第8話 見せつける
「連休中に呼び出してすまん、ミス・フラット。今日呼び出したのは、そなたの受け持ちであるミス・ブリランテ……彼女の進級についてじゃ……」
「はい、校長先生。心苦しいですが、一向に向上の兆しが見られない騎乗成績からも厳しいと本人に告げました。」
「そうか……生徒の夢に引導を渡すのはつらいのう……」
「ええ……ですが……」
魔法学校の大柄老齢の校長の問いに、一人の若い女教員が淡々と答えた。
「彼女が目指す王国乙女騎士は選ばれた一握りの女騎士のみが所属することができる精鋭中の精鋭にして、国の誇り。六大公爵家とはいえ、こればかりは特別扱いをするわけにもいきませんから」
「ううむ……だが、それでも惜しい。カノン・ブリランテの剣の腕前……魔法の力、そして頭脳は学年トップクラスどころか歴代の生徒の中でも傑物の部類に入る。そして何よりもあの人の輪の中に入り、人を惹きつける素養。同じ六大公爵家のタカラ・ジーエンヌと並んで将来は国を背負って立つ乙女騎士団の筆頭になると期待しておったが」
「私もどうにかして最低限の騎乗だけでもできるようにと力を注ぎましたが……」
一人の将来性抜群だった生徒のたった一つの欠点。その一つこそが生徒の夢を諦めさせる要因であることに歯がゆい表情を浮かべる、校長とカノンの担任であるフラット。
「ですが、騎士コースとしては落第でも、それ以外のコースでしたら彼女の能力は存分に発揮されるでしょう。ですので、連休明けにでもコース変更なども視野に入れて彼女と相談しようかと……」
「うむ、その件じゃが……昨日、ブリランテ公爵様から直々に手紙を頂いてのう」
「え!?」
「公爵様はそもそも彼女が騎士の道を志すことを反対しておった。娘が騎士として進級できないのであれば、コース変更ではなく退学させることを考えておると」
「ッ!? なんと……」
「彼女ほどの才能ある生徒を手放すのは儂らとしても非常につらい……が、だからと言って成績を水増しするわけにもいかぬ。今度の追試で彼女が合格できぬようであれば、本当に落第……とするしかないのう」
才能あり、やる気もあり、是非ともその夢の力になりたいと思っていたからこそ、校長も担任のフラットも残念でならない。
しかし、いかに生徒たちに対する評価は平等に見ようとも、その生徒の素性そのものは普通ではない。
王族とも密接である公爵家内での話に、ただの教師である自分たちに介入することはできない。
仮にカノンが次の追試をクリアすれば何の問題も無いのだが、今のままでは――――
「ガアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「グラアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
「「ッッ!!??」」
そのとき、校長室の外……学校の広い中庭から激しい獣の声が聞こえてきた。
「な、何じゃぁ、今のは!?」
「外から……一体……ッ!?」
何事かと校長室の窓を開けて外に顔を出す二人。
するとそこには……
「な、……ぬう?!」
「……え?」
中庭で繰り広げられていた光景に、校長とフラットは目を疑った。
そこには……
「ガル、ガルウルルル、ガアアアッ!」
「グヌヌヌヌ、カーーーツッ!」
六大公爵家のタカラが愛騎である聖獣に跨り、同じ六大公爵家のカノンが見知らぬ男の背中に乗って、ぶつかり合っていたのだ。
その光景に、中庭に集まっていた生徒たちも驚愕する。
屈強な聖獣がその前足と鋭い爪で男を切り裂こうとすると、その両前足首を男は掴み、互角の押し合いをしていたのだから。
「なっ、ご、ゴルドと!?」
「聖獣と取っ組み合いして……ご、互角ッ?!」
「嘘だろ! な、なんだよ、あの原人!」
「し、信じられない……」
無論驚いているのは校長やフラットや生徒たちだけではない。
「な、なんだと!?」
獅子竜ドライゴンことゴルドの背に跨っているタカラも驚愕。
「すごい……すごいよ、オーレ!」
「ガルルルルルル、オーレスゴイ!」
いや、互角どころではない、オーレはゴルドをそのまま押し返して仰け反らそうとしている。
「っ、ば、ばかな! 何をしている、ゴルド! 君のパワーはこの程度ではないだろう!」
「ガアアアアアッ! ……ガル? ガ……ゴ……」
タカラに激を飛ばされて押し返そうとするゴルドだが、威勢の良い咆哮が止まった。
獣もこの状況に驚き、そして戸惑っているのだ。
自分が人間にパワー負けするなどというありえない事態に……
「ボーっとしてないの、タカラ!」
「ぬっ、ぐっ!」
そして、戦うのはオーレだけではない。
その背に乗ったカノンも剣を抜いてフラットを叩き落そうとする。
咄嗟に剣で受け止めたタカラだが、それでも動揺は収まらない。
「カノン……一体、彼は何者―――?」
「言ったでしょ! 私の騎獣! 私の相棒! そして、私のツガイなんだよ!」
「ッ!?」
「風よ消し飛べ! 燃やし尽くせ業火の炎! フレイムセイバーッ!」
「ぐっ、ウィンドセイバーッ!」
ぶつかり合う、才能溢れる二人の生徒。
激しい炎と風が荒れ狂うも、押しているのは炎。
「っ、相変わらずの魔法剣の威力だね……しかし、問題はその男……」
