第2話 海祇龍神学園

 鮫人島こうじんじま。それは島民が二百人にも満たない程の小さな離島だ。そこには古くからの集落があり、狭いコミニュティの中で島民達は代々ひっそりと暮らして来た。

 島では古来から龍神信仰が盛んで、氏神うじがみでもある龍神神社が島民の心の拠り所となっていたのだが、戦後まもなく突如として神社の敷地に海祇龍神学園わだつみりゅうじんがくえんと言う神道を取り入れた学園が併設された。

 当時はGHQが厳しく目を光らせている最中だったにもかかわらず、学園はあくまでも神社であると言うことを建前としていたため、奇跡的に粛清を免れたのだ。

 だが戦後も遠のき、俺たちが在校している頃には普通に学校法人を名乗り、アメリカに憚かるような事も無くなっていた。

 海祇龍神学園わだつみりゅうじんがくえんは、全寮制をとっていた。モルタル三階建の校舎と男女それぞれの寮が、鳥居ややしろと共に同じ敷地に建っていて、普通科と珍しい雅楽科と言うものに分かれていた。

 雅楽科では家業が神社であったり、何かしら神職と関わりがあったり、巫女や禰宜ねぎになりたい者や、雅楽や神道を学びたいという生徒達が、本土から遥々やって来た。

 海祇龍神学園わだつみりゅうじんがくえんには鮫人神楽こうじんかぐらと言う伝統的な神楽があり、年に一度開かれる龍神祭と言う名の学園祭では、そのハイライトにその年の龍神に選ばれた四人の学生達が奉納舞を披露することになっている。

 あまり知られていなかったこのマイナーな学校だったのだが、近年ちょっとした出来事で注目を浴びる事になった。ここ数年立て続けに龍神に選ばれた生徒達が相次いで人気俳優になったり国民的なアイドルになったり、この学校を舞台にした映画が作られたりと、一気に脚光を浴びることとなったのだ。

 この学校に入学し、雅楽科に入れば芸能界への近道だなどど言う噂も広まり、知る人ぞ知る学校だった海祇龍神学園わだつみりゅうじんがくえんは、全国から見目麗しい少年少女達が集まってくるようになっていた。

 だが俺は華やかな雅楽科ではなく、雅楽科のせいで一層地味に見える普通科の生徒だった。その中でも更に地味な民族考古学同好会と言う、部にも昇格出来ない弱小部に属していた。

 民族考古学は英語でfolklore archeologyと言うらしい。日本語にしても英語にしても長ったらしいので俺たちはFA研と呼んでいた。部員は発起人である井上昌紀いのうえまさきと言う考古学オタクと、俺、瀬尾道隆せおみちたかとあと一名、何故か華やかな雅楽科の生徒である佐々木悠真ささきゆうまの三人だった。

 エリート思考の強い親への反発でこの学園に入学した俺と違って、佐々木は芸能界の近道だと思ってこの学校に入って来たキラキラしいヤツだった。見事今年の龍神の一人にも選ばれて鮫人神楽こうじんかぐらを舞う事になっていた。

 鮫人神楽こうじんかぐらとは四人の男子生徒達が一組になって舞う舞楽でだ。毎年雅楽科のエリート四人が選抜される事になっていて、佐々木はそんなトップクラスの一人だった。

 そんな奴がどういう訳か雅楽科の連中とウマが合わず、このFA研に入り浸っているのだが、その佐々木が騒々しくFA研の部室へと駆け込んで来た。


「おい!見た?見た?今年もすげー来てるぜマスコミ!」


 佐々木は髪を跳ね散らかしながら表情たっぷりに大きくドアを開け放った。


「相変わらず騒々しいな佐々木君は。お前本当に雅楽科か?それで神楽踊るとか僕は信じられないな」


 佐々木とは真逆に窓辺で静かに読書に耽っていた井上がパタリと本を閉じて顔を上げた。眼鏡の奥の眠そうな目が呆れたように佐々木を見た。

 龍神祭の様子は今やニュースやワイドショーでも取り上げられるほど国民の関心事になっていて、祭り当日の今日は朝早くから駐車場にはマスコミ関係の車が並んでいた。


「マスコミに混じってスカウトも沢山来てるらしいぞ? 井上。龍神様としちゃあこんな所で油売ってる場合じゃ無いんじゃ無いの? カメラの前でアピールして来いよ」


 そう言って俺はこの日の朝刊三紙を隅から隅まで読みながら、朝からバカにテンションの高い佐々木を鼻で笑っていた。

 佐々木と違って俺と井上は芸能界などには全く興味が無く、龍神祭など騒がしいだけで早く終われば良いのにと思っている輩だった。


「まったくお前らの方がテンション低すぎなんだよ、FA研としてなんか出し物は無かったのかよ」

「たこ焼きとか焼きそば作るとか、女装してカフェとか?」


 むくれた顔の佐々木に俺が半ばせせら笑うように言うと、横から井上が大真面目な顔で学校内の地図を広げてみせて来た。


「いや、やろうかと思ったものもあったんだ。この学校には不思議な場所があるからね。学校の七不思議展とかやろうかとも思っていたんだ」


 その地図には赤いペンで幾つか丸が付いていた。


「何だよ、そんな面白いネタがあったならやればよかったんじゃ無いか?」


 佐々木の言うことは尤もだと俺も思ったが、当の井上は真面目にこう言ったのだ。


「うん、……六つしか無かったからな。七不思議に相当しないだろ」


 井上を知る者は彼らしい理由だと思うだろう。とにかく細かい所をこだわる男で、誤魔化しや方便などと言うものが通用しない。まあだからこその考古学オタクなのだが。


「ったく、お前は真面目ちゃんだな。そんなの嘘も方便じゃないか。なんかほら、トイレの花子さん的なもんでも入れたら良かったんじゃ無いの?一個くらい目をつぶってさー」


 まあ、こんな議論は龍神祭の当日になって話すようなことでは無い。もっと事前に何とかすべき事なのだ。要するに三人とも龍神祭りにFA研として何かやろうと言う気概が無かったことは確かだった。

 腹にいちもつあった井上を除いては…。

 いや、この時、腹にい大きないちもつを抱えていたのはむしろ佐々木の方だったのかもしれない。だがこの時の俺たちはまだそんな事を知る由も無かった。


「ここに佐々木君はいる?」


 突然、ガラリと部室のドアが開いた。そこには白の単に赤い袴、巫女姿の雅楽科教師、緑川先生が立っていた。

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