運小出し

そうざ

A Man who Uses his Luck Little by Little

 私は運の良い男である。

 但し、決して並外れた強運の持ち主という訳ではない。心の中で小さく、ラッキ~ッとほくそ笑む程度の細やかなものだ。

 人は皆、同じくらいの運を持ち合わせていると思う。ならば、一攫千金や運命的な出逢いに纏めて使ってしまうよりも、小市民的な分相応のちっぽけな欲の為に小出しにする方が良い。堅実で現実的な生き方を選ぶ者に、神様も手痛いしっぺ返しを食らわす事はないだろう。

 そんな私にも一つだけ分不相応な趣味がある。

 それは靴である。

 外国ブランドの革靴からビンテージ物のスニーカーまで、高額であろうと気に入ったら欲しくなる。

 手に入れた靴はちゃんと履く。これ見よがしに戸棚に飾り立て、ワイングラス片手に夜毎の鑑賞なんぞは愚の骨頂。今日はこの靴にしようか、あの靴にしようかと、余りに迷い過ぎて日が暮れてしまう事もあるが、靴は履いてなんぼである。

 今日も今日とて、お気に入りの靴で歩きたいが為に遠出をした。膝が笑い、足が棒になった。へろへろである。


 ぬちゃ――。

 通りの向こうにある靴屋のショーウインドウに見惚れていて、不覚にも犬のウンチを踏んでしまった。

 大丈夫、私は運を小出しに出来る男である。

 今日は午後から雨の予報だったので、好い加減もう捨てようと思っていた古ぼけたサンダルを履いて出たのだ。

 ウンチを踏んだ時に、運が付いたなどと宣う輩が居るが、私はウンチが付こうが付くまいが元から運が良い。


 どぉぉんっ――。

 大型トラックに撥ねられた。

 どうせ捨てる靴とは言え、ウンチが臭いのでずりずりと路面に擦り付けていたところ、いつの間にか車道に踏み出していた事に気付かなかったのである。

 私は下半身不随になった。異世界には転生しなかった。

 でも、私は運を小出しに出来る男である。

 両足を失う事にはならなかったし、これからは車椅子での移動になるので、お気に入りの靴を汚さないで済む。勿論、もう犬のウンチを踏む事もないのだ。

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運小出し そうざ @so-za

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