戦争終結

第28話 蝶々

【北部戦線ミスリル側】


 ナナたちが戦いを終えたころ、ミスリル陣営では軍議が開かれていた。とにかく、敵の喉元により深く刃をつきつけるしかない。南部がどうなっているのかわからない以上はレイドローにとって最高の結果。グラマンの陣を突破して街に迫る。


「グラマンの陣は大きく開いている。こちらの軍を一人も通す気はないという姿勢の表れだろう。あいつらしいといえばそうだが、その分だけ陣が薄い」


 軍の多さでは互角だからそうなるのは必然だ。だが、敵がそれだけ守りに本気ということでもある。さすがはグラマンだ。敵ながらしっかりしている。


「よし、全軍で一気に攻めるぞ!」


「待ってください! それでは……」


 副官が慌てて止める。確かにこのまま進めば勝てるかもしれない。だが、その代償に自軍の被害が大きくなることは間違いない。そうだ。それは王女様が望まないことだ。彼女はあまりにも優しすぎるから誰であろうと人が傷つくことを恐れて、悲しむ。だが、ここで被害を覚悟してなんとか突破しなければ戦争をした意味がない。


 ここまでに亡くなった兵士たちが浮かばれない。


「いや、このまま行こう」


「レイドロー様。しかし……」


「この先にいるのはあの男だ。おそらく奴がいるなら多少無理をしてでも突破する価値はある。あいつの陣形を無傷で突破なんてできるとは思わないことだ」


 グラマン=ラングフォード。あの男は慎重だ。狙いは間違いなくこちらが無理やり突破しようとつっこんでくるのを開いた陣形をうまく閉じて圧し潰すのが狙いなのは間違いない。だが、あえてそれに乗ってやる。


 被害は承知の上だ。それをレイドローがやるしかない。


「いいな。私が出る。お前たちはそのまま進め。私が合図したらすぐに止まるんだ」


「ですが、それでは……」


「私は負けられないんだよ。王女様のために、絶対に。だから私がおとりとなってグラマンの注意を引こう。だが、その隙をつくべき人間が必要だ」


 作戦としてはこうだ。レイドローの率いる部隊がグラマンへと攻撃をしかけ、敵の陣形を閉じさせる。その間に銀狼部隊を率いた人間がグラマンの陣が薄くなったところを突破して敵の砦に迫る。さすがに、そこまでいけば停戦の話がアストラム政府のなかであがるだろう。それがレイドローの目的だった。


 しかし、問題が存在する。それは銀狼を率いられるのは誰だ?


 レイドローに忠誠を誓った彼らはもちろん、指示によっては他の軍人の指示を受けることもある。だが、その圧倒的なスピードと縦横無尽に移動できる銀狼を扱って戦うなどレイドロー以外にはできない。どうするべきか。


 そんな風に悩んでいるところだった。


「私がやろう」


「その声は、女か?」


 その冷たく、まるで背筋を凍らせるほどだった。だが、レイドローの陣内に女性はいないはずだ。なら、誰だ。


「久しいな、レイドロー。ここまで大きくなったとは」

 ……


「ど、どうしてここに。いや、あなたは」


「細かいことを気にしている暇はないだろう。それと、敵の間者が紛れていたぞ」


 彼女が蹴り飛ばした氷の塊の中には、確かに見慣れない顔をした謎の人物がいた。確かにアストラムの間者だろう。まさか、こんなにも早く潜り込んでいるとは思わなかった。しかし、彼はもう動くことは無い。


「さあ、銀狼部隊よ。私に従え」


 その瞬間に、人々の間から黄色い蝶々が舞い上がる。その蝶々はみなが群れを成して銀狼部隊の周りを待っているけれども、それは魔法使いにしか見ることができない、幻想的な光景だ。使役魔法を使う時が最も美しい気がする。


 戦場を動かすには十分なほど、その光景は綺麗だった。


「王女様、こちらの籠にお乗りください。近衛兵をすぐに裏門へ回します」


 一方、王都では刺客に狙われた王女を安全な場所へと逃がすために家臣たちが奔走していた。王宮内部では速やかに近衛兵たちが集められ、さらには影武者として多数の籠と兵たちが動き回る。王宮は一日にして混乱に陥った。


「急げ! 何としても王女様をお守りするのだ!」


 この場においてもっとも危険なのは、もしも王女が暗殺されれば国の士気は下がり、最悪戦争継続が不可能になるかもしれないということだ。それだけは何があっても避けなければならない。レイドローの事を思うならば、王女は自分の身を守るしかない。自分の命なんてどうでもいいのに、みんなを守るには生きないといけない。


「私も、戦う」


「いえ、危険ですから隠れていてください。安心して、私たちが必ず王女様をお守りします。この命にかけても、王女様のために」


 しかし、私には戦争なんかよりもよっぽど価値がある。それは、ミスリル王家の血統。すでに親族はみんな亡くなっているか、私よりも年上だから私がなくなればこの国は崩壊する。国の民を守るためにも私の命を失うわけにはいかない。


 そう思いながらも、自分の無力さを痛感していた時だった。視界の端、戦場になっているだろう場所で蝶々の群れが舞い上がった。


「え?」


 その蝶々を私は見たことがある。よく、熱を出して寝込んでいた時に見た光景だ。


「おねえちゃん?」


 その蝶々は、亡くなったはずの姉がよく使っていた魔法だった。

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