和風SF短編小説

紅林ミクモ

第1篇 刻の石

身元不明の男はあまりにも稚拙な古代語を繰り某集落の人間に話しかけた。


「ちょっと時間を貰っても良いかね?……ああ、作業の片手間でもいい—」


男の身なりは異質だった。そうだと相手でも分かるような服装であった。


「あんた見ねぇ顔だな、何の用だ?」


「ええ、ここのお偉方に会いたいのですが…」


相手は思わずむっとして言い返す。


「どこぞのも知らねえやつに、うちの長老は会いたくないと思うがね」


相手の拒絶を受け取った男はどうしたかと思いきや、手さげの鞄を探り、相手にある物を渡した。それは黒く革を引き裂く程の鋭利な石であった。


「勿論、手ぶらで来た訳ではないさ…コレあげるよ」


鋭利なので手を切らないように布を包んでそれを渡す。包みの中を確認した相手は一度男を見、自分の集落へ案内をせざるをえなかった。それもその筈、"益は他と共有せよ"それが相手の集落の掟だからだ。


「ここが長老の住処だ、お前の頭の飾りは外せ」


頭の飾りとは帽子である事を伝える。


中は狭く、薄暗くも中央の自然火によって長老の顔がやっと見えるぐらいの灯りは確保してあった。


先程、長老と申したが老人と言うにはまだ毛の生えたかのような風貌であった。なんせ色は衰えず、ほとんど裸同然の身なりをした女達を侍らせていた。


「……でお前は何者か?良ければ此処に住ませてやっても良い、なんなら女もやろう」


長老は男に対し肯定的であった。例の石で気分を良くして貰ったからだ。


「ただの流れ者です。ただ人が恋しかっただけです」


「ハハハ!人が恋しいか……」


長老は男の発言を冗談だと捉えられた。独りでこの集落の外の世界で生活出来る訳が無いからだ。


「ときに、お前が持っていた石なんだが…」


長老は持ってきた黒い石を眺めながら男にビジネス話を持ち掛けた。


「ウチとしてはこの石が欲しい。皮とか裂きやすそうだからな」


石の表面に中央の火が反射して見える。


「この石一つで女一人の価値がある」


これに男は苦笑せざるを得なかった。実際、此処は海に近い集落でここに住む人々は海の幸を生計に立てていた。


「そんな…大丈夫ですよ道中で拾った石ですから」


商談の結果、一個の石を残して全てを長老に譲ることになった。長老も何かと礼を返すべく、傍にいた一人の女を男に……と、男の歳より少し年少の女だった。男は恐れも多い長老の返礼を丁重に辞退した。


「では、男の為に宴を催そうではないか!」


宴が開かれた。焼いた魚に火で焚べた貝などが主菜であった。


「長老殿、早速これを……」


黒い石である。これで魚の骨も容易に——


取り出せるはずが無い…… 現在の食事に用いる箸が登場するのはもう少し時間を待つ必要があった。それでも魚の身を手で取り出すよりかは幾分マシであった。


「さ…今日はもう暗い、寝処をやるから今晩は休め」


宴が終わり、外は暗くなっていた。長老の手筈によって今晩は此処で休ませることになった。男は集落の外れの天幕に寝床を構えた。


だが、この待遇には裏があった。長老は兼ねての企てを実行すべく、先程、男に辞退された女を呼び寄せた。


「今晩、お前はあの男の寝床で夜を明かすように」


つまるところ、男を此処に留める策だ。それに、この集落に新しい血を入れる必要もあったからだ。


「長老様、断られたこの私を彼は受け入れるでしょうか?」


女は乗り気では無かった。一度男に拒絶されたのもその一因だ。


「それは昼の出来事であろう、夜になれば男はお前を受け入れるだろう。少なくとも一晩の付き合いだ、願わくば………な」


決定権もある筈も無く、案内に連れられて男の寝床に潜り込む。試しに男の身体を抱き締める。しかし、人間と思わしき感触がこの場にて存在しなかったのである。


「彼がいません!あるのは奇天烈な服装だけです」


その知らせは直ぐに長老の耳に入り、危険を賭して夜間の捜索を行った。残されたのは服だけだったので近くの水場にも人を遣ったが、その男がいたという形跡は見つからなかった。


その後も男の寝処をくまなく捜索したが、新たに男がとっておいた一個の石を見つけ、男の遺物として寝床から持ち出した。その黒い石は夜空の星々を映し出していた。鏡のように……


時は流れ、この石は日本各地の旧石器時代の遺跡にて数多く出土し、続く縄文、弥生時代の遺跡からも発見された。古今東西の考古・歴史学者達は古代日本の文化を支えた功績を讃え、現在の教科書にこう記載されている。


———黒曜石


それは日本で最も有名な石として知られている。

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