亡霊メギドと剣聖の弟子

仲仁へび(旧:離久)

亡霊メギドと剣聖の弟子



 異世界スノウラヴァーズ。


 その世界に住む貴族令嬢のアスティは、体が弱い少女だった。

 たびたび熱を出しては、ベッドで寝込むしかなかった

 その事を、アスティは気にしていた。


「子供のころに高熱で命の危機に瀕していたと、お母さまから聞いたわ。それが原因なのかしら」


 原因は、体が弱いまま生まれてしまった事だと考えられていた。

 アスティは、十分に育たないまま、産まれてきた。

 そのため、誕生直後は命があやしかった。


 しかし、医師達の懸命な治療のおかげで、一命をとりとめ、生き延びたのだった。






 そんなアスティはある日、自分が住む屋敷の近くにある小さな村へ向かった。


 その村の名前はロンドリエ。


 一時間もあれば村の端から端まで移動できるような所だった。


 そのロンドリに赴いたアスティは、一人の男の子と出会う。


 興味津々に近づいてきたその男の子は、親し気な様子でアスティへ話しかけた。


「お前、アスティお嬢さまって言うのか? 俺、お金持ちとは遊んだことないんだ。お金持ちって、いつもなにして遊んでんの?」


 その男の子の名前はハーメルン。


 普通なら貴族に対する礼儀のない行為は、褒められた事ではなかった。


 しかし、アスティやアスティの両親は、そんな態度に寛容であった。


 そのため、ついてきた使用人や護衛は何も言う事はなく。


 アスティは普通にハーメルンと友好関係を築く事ができたのだった。


 それには、体が弱い事で、めったに外へ出られなかった事も影響していただろう。


「俺達の間で、流行ってる遊びを教えてやるよ。ずっと、遠い国から伝わって来た遊びでな、このコマっていう道具を紐でくくって」


 ハーメルンは人当たりがいいため、誰とでも仲良くなれる子供だった。

 