「負けないよ、タカラ! 今の私にはオーレがついているんだから!」
「何を……それは自惚れだ、カノン! 確かに驚きはしたが……その程度!」
押されて目を白黒させるタカラとゴルド。しかし、これで白旗を上げるほどこのコンビも甘くなかった。
「飛翔せよ、ゴルド!」
「ガウッ!」
ゴルドの手綱を退き、宙へと一旦逃れる。だが、一息ついたかと思えばすぐにタカラは剣を前に突き出す。
「行け、ゴルド! 風のように吹き荒れろ!」
「ガウガウッ!」
ただ翼で飛ぶだけでない。スピードに乗って、オーレとカノンの周りをグルグルと飛ぶ。
「くっ、速いわ……!」
「……グルル……」
それは、人の身では捉えることのできない、鍛えられた騎獣の動き。
いかにカノンとて、そのスピードには目が追いつかなかった。
「オーレ、気を付けて! タカラとゴルドの必殺はここから。タカラのウィンドカッターとゴルドのブレスを複合して……って、え~っと何て言えば……」
オーレに気を付けるように指示を出そうとしても、細かい会話ができないオーレにうまく伝えられない。
急造コンビであるために、タカラとゴルドのような意思疎通も難しい。
どうすればいいのかと頭を抱えるカノン。
だが……
「カノン!」
「え?」
「オーレ、カノン、マモル! カーツ!」
オーレは何も心配いらないという笑顔をカノンに向けた。
そして……
「行くぞ、騎獣一体必技・ビーストウィンドサークルッ!!」
周囲を、円を描くように飛びまわりながら、魔法のカマイタチと騎獣のブレスを隙間なく連射するタカラとゴルド。
「カノン、マモル!」
「ッ!?」
隙間なく時間差もなく連射される攻撃に対し、ガラ空きの真上にジャンプして回避。
それもまた、人間離れして校舎よりも高い跳躍。
だが……
「だろうな! だけど、空中では身動き取れないだろう!」
それをタカラは読んでいた。
笑みを浮かべてそのまま上空へ向けて再び風の刃とブレスを飛ばす。
「いけない! ウィンドカッターッ!」
オーレの背でカノンも放たれた攻撃を迎撃するために同じ風の刃を飛ばすが、ゴルドのブレスだけは消せない。
「ぐっ、ゴルドのブレスが……避けて、オーレ!」
「カノン、マモル!」
しかし、そのブレスに対してオーレは何もしない。
空中で無理に体を仰け反らして回避したりするような様子はなく、ただ正面から、その背に背負っているカノンを一切傷つけないように、ゴルドのブレスを全て正面から受け止めた。
「ガルゥウウ、ウガウウウウッ!」
「ちょ……オ……オーレッ!」
ゴルドの焼けつくようなブレスを生身で正面から全てを受ける。
蒼白するカノンの目には、褐色の肌に痛々しい痕を刻まれたオーレの体。
しかし、オーレはすぐに笑顔を見せ……
「カノン、マモル!」
「ッ!?」
その瞬間、カノンの全身に熱い何かが駆け巡った。
心臓を鷲掴みされ、無理やり激しく強く鼓動させるような衝撃を受け……
「オーレ、あなたを皆に見せつけてやる! 私のツガイはとんでもないやつだってことを!」
そしてカノンは自らオーレの背を足蹴にするように離れ、剣を振りかぶる。
「オーレ、行って!」
「? ………ッ! ワカタ!」
カノンのやろうとしていることをオーレも瞬時に理解。
剣を空中で俺めがけて振りぬくカノンの剣の腹をオーレは足蹴にして、空中から勢いよくタカラとゴルド目がけて跳んだ。
「なっ、なんだ、そのメチャクチャな戦い方は……なんて醜く……華麗さも優雅さもなく……なんと…………美しい」
それは誇り高い公爵家として絶対にありえないメチャクチャな戦い方であった。
しかしタカラの目には、それはどこか否定する心以上に、どうしても見惚れてしまい……
「ガルラアアアアアアッ!」
「ッ、しまっ――――ッ!?」
タカラも、そしてゴルドも反応できずに、オーレの突進を正面から受けてしまった。
まるで、馬車にでもぶつかったような激しい衝突。
「あ……がっ、かはっ、ぐっ……・」
ゴルドと共に地面に身体を強く打ち付けながら激しく転がって落馬するタカラ。
すぐに立ち上がれぬほどの痛みに顔を歪めながら、目を開けると……
「オーレ、受け止めて! 受け止めて!」
「カノーン!」
激しい衝突をしたばかりというのに、落下してくるカノンに向かってすぐにオーレは走り出して、そして両腕でしっかりと受け止める。
「オーレ、二重マルありがと♪」
「カノン!」
カノンの礼に、嬉しそうに子供のように笑うオーレ。
地面にひれ伏しているのは、タカラとゴルド。
勝ったのは、カノンとオーレ。
現状誰の目にも明らかなこの状況下、タカラは表情を落としながら……
「……まいった……僕たちの……完敗だ……カノン……その……オーレくん……」
完膚なきまでに敗れたことを認めたのだった。
そして、タカラのその宣言と共に、中庭に集った生徒たちから盛大な歓声が上がる。
そしてその一部始終を校長室から眺めていた校長とフラットは、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
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