第25話 呼び出し

「おい白中。ちょっと俺について来い」


 次回の休み時間。凄みのある顔で岸本が晴斗に命令する。顔から怒りが明瞭に露わになる。付き人として今水の姿もある。


「…わかった」


 自席から晴斗は立ち上がる。そのまま岸本の後を追う。


 偶然にも心配そうな顔を露見する祐希と目が合う。祐希は立ち上がろうとする。


 だが、晴斗は首を左右に振り、祐希を制止させる。祐希に迷惑を掛けたくない。優しい祐希はおそらく晴斗を助けてくれるだろうから。


「誰にも頼らずついて来いよ」


 前方を歩く岸本が振り返る。晴斗に圧力を掛けるように。

 

「…うん。指示通りにするよ」


 小さい声で晴斗は呟く。


「なになに」


「やばくない! ようやく、いじめっ子も限界きたんじゃない? 」


「それにしても、やばくない。いじめてた人物に接触するなんて」


「どうせ脅したりするんじゃない。もう元カノに近づくなとか」


 教室に身を置くクラスメイト達は相変わらず他人行儀で各場所でヒソヒソ話を始める。


 晴斗が今泉達にいじめられていた当時と同様に知らないフリを貫くつもりだ。


 晴斗、岸本、今水達は廊下を介し、昇降口近くのトイレ前に移動する。休み時間なため人気は皆無だ。


 気配を消して晴斗の後ろを追跡する人物が複数存在する。その人物達は女性だ。


 晴斗、岸本、今水は全員が彼女達の気配に一切気が付かない。


 岸本が立ち止まったと同時に、晴斗も倣って足を止める。

 

「何で呼び出されたか、見当はつくか? 」


 振り返らず、前方だけを見つめる岸本は疑問を投げ掛ける。同様に今水も前を向いた状態をキープする。


「…ごめん。想像もつかない」


 正直に答える。実際に思い当たる節がない。何も悪い行いをした覚えもない。


「おい! 舐めてんのか!? 」


 激昂し、岸本は詰め寄り、晴斗の胸ぐらを掴む。


 晴斗のカッターシャツが伸び、胸ぐらに鈍い痛みが生じる。


「な…なんだよ。別に何もしてないだろ…」


 せめてもの抵抗をする。正論を口にする。胸ぐらを強く掴まれ、息が苦しい。


「白中のクセに口答えする気か? いじめられっ子が黙っとけ! お前には抵抗する権利もないんだよ! 」


「そうそう。お前のせいで俺達は本当にクラスで苦しんでいるんだ。お前が全部悪い! すべてお前の所為なんだよ!! 」


 口々に岸本と今水は差別的な発言を口にする。完全に晴斗を見下す。


「お前、玲香の弱みを握ってるだろ? だから玲香は俺に別れを切り出した。違うか? そうだろ。吐け! 」


 より岸本の腕に力が籠る。


 晴斗の息がさらに苦しくなる。


「はははっ。情けな! 全く対抗できないじゃん! 」


 高らかに今水は笑い声を上げ、晴斗を嘲笑う。蓄積する鬱憤を晴らすように。


「おい! 晴斗から手を放せ! 」


「黙って聞いてたけど理不尽すぎるでしょ! 」


 人気の無いその場に架純と玲香が登場する。両者共に表情に怒りを帯びる。


 架純なんか前髪で隠れているが、額に青筋を浮かべる。


「なっ!? 玲香!? どうしてここに」


 岸本は驚きを隠せない。ダラダラと顔全体に嫌な汗を流す。


「本当にお前達はクズだな! いじめをした挙句、さらにまた接触し、胸ぐらを掴むとは。愚の骨頂だな」


「同感。それに玲香は白中晴斗君に弱みなんて握られてないから。自分の判断で愚かでクズなあなたに別れを切り出したの。妄想も甚だしい! 」


 盛大に架純と玲香は岸本と今水を批判する。言葉の端々は刺々しい。


「そ、そうなのか。いや、そんなはずはない。嘘だよな。そう口にするように白中に脅されてるよな? な?そう言ってくれよ」


 岸本の耳に話は通らない。玲香の言葉が未だに信じられないようだ。


 一方、隙を突き、晴斗は岸本の腕を振り払う。おかげで十分な酸素を確保できる。


「本当にバカだね。冷静さを完全に欠いてる。ここで嘘なんて付くわけないじゃない」


「ああ。それとお前達いじめの加害者が晴斗に接触した件は風紀委員の教員と委員長に伝えさせてもらう。当然すぐに学校中に拡散されるだろうな」


「「な!? 」」


 岸本も今水も目を剥く。ブルブル身体を震わせ始める。


「ちょ、ちょっと考えさせてくれないか雫さん」


「うんうん。俺達これ以上は悪目立ちしたくないんだ」


 ぺこぺこ頭を下げ始める岸本と今水。まるで媚を売るように。


「ばかが。そんな安い言葉など受け入れるわけないだろう。風紀委員にはあたしが丁寧に報告させてもらう」


「「そ、そんな〜〜。勘弁してくれよ〜〜」」


 人生に後悔したような情けない声を、岸本と今水の口から漏れ出た。

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