魔王が営む勇者用品店

一江左かさね

第1話 始まりのものたち(勇)

「確かこの辺りのはず……」

 駆け出し勇者シセリーは、不安げに周りを見回した。

 日射しは明るく春の陽気。

 青空の下に大通りは賑わいを見せ、行き交う人や物売りの声でとても騒々しい。あまりに人が多いので、気を抜けばぶつかりそうになる。今も背の高いエルフに睨まれたので、謝りながら小走りで立ち去る。

 だから、ようやく目的の路地を見つけて時には正直ほっとした。

 そのまま路地に入って裏通りへと向かうのは、先輩勇者フィーナに教わった店がこの辺りにあるはずだからだ。

 安くて品も良くて店主も親切という嘘のような勇者用品店。

 そんな店があれば大人気だと思うが、フィーナによれば店の主は気に入らない相手には品を売らないのだそうだ。

 だから教えられた店を見つけると、シセリーは喜ぶと同時に緊張した。

 こぢんまりとした建物は、屋根が赤で壁は白。樫の木で出来た扉に小さな看板が下げられて、そこに『勇者用品店イスルギ』とだけ記されている。

 うっかりすれば見落としそうなぐらいだ。

 ようやく見つけた店に入りたいが、しかし追い返されたらどうしようという不安もある。

 しかし、こんなところで立ち止まっては居られない。

 なぜならシセリーは勇者なのだから。

 いろいろある仕事の中から勇者を選び、これで生きていこうと決めたのだ。だから頑張らないといけない。


「よし、入ろう」

 そう言ってシセリーがドアノブに手を伸ばすのは、これで三回目だった。

 どれだけ決意しても、やっぱり緊張がある。

 シセリーは伸ばした手を自分の髪に持って行き、それを弄りながら今日までの日を思い出す。孤児院で過ごして独り立ちし、勇者の加護を得て街の近くで魔物相手の戦いに一生懸命。痛い思いをして泣いたり落ち込んだり大変だった。

 そんなある日、同じ孤児院の先輩で先に勇者になっていたフィーナと出会った。

 シセリーが一生懸命頑張っているのを見て、それならと教えてくれたのが、このお店である。今さら止めるという選択肢はない。

 もし店主に追い返されたらどうするか――目を瞑って考え込む。

「あっ、そっか。それはそれで、今までの生活となにも変わらないよね」

 もう一度気合いを入れて、シセリーは今度こそドアを開けた。

 

