第12話 来ました(魔)

 勇者フィーナも帰って店じまい。明日の準備をするが、幾つかの品を棚に戻して別の品を手前に出す程度。しかし今日は装備が一つ勇者の手に渡ったので、空いた場所に置くべき品を考える。

「少し趣きを変えて人形でも置くのも良いな」

 腕組みして考えていると、拭き掃除をしていたヤサカが手を止めた。

「しかしイスルギ様。あの服を渡して、良かったのですか?」

 それは勇者フィーナに進呈した装備の事だ。

 魔王領の一流職人が精魂込め仕立てたもので、使われているのは青獅子の革、内張は魔蟲蜘蛛の糸で編んだ布、刺繍はミスリル糸、施した意匠は風の精霊を称えるもの。

 防御力は破格であるし、攻撃系のみならず精神に作用する魔法さえも弾いてくれる。更には身に付けた者を身軽にする効果もある。

 ここで売るため価値が分からないよう魔法で欺瞞されていたが、まさに伝説を体現するような逸品だ。

 この店でも上位に入る貴重な品で、もちろん値段についても同じだ。

「構わんさ」

「また魔王討伐の為ですか……それであれば、もっと上位の勇者に渡した方が良いのではないですか」

「いや、あの服自らが彼女を選んだ。それを邪魔する事はなかろう」

 奥で事務仕事をしていたヤサカは気付かなかったようだが、あの装備は間違いなく勇者フィーナを選んでいた。

 こうして道具を売っていると稀にそういった事がある。

 使い手が道具を選ぶのではなく、道具が使い手を選ぶ事がだ。

 それが見られただけでも価値がある。

「分かりました。分かりましたが、お店として赤字という事はお忘れなく」

「……また、どこかで素材を集めてくる」

「そのうち看板を勇者用品店から素材屋に変えないとですよ。最近は珍しい素材が売られていると目立っているようですし」

 ヤサカは困り顔だ。

 こうなったら宮廷魔術師のルシアンに、専属で素材を卸すのもありかもしれない。ちょっとだけ迷ってしまう。


「さてと、後は夕食でも――」

 イスルギは言いかけ、しかしヤサカと揃って同じ場所に視線を向けた。

 そこは店内で広く開けた場所である。試着などするためのスペースにしてあるのだが、実際にはイスルギとヤサカが外部から転移する時の為に用意してあった。

 何者かが、そこに転移してこようとしている。

 イスルギやヤサカから見れば稚拙な魔法構成。一瞬ルシアンかと思ったのだが、その構成に覚えがあった。

 空間が揺らぎ転位者の姿が現れる。

「ん」

 アークデーモンのクシナだった。

 以前と同じように、金色の髪に赤いリボン。しかし、法衣は畏まっていない軽いものになっていた。

 クシナ自身はあまり洒落っ気はない。むしろ無頓着だ。

 しかしアークデーモンは有力な一族なので、周りが用意し世話を焼いているのだろう。

「来た」

「どうした何かあったのか?」

「何もない」

 クシナは無口。

 ここに来てはいけない事になっているクシナが来た。だから魔王領になにか異変でもあったかと思ったが、様子を見る限りそうではなさそうだ。

 無邪気に店内を見回して、興味をひかれた品を触りに行っている。

「クシナ、説明なさい」

 やや厳しめにヤサカがクシナに言うが、ぷいっとそっぽを向かれている。どうやら説明する気はないらしい。

「お仕置きしますよ」

「ん……」

 クシナはびくっとした。

 ヴァンパイアの真祖ヤサカの恐ろしさを知っているからで、タタッと走ってイスルギの後に隠れてしまう。

「そう怒るな、来たものは仕方ない」

「またイスルギ様は甘い事を」

「送り返せば向こうでも叱られるのだ。ここで叱らなくても良かろう」

「ですから……むむっ!」

 ヤサカの目が見開かれ瞳の朱さが強まった。

 困惑したイスルギが下を向けば、クシナは目を瞬かせているばかり。イスルギが見てない時、ヤサカに舌を見せていたとは思えないのは当然だった。


「送り返します、直ぐにでも送り返しますとも」

「嫌」

「待ちなさい」

「やだ」

 ヤサカとクシナがイスルギの周りを回る。それぞれ真祖とアークデーモン、その身体能力も並みではない。二人が徐々に加速していけば、床板のあげる悲鳴も大きくなっていく。

 テーブルの上のものが落ちて、硝子のものなどは砕けてしまう。

「いい加減にしろ」

 魔王イスルギは床が破壊される前に、二人の襟首を掴んで、猫の子のように大人しくさせた。

「こんな場所で暴れ――」

 イスルギは言いかけ、しかしヤサカとクシナと揃って同じ場所に視線を向けた。

 やはりそこは店内の試着などするため広く開けた場所である。またしても何者かが、そこに転移してこようとしている。

