第5話 よっしゃ、天空城目指すぞ

 そんな気持ちも知らず、リッキーは顎を上げ尋ねてきた。


「せやけど死んだんかどうか、分からんねやろ」

「はい。女神もいないし」

「そんなんおらんわ。おったら引きずり回されとる」


 ……なんで?

 いまいち分からなくて確かめる。


「どうしてですか?」

「あん? 適当な仕事する奴はあかん。神なわけあるか。半殺しですむか怪しいな。俺は知らん、気分や。見かけたら張っ倒すか、説教やな」


 女神に厳しいな……なんでだろう。


「でも幸せな展開とかありますよ」

「そうか。欲望の具現化やな。商売としてはまあ妥当や。女神やなくて、そういう商売や」

「はあ……」

「神とかどうでもええよ。好きにしたらええけど、ソロキャンパーの俺からしたら、甘やかして何がおもろいんか分からん。なんやニホンいうとこは、そんな生きるん大変か」


 なるほど。みんな生きるの……大変は大変かもしれない。だけど、小学生の僕に社会の厳しさを語る自信はない。

 リッキーは目を細め告げてきた。


「女神やのうて悪かったな」


 違う、全然そんなことない。関西弁以外。だから否定する。


「全然。物語と現実は別だし、もうどうしていいか分からないし、そもそも……」

「転移の理由、経緯不明やな」


 そうだ。学校にいていきなり……。いや、少し覚えがある。だけどあれは未来。つまりSFな話で結局意味がない。

 どうしよう、本当にどうすればいいか分からない。


「なんや、大体分かったわ」


 何がだろう。そもそも信じるに値する話だろうか。逆の立場なら僕はどうしていた。まず手に負える話じゃない。急に異世界から来ましたって、警察はどう対処するんだ。

 でもリッキーに躊躇いはなかった。


「おっしゃ。天空城目指すぞ。予定変更や」

「は? いや、お仕事中ですよね。いいんですか?」


 って、変に気を遣ってる場合じゃない。今彼はなんて言った? 天空城? それこそ欲望の具現化じゃないか。男の子の希望とロマンだ。あんなに毒吐いて、自分はいけしゃあしゃあと、とまでは言わないけど。だって何も分からないんだから。


「要するにまず身の安全。その為にカケルの身元保証人がいる。俺や、それはええ」

「ありがとうございます……」


 そうか、僕は身分定かでないどこの誰か分からない存在。異世界とかは関係ない。

 でもリッキーはまだ十三歳。身元保証人って、そんなこと可能なのか?

 でも彼は全く淀みなく続ける。


「あんな、カケルがこっちで生きていく言うんやったら、わざわざ天空城目指す必要はない」

「そう、そうなんですか」

「せやけどもし帰りたい、帰るんやったらそれなりに方法を模索せなあかん。時間かかるかも知らんし、金も手段も必要や」

「そう、そうですね」


 確かに、どこの誰とも分からない僕の為に誰かが何かしてくれる。なんてのは、期待する方がおかしい。小学六年生相手だろうと「異世界に帰りたい」というものはたぶん無茶ぶり過ぎて、誰も何も出来ない。それは伝わる。


「そしたら天空城がたぶん妥当や。要するに転移か、転移術のかなり上位なもん手に入れて、それでなんとかする。その為やったら現実的なんはたぶんこれや」


 リッキーは一人で頷いているが、意味が分からない。だから確認する。


「どうして? 例えばその、冒険者とかそういうのはやっぱり違うの?」

「違わへん。そんな感じや。なるほど、そういう理解はあるんやな。もう子供ちゃうな」


 子供だ。小学六年生は背伸びしても二十歳ではない。


「天空城は届きそうで届かへん有名どころ筆頭や。似たようなんに空中庭園とか空中都市はあるけど、逆に手が届くから実績として弱い」


 そうなんだ。確かに空中庭園は浮いてないし、空中都市はマチュピチュとか世界遺産系に覚えがある。


「よっしゃ。一旦帰って身分証つくるぞ。出身は、なんでもええわどうせあいつら分からん。服からして他所って一発や」


 そうなのか。嫌だな。悪目立ちするの。


「出身どこやったっけ」

「愛知県です」

「どんな字や。意味とかあるんか」


 愛知を拾った木の枝で地面に書き、説明する。


「愛を知ると書いて愛知県です」

「愛語るとか、重い行政区やな。愛を分からせる授業とかあんのか」


 あったらたぶん騒ぎになってる。保護者会とかSNSとかで。


「ないです」

「名前負け過ぎる。あかんわそれ。語れや、どっちやねん」


 たぶんみんな、そういう意味で名称つけてない。

 思わず反論する。


「でも、三英傑とか歴史的に有名です」

「俺知らんからあかん」


 無敵だな、その解釈。


「誰がおんのか歩きながら聞いたる。好きなだけお国自慢せえ」


 これは言わずともさせられる流れだ。

 僕は異世界はともかく、リッキー慣れだけはしてきたぞ。


「ほな行こか。ちょっと歩くけど我慢せえよ」

「うん。そうだ、この世界はなんて名前なの?」

「あ……?」


 地球という惑星、これが世界の名称でいいだろう。こっちにそういう名称はないのだろうか。


「小難しいこと言う奴やな……分かった調べる」

「そうか。ハズランドは地域名だよね」

「そうなるな。行くぞ。忘れ物ないか」


 あるとしたら、小学生という肩書きぐらいだと思う。


「ないよ」


 応じるとリッキーは大きなリュックを背負い、歩き出した。

 僕も後につき歩み始める。

 どこに向かうのか、歩きながら教えてくれるだろう。

 親切で口の悪い彼と共に、木々生い茂る森を二人して歩く。ほぼ獣道ともいうべき中を。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る