生成り
@tamasvillage
第1話
「角が生えているのです。」
私はカルテを見る目を患者へと移す。
「ツノ、ですか」
脂肪腫や粉瘤、骨腫瘍や皮角などそれらが頭部に発生した事により偶然角の様に見えた症例はいくつかある。インドの男性だったか、『悪魔の角』と名称される程大きい、頭頂部に出来た皮角を取り除いたというのが医学雑誌に報告され話題になったはずだ。だが彼女にはー、小山椿にはぱっと見ではその症状は見受けられなかった。
それよりもよれた暗い色のワンピースから覗く痩せぎすの体つきと、それに相反するようなギラついた目、長くべたつく黒い髪の方が気になる。顔の造形は美しいのに勿体無い、精神面に問題があるのではないか?形成外科医である佐久亨は、あまり人の来ぬ病院の退屈な業務に欠伸を噛み殺しながら診察を続ける。
「うん、では少し触っても?それはどの辺りに?」
彼女は長い髪に埋もれた蝶形骨の上、額とこめかみの間あたりを指差す。
分厚い前髪を払うと2センチほどの出っ張りが現れた。おや、本当にある。しかも触ると硬い。
「あぁ、確かにありますねぇ。」
「あの、そちらだけじゃないんです、もう片方にも同じようにあって」
彼女は前髪をかきあげる。全く同じ位置に出っ張りがあった。
なるほど確かに角のようだ。髪で覆われていると気付けないが、髪を上げるとちょうど二つぽこんとこぶがある。佐久はカルテに書かれた情報を再度見る。痛みや痒みは無し、皮膚に黒みや赤みなどの変化も無い。となるとー…
「小山さん、貴女のそれ触ると大変硬いでしょう、で、触っても動かない。外骨腫なんじゃないかと私は思うんですよ。おでこ辺りに出来るできものの一つでね、自身の成長と共にゆっくり大きくなっていくから自分じゃ気付きにくいんですね。それなら良性のやつだろうから位置的に放っておいても問題は無いですよ、取りたければ取る事も簡単に出来ますがね。」
外骨腫は頭蓋骨に発生する頻度の高い症状だ。見栄えを気にして取ってほしいとやって来る患者も多くいる。30代以降で発症した場合悪性化の可能性があるが、彼女はカルテによると23歳だ。二つ綺麗に等間隔にあるのは珍しいが、心配する事はないだろう。
だが一応見ておくべきだろうか、そう考えた私がCT検査受付に繋げるように後ろに控える看護師に声をかけると小山椿は控えめに反論する。
「急に出来たものなんです、ゆっくり大きくなったのでは無いと思います。」
「うぅん、そう仰る方は多いんですが、ゆっくり大きくなるから認知しづらく、ある程度の大きさになってから気付くので急に出来たように感じてしまうんですね。小山さんの場合生え際ぎりぎりですし、余計に気付きにくいでしょう。」
「でも、私鏡よく見てますの。3日前までは確かにありませんでした。」
妙にハッキリとした物言いに少々気後れした私はなるほど、と言い淀む。鏡を見ているなら自分の今の姿がやや不気味である事も分かる気がするがー、強迫観念にとりつかれたかのような目でこちらを見据える彼女から視線を逸らし、とりあえず撮ってみましょうかと答えた。
結果は意外なものだった。
「…無い?」
無いのだ。触って、見て、確かめたはずの出っ張りが画像のどこにも見受けられない。そこには正常で形の良い頭蓋骨が写っているだけである。
頭部のできものであれば、骨腫じゃなくともCT検査でたいていの診断名が付く。まるきり映らないというのはあり得ない。画像の方に見切りをつけて、3Dの結果を引っ張り出しマウスでぐるぐると回し眺める。…無い、これは他の人のものと取り違えたのではないか?看護師にCT技師の元へと確認を取りにいかせた。数分後、やや息を上げて帰ってきた看護師は、本人のもので間違いないと言う。これは大変説明がし難い、というより説明の付かない現象である。
「…もう一度撮りましょうか。」
機械の不良だろう、出来る位置や触った感覚から考えて外骨腫な筈なのだ。あの高い機械が壊れたとなると面倒だなぁ、佐久は頭をガシガシと掻きながら再度撮り直した結果を待った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます