第7話 決闘
それは、カノンと同じように騎士を目指すタカラにとっても人生で初めての経験だった。
「僕の剣を……歯で齧り取った……だと!?」
タカラは自分自身の剣の腕前や戦闘能力には自信があった。
自分が最強とまで己惚れるつもりはないが、魔法学校でもトップクラスの力があり、その辺の男に後れを取ることなどありえないと思っていた。
だが、こんなこと人生で初めてである。
目の前にいた男が風のように突進し、自分が構えていた剣を歯で齧り取り、そしてそのことに剣が折られたと気づくまで分からなかったこと。
「ガルルルル」
「うそ……すご……って、感心している場合じゃなくて、オーレ! 落ち着きなさい、止まる、ステイ、オーレ!」
「グル?」
「大丈夫、タカラ。トモダチ。敵じゃない。えっと、敵バッテン!」
「テキバッテン。トモダチ?」
「うん。だから、ほら、これはペッてしないと。食べ物じゃないから」
「……ワカタ」
カノンに宥められ、興奮状態から少し落ち着きを取り戻したとみられるオーレは、咥えていた刀身を地面に捨てた。
だが、タカラの方は落ち着けと言うのが無理だった。
「カノン……何なんだ、その男は……そんな危険な奴をどうして!」
学校の者たちにも珍しいと思えるほど、タカラは動揺した。だが、それは仕方のないこと。周囲の生徒たちも絶句しているからだ。
そしてカノンはその問いに……
「彼の名前はオーレ……今日から……今日から私の騎獣になった男の子だよ」
「「「「……は?」」」」
全員揃ってそういう反応になることはカノンの予想通りだった。
「カ、カノン……僕は真面目に聞いているんだよ。ふざけたことは……」
「本当のことなの、タカラ。みんなもそういう反応をするっていうのは分かっている。でも、これは、私がオーレと、そしてオーレを育てたお母さんと話し合ってそうなったの」
「な……なに?」
「人間が騎獣なんておかしい話かもしれないけど、でも私にはもうオーレしかいない。そして、オーレはそれを受け入れてくれている。だったら、私はこれからの人生はオーレと共に歩む。それに、騎獣の規定に『人間はダメ』とは書いてないでしょ?」
「い、いや……た、確かに書いてはいないが……いや、カノン、待ちたまえ! 君は自分がどんなバカげたことを言っているのか分かっているのか? ま、まさか、そんな男におぶわれたまま騎士になろうと? そんなこと許されるはずがないどころか、国中からの笑いものになるぞ! 六大公爵家たる君が!」
タカラは意地悪で言っているのではなく、それだけカノンの宣言は非常識なものだったのだ。
認められないどころか、そんなことを公爵家の令嬢であるカノンがやろうとしていることを知られるだけで恥をかく。
タカラは「ありえない」とカノンに非難した。
だが、カノンは両腕で後ろからオーレの首に回してギュッと抱き着きながら、言葉を曲げない。
「私はオーレと共に騎士になる! あの森で……私が夢を叶えるにはもうこの道しかないと知ったときから、もう私は決めたの。ごめんね、タカラ」
「ッ!? ばかな……」
そう、カノンにはもうこの道しかないのだ。体質的に騎士になる道を閉ざされている以上、潔く諦めるか、それともあがくのであればもうこれしかない。
そして、タカラもまた長い付き合いのためにカノンが本気であるということが分かってしまった。
だが、だからこそ見過ごすわけにはいかなかった。
「カノン。君がそんなバカなことをやろうとしているなら、僕は止めるよ。常識的におかしいではないか」
「タカラ……」
「人間を騎獣にして騎士に? そんなバカげたこと、力ずくでも―――――来い、我が相棒! 気高き王者の聖獣・獅子竜ドライゴン……ゴルドッ!!」
タカラが天高らかに叫び、全身に魔力を漲らせて指笛を鳴らす。
「ガルアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
すると、激しい咆哮が別の場所から聞こえてきた。
「グル?」
「ちょ、タカラ! な、なんでゴルドを……」
獣の声が聞こえてきたのは、校舎の向こう側。
そこには、生徒たちの騎獣を管理する小屋があった。
その一角から主の声を聞きつけた一頭の騎獣が飛び出し、そしてカノンたちの前に現れた。
「ガルルルルッ」
鋭い眼光と獣の威圧をカノンとオーレにぶつける獣。
全身を鱗で覆われ、見事な鬣を持ち、その背に翼を生やした獅子。
その背にタカラは飛び乗り、そして刀身の折れた剣に魔力を込めると、渦巻く竜巻が剣となった。
「分かるかい、カノン。これが魔法騎士。そして、僕たち六大公爵家には遥か昔に王より賜った由緒ある聖獣に跨る誇り高き騎士でなければならない。それを……騎乗できないから、人間を騎獣にすることにしたなどとバカなこと……同じ公爵家として、そして君を愛する友として、僕が許さないよ!」
現実を分からせるため、タカラは己の力を見せつけるかのようにカノンに怒鳴る。
それは、オーレのやったことに言葉を失っていた他の生徒たちも、一瞬でそのことが頭から抜けてタカラの姿に見惚れるほどの神々しさであった。
そんなタカラの姿に、カノンも思わず息を呑む……が……
「タカラ……分かってるよ。そして、やっぱりタカラが凄いってことも……聖獣を軽々と乗りこなすタカラの姿は私にとっても憧れだったから……でもね……でも、すごい不思議なんだけど……私!」
カノンは笑って、オーレの頭に手を置いた。
「私たち、全然負ける気しないよ。ね? オーレ! 私、オーレ、カツ!」
「ッ! オー! カーーーーツ! オーレ、カノン、カーツ!」
「「「「ッッ!!??」」」」
現実を見せつけて考えを改めさせるどころか、むしろ「勝てる」と口にするカノン。
それには流石にタカラのプライドをも傷つける。
「ならば……思い知らせてあげよう、カノン! 決闘だ! ゴルド、行こう!」
「ガアアアアアッ!!」
「オーレ、行くよ! 私たちの力を見せてやろうよ! 殺すの二重バッテンだけど、戦うはマル!」
「ガオオオオオンッ!!」
そしてついに、二人は己の主張を通すためにぶつかりあった。
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