 しかし、イスルギやヤサカから見ても熟達した見事な魔法構成である。

 空間が揺らぎ転位者の姿が現れる。

「魔王様っ!」

 エルダーリッチの爺やだった。

 相変わらず床を擦りそうなローブ姿だが、普段からアンデッド特有の青白い顔が、さらに青くなっているようだ。それは、顔が引きつり気味のせいもあるだろう。

 途端にクシナが強くしがみついてくる。

「爺やか、つまりクシナの件で来たのだな」

「流石は魔王様、ご明察で御座います」

「ご明察も何もこれで分からなかったら、ただの馬鹿だろう。説明してくれ」

「いつものように詳しく話されないのでサッパリですが、どうもクシナ様はこちらで暮らすと決めたようでして」

 ちらりとクシナを見やれば、しがみついたままコクコク首肯している。


 爺やの話によれば、ここ最近急に不機嫌な様子をみせだし、ついには荷物をまとめて店に転移してきたという事らしい。

「……なるほど」

 イスルギはこめかみに指一本あて、軽く呟いた。

 思い出せば先日のデスナイト騒動の時のこと、手を繋いで廃城を歩きながらクシナは寂しいと言っていた。

 あの時その言葉を口にしたので、逆に寂しさが我慢出来なくなったに違いない。

「しかしクシナよ、我が儘を言うものではない。いや、我が儘でここに来ている俺の言えた事ではないのだがな」

 一番我が儘なのはイスルギ自身。魔王でありながら魔王領を離れ、人の王国で店をやって勇者支援をしている。だから、クシナを叱るどころではない。

 それでも捕まえようとすると、クシナは俊敏な動きで部屋の隅に逃げ込んだ。

「我が儘は駄目です。ちゃんと帰りましょう」

「いーやっ」

 ヤサカとクシナが睨み合う。

 両者の放つ魔力が激突し稲妻のような閃光が生まれた。この建物に結界を施していなければ、いまごろ周りは大騒ぎだったに違いない。

「二人ともいい加減にしろ」

 結界も無限に持つわけでもなく、しかも店内は大荒れで酷い有り様である。

 しかし頭に血が昇った二人には惨状が目に入っていないらしい。

「イスルギ様からも、なんとか言って下さい」

「うい」

 ヤサカはクシナを指さし、クシナは手を組み目をうるうるさせている。

 爺やは危険を感じてイスルギを楯にして隠れていた。確かに一番安全な場所だが、それは配下の取るべき行動としてどうなのだろうか。

「とにかくだ! 周りをみろ!」

 魔王の威厳を持って一喝。

 後片付けの大変さが頭にあるので、いつもより厳しめだ。ようやく二人は我に返って、しょんぼりした。


「なぜ儂まで片付けをせねばならんのですか……」

 爺やがぶつくさ言いながら片付けをしている。

「ああ、エルダーリッチでこのような事をしたのは儂が初めてでしょうな。なんと情けない事か、なんと嘆かわしい事か」

「爺や、うるさいぞ。見るがいい、こうして魔王も真祖もアークデーモンまでもやっているのだ。気にするな」

「ああ一緒にされたくない」

 店内の配置が分かるイスルギとヤサカが無事な商品を拾い集め、確認して元の場所に置いていく。そしてクシナと爺やが、壊れたものを集めて片付ける。

 そういった役割だ。

「しかし盛大に壊れたな」

「ううっ、もう赤字ですよ。大赤字。やはり素材屋に変えるしかありません」

「ここは勇者用品店だ」

「でも大赤字ですよ。こうなったら仕方ありません、魔王領から借金して経営資金を確保しましょう」

「魔王が魔王領から借金だと……」

 想像するだけで頭痛がしそうな恥ずかしい状況だ。

「あっ、これクシナ様。可燃物と不燃物、金物と硝子は分別ですぞ」

 爺やもぼやく割りには真面目にやっている、しかし結局は口煩いのだが。

 そしてクシナは――拾い上げた素材を集め、手の間に疑似空間を構築し合成。破れた布と硝子片から、真新しい白い上着が錬成された。

 二つの物から別の一つを創りだす、錬金の技だった。

「片付けた」

 皆が驚き見つめていると気付き、ちょっと威張って胸を張っている。そして得意そうに見せに来た。

 調べねば分からないが、恐らくは魔蟲蜘蛛の糸で出来ている。しかも魔力を帯びて強化されてもいるようだ。

「これは売り物になるな」

「なりますね」

「「…………」」

 イスルギとヤサカは顔を見あわせた。

 これはもちろん、他にも品質を落として錬成すれば十分な売り物になるだろう。壊れた残骸だけでなく、イスルギが拾ってきた素材も有効活用できる。それであれば魔王が魔王城から借金という最悪の事態を回避できるだろう。

 

 勇者用品店イスルギに錬金術師兼店員が加わった。

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