 そのため、ただの平民であったにもかかわらず、貴族のアスティともすぐに仲良くなった。


 身分の違いは、つきあいの障壁になる事が多い。


 しかし、柔軟さを持ち合わせている子供のうちに出会った事や、両者をとりまく環境が障害を置かなかった結果、二人はその後も友人関係を結び続けるのだった。


 そうしているうちに、アスティの体は徐々に健康になっていった。


 ストレスのない環境がアスティが持つ力を、引き上げているようだった。





 そんなアスティが、ハーメルンと仲良くなって数年が経った頃。

 アスティ達は、冒険と称してあちこちへ出かけるようになっていた。


 二人は村にいた同じ年頃の子供達と共に、虹がよく現れる平原や妖精が遊ぶ川などに赴き、平和な日々を送っていた。


 その日もそんな平和な日々を送るように見えた。


 ロンドリエに訪れたアスティへ、ハーメルンが誘いの言葉を放つ。


「アスティお嬢さま、遊ぼうぜ。今日はみんなで探検しに行くんだ。お嬢さまも行くだろ?」


 ハーメルンは断られるとは微塵に思わずに。


「いいわよ、どこに行くの?」


 それに対するアスティも断る気はまったくなかった。


 熟考の末、ハーメルンが出かけ先に選んだのは、いつもの遊び場所から少し離れた所だった。


「熱砂の谷だ」


 アスティはその場所に不安があった。


「そこってモンスターが出るんでしょ?」

「大丈夫だって、モンスターよけの薬草持ってるし」


 ロンドリエには薬草が豊富に生えている。

 その薬草には、モンスターが近づかない効果があったため、それを持っていれば、大丈夫なはずではあった。


 よっぽど希少荒いモンスターの縄張りに近づきさえしなければ。


 アスティは、ハーメルンの熱心な誘いの折れて、行く事になった。


 けれどもそこは、最近危険区域に指定された場所だった。


 モンスターが徘徊しているという知らせが付近の村々や町々に出回っていたが、少し離れた所にあったロンドリエにはまだ知らせがまわっていなかった。


 そんな事になっているとは知らず、アスティ達は熱砂の谷へ向かった。







 めったに人の通らない谷の中で、危険なモンスターが徘徊していた。


「まさかこんな所で、あんな大きなモンスターがいるなんて」

「とにかく皆を逃がさなくちゃ」


 一緒にやってきた他の子供達を逃がすために、強かったアスティとハーメルンが囮になった。


 だが、圧倒的に魔物の方が強かった。


 炎を吐くモンスターに囲まれるアスティ達。


 数秒後にはおそらく、モンスターに襲われて命を落としてしまう。

 アスティがもうだめだと思った瞬間に、その人物は現れた。

 突然現れた一人の男性が、あざやかな剣技を披露して、魔物を撃退したのだった。


 その剣技の美しさにアスティは一瞬見とれていた。


「助けてくれてありがとう。あの、あなたのお名前は?」

「名前、そんなものは知らない。俺は誰だ?」

「「えっ?」」


 しかし記憶喪失であるようだった。


 とりあえず名前がないと困るので、その男性の名前はメギドと呼ぶことにした。


 勇者を助けたおとぎ話の英雄メギド・フレイムにちなんだものだった。


 メギドは行く当てがなく、記憶もないため、これからの事に困っていた。

 そのためアスティは恩返しをするチャンスだと考えた。


 帰った後、両親に必死に頼みこんで自分の屋敷に、住まわせる事にしたのだった。


「メギドのお世話は私の家でするわ。命の恩人だもの。お母様もお父様も歓迎してくれてた」

「世話になっても、いいのか」

「二言はないわ」


 メギドは色々な事を知っていた。

 魔物相手に披露した剣技だけでなく、サバイバル知識、薬草知識、モンスターの特徴なども詳しい。


 それだけでなく、歴史や医療の知識に明るかった。

 後は、礼儀作法についてもしっかりとした知識があった。


「何でも知ってるのね」

「何でも知ってるやつなんていない」

「言葉の綾よ。それくらいすごいって事」







 モンスターに襲われた時のようになりたくはない。

 そう思ったアスティは、特に剣技をよくならった。

 その話を聞きつけたハーメルンや村の子供達も、モンスターに襲われたくないと思ってか、メギドに剣を習うようになった。


 剣を振るアスティは、メギドの正体についてたびたび考える。

 メギドはもしかすると、国の中心部にいた凄い人物かもしれない、と。


 それを思ったのは他の人物も同じだった、アスティの両親は行方不明者などの情報があつまる組織へ手紙をだした。

 しかし、収穫はゼロ。


 知人からの手紙では、該当する人物はいないというものだった。


 それを知ったアスティ達は首をかしげる。


「なら一体誰なのかしら。うーん。絶対凄い人だと思ったんだけど」

「誰なんだろうな。でも誰であっても、俺達の先生でずっといてほしいぜ」


 アスティとハーメルンは、しきりにあれでもないこれでもない、と正体を推測しあった。







 剣の腕を磨き続けたアスティは、強くなり、才能が開花していった。


 それは、ハーメルンも同じだった。

