第22話 名前呼び
「よかったな。お互いにお目当ての物を買えて」
ご機嫌な様子の架純。購入したラノベが詰まった袋を手に提げる。
晴斗も同様に袋を手に提げる。
「うん。本当に。買えたから気分がいいよ」
胸中に抱く感情を晴斗は明らかにする。
「なぁ…白中。そろそろ他所他所しい態度はやめてくれないか。悲しくなるからな」
「え!? それはどういう意味? 」
「なんか喋り方もあたしに対する呼び方もぎこちなさを感じる。だから是正してくれないか? 」
真剣な表情で架純は告げる。表情も硬い。
「え…。そうかな? そんな気はなかったけど」
思い当たる節はある。実際に架純と会話する際に緊張やぎこちなさがあった。一歩引いて架純の前では言葉を選んだ自覚がある。
普段とは異なる違和感もあった。
「そうか…。でもあたしはそう感じた。だから、…もっと白中との距離を縮めたい…」
ほんのりと架純は頬を赤く染める。
「それは…。どうやって? 」
率直な疑問を晴斗は口にする。数秒間ほど頭を巡らせた。だが架純の見解は理解できない。
「だから…。あたしと名前で呼び合わないか? もちろんファーストネームで」
架純の顔がさらに赤くなる。伝染して耳までも赤く染まる。
「は? 」
頭が真っ白になる。脳が働かなくなる。
(今なんて? 名前で呼び合う。俺と雫さんが? これは現実なのか? )
目の前の現実を疑ってしまう。それほど信じがたい出来事だ。
「だから! あたしは白中を名前で呼ぶから白中もあたしを架純と呼んでくれ! 」
きつく目を瞑り、心底恥ずかしそうに架純は叫ぶ。顔も耳まで真っ赤で普段とは打って変わった架純だ。
通常の凛とした姿は皆無だ。
「あ…あたしから…行くぞ。は、はると…」
顔を真っ赤にキープし、弱々しく架純は晴斗を名前呼びする。架純から緊張感が多大に漂う。
もちろん晴斗の隣を歩きながら。
晴斗の顔が固まる。ぎこちない表情になりつつ、口も半開きになる。
架純という学年でも有名な美少女に名前呼びされ、戸惑いを隠せない。
外見には露出していないが、内面では動揺の嵐が吹き荒れる。
(な…名前呼びされた。まじかよ! 夢じゃないよな。本当に俺はラストネームで呼ばれたんだ)
徐々に喜びの感情が内側から溢れ出す。水が下から湧き上がるように。
「あたしは名前呼びしたから! 次は晴斗の番だぞ!! 」
さっと架純は視線を逸らす。逃げるように晴斗と決して目を合わせない。
「へ? 」
晴斗から間抜けな漏れる。無意識に身体が反応した。
「あたしだけ名前呼びするなんて不公平だぞ。次は…晴斗の番だぞ。逃げるなよ」
毎回、晴斗の名前を呼ぶ度に架純は少しの間を作る。まだ慣れていないのだろう。
「早く」
架純は催促する。いち早く名前呼びしてもらいたいのだ。
「か…か…か…」
中々次の言葉が言語化できない。緊張で唇が震え、自由自在に筋肉が動かせない。男として情けない限りだ。
「もうひと息! 」
架純は勇気づける言葉を掛ける。意地でも名前呼びさせる意志が垣間見える。
「か…かすみ…」
ようやく名前呼びできた。疲れが一気に身体に押し寄せる。どっと身体に重みが生じる。
「ま、まぁ…及第点だな。まだまだこれからだから。慣れるまで頑張ってくれ…。期待しているから」
照れ隠しで架純はそっぽを向いたままだ。
(緊張した〜。雫さんを名前呼びする日が訪れるとは)
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