第2話 退院後の登校

「晴斗! 大丈夫!!」


 病院の戸が勢いよく開け放たれる。


 大慌てで母親の白中洋子が現れる。


「お母さん。まだ痛みはあるけど、一応大丈夫だよ」


 岡山の西大寺に居を置く病院のベッドの上で、晴斗は答える。ここの病院から新緑高校は非常に近い。

 

「晴斗!」


 ダッシュで駆け寄り、洋子は晴斗を抱きしめる。


「よかった本当に。心配したんだから」


 洋子の美しい綺麗系の顔が接近しつつ、ロングの黒髪が晴斗の顔にわずかに掛かる。


「お母さん。…ごめんね心配かけて」


 わずかに頭に痛みが残る。だが、その痛みを無視し、ゆっくり晴斗は目を瞑る。母親の温もりを堪能するために。


「それにしても許さない。今泉って子はどこにいるの!」


 晴斗から身体を離した後、洋子は苛立ちを露見させる。1人息子が傷つけられた。怒るのも無理はない。


「今泉は警察で色々と質問されてると思うよ」


 教室に残った1人の警察官を思い返す。その警察官が晴斗を心配して救急車を呼んでくれた。その上、洋子に連絡するように先生達へ催促もした。


「警察だけじゃないからね。私も聞きたいことがたくさんあるからね」


「ど、どんなことを聞くつもりなの?」


 嫌な予感がした。そのため、念のため疑問を投げ掛ける。


「たくさんあるわよ。なぜ私の息子を殴ったのか? なぜ学生カバンで殴ったのか? 学生カバンの危険性を知ってるのか? 他にもね——」


「ちょっと待って。もういいよ」


 さすがにこれ以上は聞いてられない。洋子の疑問は想像以上に多く、数10個に及びそうだ。


「そう? また知りたくなったらいつでも聞くのよ。どんな時でも教えてあげるから」


 うふふ。


 洋子は笑顔を示すが、決して目は笑っていない。黒いオーラが後方に見える。


 目の錯覚だと思い、何度か晴斗は目を擦る。しかし、錯覚ではない。洋子の後方には事実、黒いオーラが漂う。


「またの機会にするよ」


 適当にその場を凌ぐ言葉を選ぶ。上部だけの言葉だ。


 母親相手にも関わらず、少なからず晴斗は恐怖と不気味さの両方を覚えた。


 言葉では言い表せない。そこ知らぬ不思議なものが洋子には存在した。


 1日入院生活を終え、晴斗は退院する。


 頭に巻いた包帯も無事に取れた。傷は深くなく、1日で傷口はかなり埋まる。


 ガーゼを貼れば生活に支障はないと医師から伝えられる。


 朝に帰宅し、晴斗は学校の準備をすべて完了させる。


「朝食は病院で取ったから。もう登校するか。そろそろ自宅を出発しないと遅刻しそうだし」


 制服に着替え終わり、玄関へ移動する。


 母親の洋子は見送りに廊下へ足を運ぶ。


「いってらしゃい晴斗。気をつけてね」


 優しく洋子は晴斗を抱きしめる。晴斗の背中に両腕を回し、包み込むように。


「うん。気をつけて行ってくる」


 身を委ねるように晴斗も洋子へ抱きつく。柔らかい手や胸の感触により安心感を得る。


「それじゃあ、行ってきます!」


 洋子と数秒間のハグを終え、手を振りながら晴斗は自宅を出発する。


「いってらっしゃい〜」


 自宅のドアの前で、優しく微笑みながら、洋子も手を振る。晴斗を応援するように。


(今泉はクラスから消えたとしても。まだ岸本と今水がいる。嫌だなぁ〜)


 岸本と今水の顔を思い浮かべると、自然と憂鬱な気分になる。自宅に帰りたいと望んでしまう。


 晴斗にとって、1番恐怖を感じる対象は今泉だ。今泉の顔を視認するだけで悪寒が走る。


 だが、岸本と今水に対しても少なからず恐怖を覚える。なぜなら、今泉の仲間であり、何度も暴力を振るわれたためだ。怖いに決まってる。


(ずる休みはダメだしな。行くしかないな)


 勇気づける言葉を胸中で呟きながら、自身を鼓舞する。だが、憂鬱な気分からは容易に解放されない。


 徒歩20分ほどで新緑高校に到着する。


 昇降口で普段靴からスリッパに履き替え、2年生の教室が並ぶ2階のフロアまで階段で登る。


(いよいよ到着したな。どんな反応がされるか。予想ができないからこそ怖い)


 教室の後方の戸を晴斗はゆっくり開く。


 そのまま目立たないように入室する。


 クラスメイト達の視線が一斉に晴斗へ集中する。大部分の生徒は既に教室に身を置く。朝のホームルーム開始5分前なため当然だろう。


 わずかな音にもクラスメイト達は反応を示した。


 さっ。

 

 クラスメイト達は瞬時に晴斗から目を逸らす。


 登校しては今泉と一緒に毎度の如く絡んできた、岸本と今水も逃げるように即座に視線を逃がす。決して晴斗に目を合わせようとしない。その行動はクラスメイトの大部分が実行する。


 静かにゆっくりと、晴斗は自席に腰を下ろす。


 その間に誰1人として声を掛けず、目線も寄越さなかった。


 クラスは完全に以前とは異なる姿を醸成していた。


 新しい姿へと。

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