第7話 隠蔽と深堀り

 その後なかなか海堂と接触する機会は無いまま二日が過ぎた。

 佐々木の遺体はこの島の火葬場で荼毘だびに伏される事となり、本土から迎えに来た佐々木の家族と共に帰って行った。

 あの時、彼方の空に立ち登った白い煙を眺めるだけで俺達は佐々木と最後の別れを済ませたのだった。


 学園の生徒達にはテレビを見ると言う機会が余りない。その当時は携帯を誰もが持てる時代でもなく、学園の生徒達には新聞だけが唯一の情報源だった。

 それなのに、食堂に置いてある唯一のテレビに故障中の張り紙がしてあったのは今思えば偶然では無かった気がするのだ。


 あの日はマスコミ関係の人達が沢山来ていたし、写真も撮られていたはずだった。

 新聞オタクの俺は日常的に、本土の新聞二紙と鮫人島こうじんじまの地方新聞、合わせて三紙を読んでいたのだが、今の学園の知名度や注目度から言っても不思議なほど小さな扱いだった。

 勿論、『毒殺』の文字はどの新聞にも載ってはおらず、それがとても不自然に思えた。

 死体を焼いたと言う事は司法解剖は済んだのだろうか。それなら何故毒殺だと書かれていないのだろう。

 ならば警察に聞いてみようと思い、事情聴取を天糸てぐすね引いて待っていたが、警察が俺達の所に訪れることもなかった。


「どうなってるんだと思う?瀬尾君。このままだとこの事件は大した事が無い事件で済まされてしまうんじゃ無いかな。僕らから警察に駆け込んでみようか」

「何の証拠も無いのに海堂と言う生徒が怪しいですって言うのか?取り敢えずあいつと接触しない事には話が進まないし、もしも故意に毒殺を隠しているなら警察に言うのは返ってマズいんじゃ無いか?」

「警察もグルって事?そんなの極論過ぎやしないか?」

「グルじゃなくとも何か理由があって公表しないのかもしれないぜ?」


 真夜中過ぎまで俺達は消灯した部屋の中で議論しあっていたが、不意にまだ試していない事がある事に気がついた。


「そうだ!緑川だ!」


俺がそう言った時、井上がニヤリと笑って俺を見た。


「そうだったね、緑川先生だ!彼女は井上君を連れて行った人物だし、海堂君や佐々木君の神楽の指導もしていたはずだよ。きっと何か知ってるよ」


 その夜は二人とも明日のことを考えると眠れなかった。緑川先生には聞いてみたい事が山ほどあった。

 いつも朝はベッドからグズグズしている俺も、この朝は違った。猛スピードで身支度を済ませ、二人揃って意気揚々と食堂へ降りてきた。早く食べて早く緑川先生に色々と聞きたかった。

 だが、食堂に降りて来た時、掲示板に人集りが出来ていた。何が書いてあるのかと、張り出された文章を読んで俺達は絶句した。


『緑川史乃先生は、六月一日をもって一身上の都合により退職されます。』


 掲示板の張り紙にはそう書かれてあったのだ。


「嘘だろう?!このタイミングで何で退職なんだよ!」


 俺も井上も朝食そっちのけで食堂を飛び出していた。背後では寮長が怒鳴っていたが構う事はない。


「おい!お前らどこ行く!朝飯を食ってからにしろっ!」


 飯など食ってる場合ではなかった。食堂を飛び出した俺達は本校舎へ続く渡り廊下を猛然と走っていた。

 すると折良く職員室から緑川先生が出てくるのが見えた。手には私物の入った段ボールが抱えられていた。


「先生!緑川先生!学校を辞めるって本当ですか?」


 本来、俺達普通科は雅楽科の先生とはあまり接触が無い。そんな俺たちに血相変えて呼び止められて緑川先生は驚いた顔で俺達を見た。


「え、ええ。ちょっと一身上の都合で辞める事に…」


 先生が言い終わらないうちに俺は咄嗟に声が出ていた。


「そんな…、違うだろ!

辞めさせられたんじゃ無いのか?!」


 緑川先生の瞳が動揺したのを俺は見逃さなかった。


「い、いきなり…何を言うの。私の都合で辞めるのよ」

「嘘だ!だっておかしいよ!このタイミングでそんな事…あり得ないだろう!」


 グイグイ迫る俺を井上が止めろとでも言うように、俺の胸を押し返しながら、やんわりと先生に詰め寄った。


「すみません、でも僕ら佐々木の不審死に納得できないんです。あの日、彼に何か変わったことはありませんでしたか。それから海堂の事…、」

「しっ、声が大きいわあなた達!」


 佐々木と海堂の名前が出た途端、緑川先生の顔色が変わったのが分かった。周囲をうかがうそぶりで俺達を壁際へと引っぱり声を顰めたのだ。


「佐々木君の事はもう探るのはやめなさい。それから海堂君の事も…。特に井上君、あなた学校の事色々調べてるでしょ?」

「え…?」

「やめなさい。この学校や島の事も、絶対に深掘りしたらダメよ…きっと、」


「きっと…」緑川先生がそう言いかけた時、聞き覚えのあるあの野太い声が聞こえて三人ともぎくりとなった。



「ああ、こちらでしたか緑川先生」


まただ…。

 

 まるで見計らったように、またあの陰気な男フランケンが、朝日の中にふいに現れた暗闇のような様相で俺達の前に立っていた。


「二、三書類にサインをお忘れですよ先生」

「ぁ、…は、はい。すみません。い、今行きます」


 緑川の顔には無理やり作った笑顔が張り付いていた。


「先生!」

「じゃあ、さようなら。あなた達も元気でね」


 先生は俺たちの会話を無理やり打ち切った。小さな声で短く挨拶すると、私物の上に乗せてあった白い体操着をサッと井上の胸元に押し付けた。

 上を向いたゼッケンに記された名前は佐々木。あの日、最後に見た時に着ていた佐々木の体操着だった。

 

 緑川先生が去った後の廊下で俺は絶望的な気持ちで足元を見つめ続けた。


「俺、何となくわかったよ。学園はこの一連の出来事を隠蔽しようとしてるんだ。

そしてお前…!

井上、お前名指しで注意されてたな。

入学当初から色々調べていたのは俺も知ってるが、お前いったいこの学園の何を深掘りしていたんだ?」


 

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