりそういう話題は好きじゃないんだけど、さすがにあんなギスギスを見せられたらいろいろな理由が奥にあるんじゃないかと好奇心が湧き出すのだ。


「まあ、いろいろ美人は美人でいろいろ大変なんだねえ」


 そう美人な宇佐美さんが言って、それに美人の暦が頷いていた。

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