 剣技を習う学校に通い、良い成績を収めた二人は、やがて国の中心部で働く事になる。

 そして騎士になり、様々な任務をこなして、特別な騎士となったのだった。


 国の大会に出て、何度も優勝した事もある。


「まさかこんなところまでのぼりつめるとは思わなかったわ。それもこれも、師匠がいたおかげね」

「そうだな。師匠がいなかったら、俺達はただの平民と貴族令嬢のままだったかもしれない。それどころか、生きてなかったかもしれないし」


 二人は、師匠であるメギドに感謝していた。






 やがてアスティとハーメルンは、誰も敵わないとと言われるほどの極致にまで登りつめる。


 剣聖という称号を手に入れた二人は、国の中では生きた偉人と呼ばれていた。


 しかし、その日を境にメギドは姿を消した。


 二人はメギドを探したが、一向に見つからない。


「師匠ったら、どこに行っちゃったのかしら」

「何かの事件に巻き込まれてないといいけどな」

「怖い事言わないでったら」


 噂一つも聞かなかった。


 だが、任務で隣国に行った際に、ハーメルンがとある話を聞いて来た。


 一人の亡霊剣士の姿を。

 自分の記憶を忘れたその剣士は、剣士の卵を見つけては、その人物を育てるのだという。

 しかし育て終わったと感じたら、また姿を消すのだと。


 弟子の前から唐突に姿を消すという話。


 その話に出てきた亡霊の身体的特徴や剣の使い方は、メギドと一致するものばかりだった。


 アスティ達は衝撃を受けた。


「まさか、メギドが幽霊だったなんて」

「そうと決まったわけじゃないだろ。でも、師匠は探し出さないとな」

「そうね。まだ何も恩返ししてないもの。幽霊だって何だって、私達の大事な師匠なんだから」






 アスティ達はそれからも、メギドを探しだそうとしたが、なかなか見つからなかった。

 何の成果もないまま月日は過ぎていく。


 そんな中である日、アスティ達は困難な任務へ向かった。

 王様が「二人にしか頼めないんだ」と頭を下げるような任務だ。


 その任務は、他の者達には任せられないほど難しい内容だった。


 剣聖でもこなせるかどうかという危ういもの。

 しかし、放置するわけにはいかないため、アスティ達が赴く事になった。


 その内容は国が指定する災害級のモンスターを、同時に三体相手にするというものだった。


「災害級のモンスターは、全てのモンスターの中で一番強い魔物。気を引き締めていかないと」

「今回の任務はなかなか骨が折れそうだな」


 災害級のモンスターは、存在するだけでも災厄をふりまいてしまう。


 一体だけでも、村や町が滅びてしまうような危険な存在だった。


 だから十分に準備を行っていたのだが。







 アスティ達は、命の危機に瀕していた。

 それは長らく感じたことのない感覚だった。

 メギドに助けられた時以来の、感覚。


 仲間達は全員倒れて、生き残ったのは二人だけ。


「くっ、ここまでなの!?」

「俺達がここで倒れたら、もっと被害が広まっちまうってのに!!」


 満身創痍で剣を振り続けるアスティ達。

 しかし体はボロボロだった。


 それでも気力で戦い続けた二人は、あと一歩という所まで最後のモンスターを追い詰める。


 しかし、とどめを刺そうとした瞬間、アスティの剣が折れてしまうのだった。


 ハーメルンの武器はもう折れている。

 アスティの武器の予備はとっくに使い果たしていた。


 戦う武器をなくした騎士の末路などたかがしれている。


 無防備になったそこを攻めようと、モンスターが襲撃してきた。


 しかし、命を落とすと思ったのその瞬間、どこからともなく剣が降ってきた。


 それをアスティが掴み、ハーメルンが剣を振るアスティの体をささえた。


 最後の一撃をくらったモンスターは、血しぶきをあげながら、その場に倒れふしたたのだった。


 とどめの一撃を放った剣は遠くにあったはずの、倒れた仲間の武器だった。


 モンスターの攻撃で倒れた騎士のもの。


 当然、ひとりでに空から飛んできたりはしない品物だ。


 何が起こったのかとアスティ達が空へ視線を向けると、そこに人影がういていた。


 それはメギドだった。


 半透明になった体のメギドは、かすかに笑ったような顔をして、その場から消えていく。


 師匠が助けてくれたのだ。


 そう理解したアスティ達は、メギドに最後の言葉をかけた。


「師匠。助けてくれてありがとうございます」

「恩返しできなくてごめん。師匠。見守っててくれたんだな」


 メギドは幽霊で、実際には存在しない人間だった。

 しかし、そこには子弟を繋ぐ強い絆が存在していた。


 その後、アスティ達はなんとか魔物を倒して帰還した。


 やがて、アスティ達は、国に貢献した偉大なる人物、メギドの記録を歴史に残してこの世を去った。


 剣聖を二人も育てた、名誉ある亡霊。

 その記録は後世に長く語り継がれる事になる。



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