時空超常奇譚4其ノ九. 超短戯話/3分間の夢

銀河自衛隊《ヒロカワマモル》

時空超常奇譚4其ノ九. 超短戯話/3分間の夢

超短戯話/3分間の夢

 夢を見る事は誰にもあるだろう。

 現実に近い夢や辻褄の合わない夢、夢の中で見る夢や明晰夢、夢占いから予知夢の類に至るまで有りとあらゆる夢があり、人はシチュエーションに限定される事なく見続けている。

 一般的には、夢とは睡眠が比較的浅いレム睡眠状態下で、視覚、味覚、触覚、運動感覚をともない体感する現象であると言われている。

 だが、実際には脳が休息状態のノンレム睡眠下でも夢を見ている事や、ノンレム睡眠下では抽象的で辻褄の合わないような夢を、レム睡眠下では現実に近い夢を見る事もスタンフォード大学の実験で判明している。

 因みに、予知夢のように未来を予見する夢というものは存在しない。偶々たまたま脳の記憶整理中に創作した夢が現実の事象とすり合った事を、未来を予言したとしているに過ぎない。


 ある日、男は宝くじに当選した。サマージャンボ一等66組188244、5億円と前後賞各1億円の計7億円。買い続けた甲斐があったいうものだ。しかも、宝くじは無税だからそのままの金額が手元に入って来る。

 長年の夢が叶った信じられない程の嬉しさだ。夢は物欲へと変わり、ドイツ製のハイスペックな車を買おう。タワーマンションを購入するにはどこが良いだろうか。どこかの避暑地に別荘を買おう。いやその前に7億円を現金でもらい、映画のシーンのように部屋に撒いてみようか。豪華なクルーズ客船で世界一周旅行に出掛けるのもいい、そしてその旅で出会った可愛い女性と結婚したりするかも知れない。

 夢は風船の如く大きく膨らみ、更に膨らんで……全てが弾けて消えた。膨らんだ夢そのものが夢だった。

 独りの部屋で目覚めた男は、虚脱感で起き上がれない。そんなもの、高々夢なのだから本気で口惜しがるのも大人げないのだが、一瞬とは言え全身を駆け巡った高揚覚めた後もリアルに残っている。男が生温なまぬるい現実の風の中で我に返るにはそれなりの時間を要した。


 次の日、見知らぬ黒尽くめの男達に声を掛けられた男は、外ナンバーの車に乗せられてどこかの国の大使館らしき場所へと案内された。外堀通りを赤坂見附駅の表示板の角を曲がった。建物は平屋建てで敷地はかなり広い。門扉の横に国旗が翻っている。旗に見覚えはない。

 男は建物の中に通されソファーに座った。途端に、対面に座る大柄な職員と思しき男が話し出した。

「Tengo una petición.」(お願いしたい事があります)

 この言葉はスペイン語だ。男は慌てる事もなく返した。

「Cuál es su solicitud.」(お願いしたい事とは何ですか?)

「Trabajaré como un asesino a partir de ahora.」(殺し屋として働いてもらいます)

 男は「何故・」と言い掛けて言葉を押し留めた。理由は簡単、男は世界を股にかけるプロの殺し屋だからだ。会話がスペイン語であろうと問題はない。

 男は殺し屋としてのモチベーションが急激に上昇し、脳神経側坐核そくざかくから脳内物質のドーパミンが吹き出すのを感じている。机の上に、大使館の職員から渡された旅券、パスポート、クレジットカードとサイレント式の銃が置かれている。正にスパイ映画の1シーンのようだ。

「Y ella es tu pareja esta vez.」(それから、彼女は君の今回のパートナーだ)

「Yo también soy un asesino profesional.」(私もプロの殺し屋よ)

 隣の部屋から現れたセクシーでブロンド髪の白人女性が男にウインクした。

 愈々いよいよ、プロの殺し屋の本領発揮だ。鼻の下を伸ばしながらそう思った瞬間、脳内物質ドーパミンの海で溺れて…‥全てが溶けて消えた。子供の頃に憧れた殺し屋の夢が、夢となって終わった。

 独りの部屋で目覚めた男は、空虚感で起き上がれない。そんなもの、高々子供の頃の夢なのだから本気で残念がる意味など初めから欠片程もありはしないのだが、映画スターにでもなったような非現実的な興奮が目覚めた後もリアルに残っている。男が生暖なまあたたかい現実の風の中で我に返るには程々の時間を要した。


 次の日も、その次の日も男は幾つもの夢を見続けた。現実と見紛うばかりの心躍る世界が広がった。目覚めた後の虚無感は否めないものの、男にとっての長年の夢だった事が次々と夢で叶っていく。

 更に次の日も男は夢を叶える夢を見たが、夢の中できっとこれは夢に違いないと思った。何度も繰り返し見ている夢の中の夢なのだ。

 自分の部屋で目覚めた男は「やっぱり」と呟き落胆した。それにしても何故こんな夢ばかり見るのだろうか。もしかしたら、こうして夢を見ている事そのものが夢の中なのではないだろうか。

 そう思った瞬間に、夢は儚く消えていった。


 交通事故の後、魂消けたたましくサイレンを響かせる救急車の中、ストレッチャーベッドの上に横たわる男が目覚める事はなかった。


 ヒトは、心肺機能が完全に停止した後も3分間意識があるらしい。その間にそれぞれが心躍る夢を見るのだという。 


完 

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