【フリー絵本風台本】涙色の夢【朗読配信向け】
山羊の卵
【case.01】マフラーを巻いた猫
あるところに、一匹の白い子猫が居ました。
子猫は、ひとりで居るのが好きでした。
優しいお母さん猫と、強くて大好きなお父さん猫と
子猫が懐いているお兄さん猫と、皆で暮らしていました。
子猫は、本当はひとりで居るのは寂しいと思っていました。
お母さん猫は、いつも忙しそうにしていて
お父さん猫は、あまりお家におらず
お兄さん猫は、決まって子猫の事を置いて友達と遊びに行ってしまっていました。
子猫は、ひとりではありませんでした。
お父さん猫がくれた、ガラクタでいつも自分だけの友達を作って遊んでいたのです。
ガレキのぶーぶも、ワンワン帽子も、いつだって子猫に優しくしてくれました。
誰かと、うまくお話の出来ない子猫でしたが、心の中で沢山お話が出来ました。
だから子猫は、ちっとも「寂しい」とは感じなくなっていました。
けれど、夜になって、お兄さん猫が家に帰って来て
お母さん猫と子猫を合わせ、皆でご飯を食べる時、
どうしようもなく寂しくなる時がありました。
「なんで僕は、周りに誰かが居ると、寂しくなるんだろう」
そう思いながら、子猫はお布団に入りました。
子猫は、夜が嫌いでした。
いつだって暗くて、どこもかしこも怪しく光って見えて
お家の窓から見る風景が、とても怖く見えました。
お兄さん猫は、子猫に話しかけます。
「ほら、そこの窓から見えるかい?あそこの家は、今は誰も居ないんだ
誰も居ない家は、怖いものが沢山住み着くようになるんだ」
そういって、子猫の事を怖がらせて楽しんでいる様でした。
けれど子猫は、怖いと思いながらも、嫌いな夜に、自分と話してくれるお兄さん猫が大好きでした。
怖いけれど、自分よりも高くジャンプ出来て、毛並みも美しく、
カッコいいお兄さん猫が子猫の自慢でした。
いつか自分も、お兄さん猫の様になりたいと、心底思っていました。
夜も遅くなり、気が付けば朝になっていました。
子猫は、ゆっくりと起き上がりました。
その時、コトンと、枕元に何かが落ちました。
子猫は眠たい目を擦りながら、それを拾い上げて見ると
金色のピカピカしたモノでした。
瞼をゆっくりとパチクリさせて視ると
それは、夜遅く帰ってきたお父さん猫が
子猫の枕元に置いて行ってくれた、金紙に包んだお菓子でした。
子猫は、お父さん猫がくれるこのお菓子がとても大好きで、
とても嬉しい気持ちになりました。
「今日は、きっと良い事があるに違いない、だってこんなにも嬉しいのだから」
そう思いながら子猫は外に出かけていきます。
すると向こうの方から、同い年のサルがやってきました。
「やぁ子猫、今日は何かいい事でもあったのか?なんでそんなにもニコニコしてるんだ?」
サルは子猫に話しかけました。
子猫は「んーん、ナイショ、それより今日は何をするの?」と言って二人で遊びました。
あんまり遊びに夢中になっていたので、あっという間に時計の針が駆けていき
太陽も家に帰る時間になりました。
子猫は家に帰ろうとすると、ポッケに居れていたお菓子が無くなっている事に気が付きました
お父さん猫に貰った大切なモノなのに、子猫はとても悲しい気持ちになりました。
歩いてきた道をトボトボとお家に帰ると、いつもより遅い時間になっていました。
お家につくと、心配したお母さん猫が子猫の事を待っていました。
お母さん猫は、悲しそうな顔の子猫を見て、子猫に優しく語りかけます。
「いいかい?大切な事は、いつも胸の奥が知っているのよ
もし迷ってしまう事があれば、胸の中に、しっかり聞いてごらんなさい」
子猫は、教わったことを大事に胸にしまいました。
悲しい気持ちがなくなることは、ありませんでしたが
それでもフカフカなお布団にくるまると、遊び疲れていたのか
すぐに眠ってしまいました。
夢の中でも、子猫はひとりでした。
どこか分からない場所に居て、何かをずっと待っていました。
あたりは、古い本のページの様な、薄い茶色の絵の具を流したような色がどこまでも広がり
所々に、ペンで描いたような岩や木々がポツリポツリとありました。
子猫は不思議と、ここがどこか懐かしい場所だと感じました。
けれど、どこまで行っても、この場所には自分ひとりだけなんだと知っていました。
いつもの様に、誰か友達を作って、お話をしようと思っても
