第41話 さらに拡散

「どういうつもり? 」


 野山が真剣な表情で架純に詰め寄る。架純の他にも晴斗の席の周りには祐希、千里、玲香が集まっていた。


「どういうつもりとは?」


「とぼけるな! どうして俺がお前にフラれた情報を拡散したんだ! 」


 野山は怒りを露わにし、架純の胸ぐらを掴む。


「ああ。その件か。あれは申し訳なかったな。つい口が滑ったんだ」


 架純に反省の色は見られない。胸ぐらを掴まれているのに関わらず余裕もある。


「ふざけるなよ……」


 野山の目は本気だった。本気で怒っているようだ。


「ちょっと。やめろって!」


 晴斗は慌てて止めに入る。こんなところで喧嘩なんかされたら堪ったものじゃない。


「そうだよ! それにそんなことしたらまた君のイメージが悪くなるだけだと思うけど」


 玲香も便乗して野山に言葉を投げかける。だがそれでも彼は止まらない。


「なっ。だがもう俺のイメージは落ちてしまってる。これ以上落ちることはないだろう。それにクラスメイト達も俺が怒る理由を少なからず理解している」


 野山は周囲を見渡す。案の上、クラスメイト達は野山の怒る理由に納得していた。


「そうか。ならもう少しクズなお前のイメージを下げてやろう」


 冷たい声色で架純は告げると、野山の手を振り払う。架純の胸ぐらは解放される。


「何……? 何をする気だ」

 

 野山は少し怯えた様子を見せる。無理もない。今の架純の顔には感情というものが欠落しているからだ。


 まるで人形のような無機質な顔付きをしている。


 そして架純は乱れたカッターシャツの胸元辺りのシワを直し、無言のままスマホを取り出す。


「……」


 無言でスマホを操作するとすぐに架純はそれをポケットにしまい込む。


 一体何をしたのか、それは現時点では誰にもわからない。


「おい。何をしたんだ? 答えろ!」


「別に何もしていないさ。ただ、お前の性格の悪さが詰まったデータをSNSで呟いただけだ」


「えっ!? 嘘だよね?」


「いや。本当だよ。この場面で嘘を吐いてどうなる」


 野山の言葉に架純は首を横に振る。それを聞いた野山は再び架純に詰め寄ろうとする。


「この野郎! なんてことをしてくれたんだよ! 」


『醜いな。だが、仕方がないから教えてやろう。野山星矢。君は既に退学した今泉達のいじめを見ながら、笑っていたらしいな。晴斗のいじめられる姿を見てな』


『く! どうして知ってる』


『情報提供者がいてね。目立つ存在だったから覚えていたそうだ』


『くっ。仕方ないだろ! 面白かったんだから! 弱者がやられる姿がな! 』


 クラスメイト達がSNSで架純のツイートを発見し、投稿された録音データを再生したらしい。クラス中に同じ音声が鳴り響く。


「な! これは!」


 野山の行動が停止する。


「ふーん。やっぱりそういうことだったんだね」


 玲香は軽蔑するような目線を野山に浴びせる。


「イメージはさらに下がりそうだね野山君」


「うっ……」


 野山は祐希の皮肉に何も言い返せない。


「それともう一ついいことを教えてあげよう。実は晴斗の件以外にも君の悪行はいろいろとあるみたいだな。女子生徒への暴行未遂とか。私物窃盗とか」


 架純が野山の悪事を暴露していく。


「あとこれは噂だけど、他校の女の子にも手を出したことがあるんでしょ。それも複数人。しかもその子達はみんな身体の関係を持ってるって聞いたよ。生徒会のメンバーには色々な情報が入って来やすいんだよ。良い情報も悪い情報もね」


 千里も追い討ちをかけるように次々と野山の悪い情報を言い放つ。


「嘘だろ……。そんなことしてたのかよ……」


「最悪……」


 クラスメイト達もドン引きしている。中には顔を真っ青にしている者もいた。


「なっ……。なんなんだよこいつら」


 野山は動揺を隠せずにいた。まさか自分の悪事が全てバレているとは思わなかったようだ。


「まあ、そういうことだ。これでわかっただろう。お前が悪いということを。お前みたいなクズは早く消えればいいということがわかっただろう」


「ぐっ……」


 野山は何も言い返すことができなかった。


「お、覚えてろ~~」


 この場からエスケープするために、ダッシュで野山は教室から退出した。異常な逃げ足だった。


「ふう。やっといなくなったか。さすがにしつこい奴だったな」


「まったくだよ。でも本当によかったの? あんなことしちゃって」


 玲香は不安そうな表情を浮かべながら架純に訊ねる。いくらなんでもやりすぎではないかと思ったのだ。


「ああ。あれくらいしないとあいつは反省しないからな。それにもう二度と近づかないだろうさ」


「そうかなぁ……」


「そうだよ。間違っていない」


 架純は自信満々な様子で答える。


「それよりも晴斗。大丈夫か? 」


「どうして? 全然大丈夫だよ」


「そうか。なら良かった。少なからず、いじめに絡んでいた人物を目にして不快感を抱いたと思ってな」


 架純はホッとしたような顔になる。


「あのさ、架純」


「どうした? 」


「その……ありがとう」


 晴斗は素直にお礼を口にする。しっかり架純を見つめて。


「別に私は大したことはしていないぞ。ただ事実を伝えただけだから」


 架純は照れ臭くなったのか、頬を赤くしながら視線を逸らす。


「それでも俺は嬉しかった。俺のために動いてくれて」


「そ、そうか。そこまで言うのであれば、何かお返しを貰おうかな」


「それはダメ! 私が納得できない!! 」


 祐希が突然会話に入り込んできた。


「いや。お前は関係ないだろ」


「あるもん! 私だって晴君から何か受け取りたいもん! 」


「それは私もかな~」


「玲香も~」


 3人は口を揃えて主張する。


「いやいや。3人は関係ないでしょ!」


 晴斗は必死に抗議する。3人から同時に要求されたら堪ったものじゃない。


「晴斗には悪いが、諦めてくれ」


 架純が申し訳なさそうな顔で、晴斗に告げる。


「ちょっと待てよ!」


 晴斗の抗議は虚しく響き渡るだけだった。

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