 カランコロン――小気味よいドアベルの音が響く。


 聞いただけで、この店がとっても良い店だと感じられる。そんな音だ。

「いらっしゃいませ。初めての方ですね」

 優しげな笑みを浮かべた女性が言った。

 シセリーは軽く驚いて、思わず相手を見つめてしまう。なぜなら、とても綺麗な人だからだ。白い髪に青い瞳が素敵で、すらりとしているし仕草も上品。

 同じ女性というのに見とれてしまう。

 しかし、この人が店主と言うには噂と随分と違う印象だ。

「私はヤサカです。お嬢さんは?」

「シ、シセリーです。あのっ、フィーナさんに教えられて、それで来ました」

「あら、フィーナさんからです? ちょっと待って下さいね、店長呼んできます」

 ヤサカは肯いてシセリーを店の中程へと案内してくれた。

 大テーブルの側に立って周りを見回す。

 沢山のものがあった。剣や鎧もあれば、兜も盾だってある。薬草らしい草の束、回復薬の入った硝子瓶もある。分厚い本、丸めた紙束。

 あとはシセリーには分からない綺麗な品々と、とにかくいっぱいだ。いろいろな物がある。しかし不思議と雑然とはしていない。

 それどころか何かここには、心地のよい空気感が漂っている。

 ややあって、ヤサカが店長らしい男性を連れてきた。

 少し背が高く堂々として、顔立ちに鋭さがある。丁寧に頭をさげてくれるので、シセリーは思わず頭を下げてしまった。

「お、お邪魔してます!」

「店長のイスルギだ。大丈夫だ、そう緊張しなくていい」

「はい」

 シセリーが慌てて返事をすると、イスルギは苦笑するように笑った。

「そういえば彼女だが、最近見ない。どうしたか知っているかな」

「え? あっ、すみません。えっとフィーナさんの事ですか」

 緊張していたシセリーは一生懸命に返事をする。

「フィーナさんなら、一昨日ぐらいに怪我をしたそうです。あっ、でもそんなに大した怪我じゃなくって。もう何日か休めば動けるようになるそうです」

 心配そうな顔をされたので、シセリーは慌てて付け加えた。

「ふーむ、そうか」

 その心配そうな顔を見て、この店主は良い人のようだとシセリーは思った。


「すみません、私っ。ここで武器が欲しいんです」

 シセリーは再度頭を下げてお願いした。

「フィーナを先輩と呼ぶのだから、君も勇者でいいかな」

「はいそうです、まだ勇者の加護を貰って半年ですけど……」

「なるほど半年か。使っている武器を、少し見せて貰えるかな」

「……はい」

 一瞬だけ躊躇するのは、それがシセリーにとって大切な剣だからだ。孤児院を出るときに貰った刃も欠けた古いもので、これが唯一の武器になる。とても大事な物だ。

 でも、店主の優しそうな笑みを見て思い直す。

 ここはフィーナさんの紹介のお店で、武器を買いに来たのだ。今持っている武器を見て貰うのは当然だった。

「ああすまない、立たせたままだった。さあ座りなさい」

 そう言ってイスルギは剣を受け取りながら椅子を引き座るように促す。

 まるで貴婦人に対するような態度に、はにかみながらシセリーは腰掛けた。

「なるほど、この剣はよく使い込まれている。毎日しっかり戦って、そして手入れもしっかりしているようだ」

 イスルギの言う通りだった。

 大事な剣なので、戦闘を終えて帰る時と、宿に戻って寝る前には必ず手入れをしている。

「だが残念ながら、かなり傷んでいる」

「そうですよね……」

「あと数回戦ったら根元から折れていたところだ」

「ええっ!?」

 イスルギはテーブルの上に剣を置き、根元の辺りを指で指し示す。そこには刃が少し欠け細かい亀裂が入っているのは知っていた。けれど、まさか折れるとまでは思ってなかったのだ。


「ところで一つ質問させて貰いたい。これは、この店に来た者にしている質問なので素直に答えて欲しい」

 どんな質問なのかと緊張するシセリーの前で、イスルギは真面目な顔をする。その目には鋭さが宿っていた。

「君は魔王を倒す気はあるのかな」

「魔王ですか?」

「そうだ」

「えーっと勇者は、魔王を倒す為に頑張るものでは?」

「……うむ。良い答えだ、実に素直で宜しい」

 イスルギの口元が楽しそうな笑みに変わった。

「さてと、君に良さそうな武器は……」

 その言葉で、シセリーは思い出した。すっかり忘れていたが、ここは店主が客を選び気に入らない相手は追い返すのだという事を。

 今のイスルギの言葉からすると、どうやら気に入って貰えたらしい。

 シセリーは安堵のあまり、椅子から滑り落ちそうになるほど大きく息を吐いた。


 イスルギが持って来てくれたのは、短めの剣だ。

「これでどうかな。今の君にはちょうどいいだろう」

 今までの剣はシセリーにとって長すぎ、重すぎるのだという。だから剣に振り回されてしまって逆に危ないのだそうだ。言われてみると、確かに思い当たる。

 鞘から抜き放たれた剣を見て、シセリーは目を瞬かせた。

 白銀色をした剣身は綺麗で美しく、そこに自分の顔が映るほどだ。そして何より、剣でありながら芸術品のように、滑らかな曲線で構成されている。

 本当に素敵だ。

「うわぁ……」

「さあ、手に取ってみるといい」

「あっはい」

 おそるおそる手にしてみると、握りがとても手に馴染む。少し広い場所に行って軽く振ってみると、今までと違って思うように軽々と動かせた。

「すみません、勝手に振り回してしまって」

「別に構わんよ。それよりどうだ、気に入ったかな?」

「はい、とっても! でも……これが買えるほどのお金は持っていません……」

「大丈夫だ。お値打ち価格で、そして今までの剣を下取りさせて貰う」

「え? でも、そんな価値のある剣ではありませんよ」

 イスルギの言葉にシセリーは戸惑うしかなかった。


 この新しい剣は欲しい、凄く欲しい。でもだからと言って、上手くは言い表せないが、間違った値段で手に入れたいとはシセリーは思わないのだ。

 そんな様子にイスルギの笑みは、益々深まるばかり。

「なるほど。それでは一つクエストを引き受けて貰おうか」

「クエストですか?」

「その通り」

 頷いたイスルギは棚に行って、小さな小瓶を手に戻ってくる。それは回復薬だ。

「これの配達を依頼したい」

「え?」

「怪我をした常連さんへ贈りたいが、届けてくれるかな」

「……はい!」

 最高の笑顔でシセリーは頷いた。

 イスルギは本当に良い人のようだ。このショートソードで頑張り、いっぱい稼げるようになったら恩返しで、いっぱいお店で買い物をしよう。シセリーは心に誓ってクエストを引き受ける事にした。

「あっ、でもその前に」

 シセリーは呟いて、今まで使っていた剣を抱きしめた。半年という短い間だったが一緒に頑張ってきた相棒なのだ。

「ありがとう」

 そんな様子を見ていたイスルギは、ふいにポンッと軽く手を叩いた。

「君に相応しい装備がある。魔王の攻撃だろうと防げるという伝説のマントだ。オマケに一つどうだろう?」

 どうやらイスルギという人は、お茶目らしい。

 新米勇者シセリーは楽しそうに笑って、お遣いクエストを開始した。もちろん、その腰に新しい剣を帯びて。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る