見渡す限り、何もありませんでした。
子猫は仕方なく、下を向き、ただジッとして、時間が過ぎるのを待っていました。
寂しい場所なのに、誰かと一緒に居る時よりも、寂しい気持ちにはなりませんでした。
ただ、風も無く、時間だけが流れました。
耳の奥がキーンと鳴るのが聞こえるほど、そこには何もありませんでした。
どれくらいの時間が経ったでしょうか
目を開けているのか、それとも閉じているのか
呼吸をしているのかどうかさえ、わからなくなるような感覚に包まれ
それでも子猫はジっとしていました。
遠くから、コツ…コツ…コツ…何か音が聞こえてきました。
子猫はジっとしたまま、耳が勝手に、音の方向を探していました。
コツ…コツ…コツ…、誰かがコチラに向かって歩いてくる音でした。
コツ…コツ…コツ…、足音が子猫の前で止まりました。
子猫が、そぉっと顔を上げると、そこに一人の旅人が居ました。
旅人は真っ白だったであろうコートを、砂ぼこりでくすませて
灰色の大きな帽子を目深にかぶって、首に大きなマフラーを付けていました。
「子猫さんや…子猫さん…君はどうしてこんなところにいるんだい?」
旅人は子猫に話しかけます。
しかし子猫は、始めてみる人間に驚いてしまい、旅人の質問に答える事ができませんでした。
すると、旅人は、その首に巻いた大きなマフラーを少しめくって、何かを読んでいます。
「なるほど…君はここに来たくて来たんじゃないのかな…それじゃ、僕が来た所から
今行くところに行くべきなのかもしれないね…きっと大変かもしれないけれど
これが役に立つかもしれないね」
そう言って、旅人はマフラーを首から外して、子猫の首に優しく巻きました。
すると、さっきまで、お話する事が出来なかった子猫の口から
今まで声に出せなかった言葉が溢れてきました。
「旅人さん!旅人さん!…あなたはどこから来たの?」
旅人が答えます
「今から君が行くところだよ」
「私が行くところ?それはどんなところなの?ここは何?このマフラーは何?」
「なぁに、今に分かるよ。それに、お代は、もう貰ったからね」
そう言うと旅人は、砂ぼこりでくすんだコートをひるがえして
子猫に背を向けて歩いて行こうとします。
「旅人さん!待って!私はこれからどうしたらいいの!!」
旅人は足を止め、一度子猫に振り向いた後、また背を向けて、こう言いました。
「なぁに、今にわかるさ…」
子猫はそれ以上何も言えなくなりました。
旅人が2歩、3歩歩いた後、それまで転がり方を忘れた風が
ひゅうと音を立てて吹きすさびました。
子猫は、首に巻かれたマフラーが風でめくれ上がり
一瞬視界が真っ暗になりました。
「旅人さん」そう言いかけて、子猫は目を覚ましました。
そこはいつもと変わらない、フカフカなお布団の上でした。
子猫は急に、胸の中が熱くなって、涙が出そうになりましたが、
グっと堪えて、起き上がりました。
子猫は、昨日まで感じていた寂しさや、なくしてしまったお菓子のことが
すぅっと、風に乗って消えてしまった様な気持ちでした。
「あら、子猫、今朝は早起きなのね」
子猫の事を起こしに来たお母さん猫が、子猫に話しかけました。
「うん、おかあさん、おはよう、今朝は何だか、しっぽがピンとするんだ」
子猫は、お母さん猫に自分の尻尾を見せて言いました。
なんだか、とても気持ちが軽く、背中に羽の生えたような気持ちです。
そんな子猫に、お母さん猫はこう言いました。
「そう、いつもは、ごあいさつも苦手なのに、今日は本当に元気がいいのね
何か素敵な夢でも見たのかしら」
子猫は、夢の事を思い出そうとしましたが、うまく思い出すことが出来ませんでした。
その代わり、子猫は自分の肩に、金色の、ピカピカした包みがついている事に気が付きました。
子猫は、その金色に光っている包みを手で取って、眺めながら言いました。
「んーん、覚えてない…けれど、寂しくて、不思議で、
退屈で…でも、あったかい夢だった気がするの…」
お母さん猫は、心底不思議そうな顔で、こう言いました
「あら、そうなのね…それは、良い夢だったのかしら、それとも怖い夢だったのかしら…」
子猫は、何かを思い出したように、顔を上げて言いました。
「うん、その夢は……きっと…今に分かるよ!」
おしまい
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