プロローグ
第1話:フラれて、引きこもって
第1話:フラれて、引きこもって
「ごめんなさい、私彼氏が居て……気持ちには応えられないの……」
目の前には保育園から大好きだった幼馴染、
本当に申し訳なさそうに俯いて事実を告げられる。
「え……あー、その……」
「本当にごめんなさい……気持ちは嬉しいんだけど、そういう目で見たことがなくて……」
ただでさえ頭に大岩が降ってきた気持ちだったところに、更に大岩が落ちてくる。
「あ……そ、そう、だった……んだ……」
「その、去年のクリスマスから……秀吉くんって覚えてるかな」
「…………」
中学時代、クラスの男子全員から嫌われていたお金持ちのイケメン
いつもたくさんの女の子を侍らせていて、良い感情はあまり持っていなかった。
通行の邪魔になってたし、喋り声が煩かったし、他所でやれば良いのにと常々思っていた。
「
「そ……そっか……」
「ごめんね……?」
「ううん……聞いてくれて……ありがとう……」
「うん……」
気不味い空気が、僕たち二人しか居ない公園を支配していく。
ぽろりと涙が流れてしまい、その姿を見られるのに耐えられなくて走って逃げてしまった。
「正ちゃん!」
乙女の声が背中に飛んできたけど、止まることも振り返ることもできなかった。
どんな顔をして、どんな話をすればいいのか分からない。
これ以上心を抉られる言葉を聞くのが怖い、耐えられない。
頭の中も心もぐちゃぐちゃになって、ただただ走って自室のベッドに飛び込んだのだった。
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僕の名前は
清く正しく優しい男の子になってね、と名付けられた。
そんな僕は、容姿のせいもあって内気な性格に育ってしまった。
乙女とは保育園からの付き合いで、小中も同じ学校に通っていた。
好きで好きで大好きだったけど、関係が変わってしまうのがなんだか怖くて友達という関係を続けていた。
家族みたいにしか思ってなかったなんて、想像もしてなかった。
しかも相手があの秀吉だなんて。
イケメンなのが良かったのかな。
お金持ちだからなのかな。
堂々と女子を侍らせる人なのに。
きっと女性関係だって……。
そんな男が好みなのかな。
乙女と上辺しか知らない秀吉に対して黒い感情ばかりが浮かんでくる。
そんな事を考えてしまう醜い自分にも黒い感情が浮かんでしまう。
もう嫌だ、これ以上傷つきたくない、誰か助けて。
ただでさえ高熱を出して高校の入学式を休んでしまったのに、一回も登校できないまま自室に引きこもって不登校になってしまった。
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「正ちゃん……」
公園に一人ぽつんと立ち尽くす。
好きと言ってくれたのは心から嬉しかった。
でもその気持ちには応えられない、他に好きな人が居るしそういう目で見てなかったから。
それでも心にチクリと刺さる物があって、走り出さずにはいられなかった。
私が向かったのは正ちゃんのお家。
もう一度会っても何を話せばいいか分からないけど、来ずにはいられなかった。
意を決してインターホンを押すと、妹の
「乙女ちゃん? どうしたの?」
「あ、その……正ちゃん、帰ってるかな」
「あー……ちょっと待っててね」
そう言ってドアを閉める。
帰ってないのかな……まだどこかで一人で泣いてるのかな……。
行き場のない不安な気持ちで居ると、再びドアが開いた。
「乙女ちゃん」
「あ、お母様。 こんにちは」
「はい、こんにちは。 どうぞ入って?」
家に上がるように促されたので、お邪魔しますと足を踏み入れる。
そのままリビングに行くと、ソファーにお父様が座っていたので会釈。
椅子に優香ちゃんが座っていたので、机を挟んだ対面に座った。
お母様はそのまま優香ちゃんの隣に着席。
「さっきね、正ちゃんがすごい勢いで帰ってきて部屋に閉じこもっちゃってね」
「あ……」
「ドア叩いても呼んでも反応ないし、鍵もかけちゃったみたい」
「ごめんなさい……私のせいなんです」
何があったのか問われたので、さっきのことを話していく。
LIMEで公園に呼ばれたこと、告白されたこと、彼氏が居るから断ったこと。
正ちゃんが泣いて走り出してしまったこと、衝動的にお家に来てしまったこと。
嘘をつくような浅い関係じゃないから、包み隠さず全部を話した。
「お兄ちゃん……」
「なるほどね、事情はよくわかったわ。 乙女ちゃんは何も悪くないのだけは先に伝えておくわね」
「はい……」
さっきも感じた心のチクリがもう一度やってくる。
確かに私は悪くはないんだけど……正ちゃん……。
「あの子どう見ても女の子じゃない? その事をイジられる度に落ち込んで、あんな内気な性格に育っちゃって。 でも乙女ちゃんは昔から普通に接してくれてたじゃない? それがすごく嬉しかったみたいでね、家でも乙女ちゃん好き乙女ちゃん大好きって言ってたのよ」
「そう……だったんですか……」
「乙女ちゃんとは姉妹っていうか、家族みたいに育っちゃったからしょうがないと思うのよ」
「わたしもそう思うよ? お姉ちゃんが二人居るみたいで嬉しかったし」
「ありがとう、優香ちゃん」
正ちゃんは小学校の頃からずっと好きで居てくれたらしい。
全然知らなかった。
知ってたとしても、気持ちには応えられなかったと思うけど……。
そういう関係でずっと一緒に居すぎたからよね、きっと。
「気にしないのは無理だと思うけど、今はそっとしてあけで? 私たち家族も元気付けられるように見守るし、時間しか解決してくれないと思うから」
「分かりました……」
「教えてくれてありがとうね、早くに知れて良かったわ」
そう言って微笑むお母様。
気にしないのはたぶん無理、だけど余計に傷付けたくない。
だから、また笑顔で話せる日を待つしかない。
正ちゃんのことは家族みたいに好きだから、この関係は絶対に失いたくない。
「さ、今日はもう帰りましょうか」
「そう、ですね。 急にお邪魔しちゃってごめんなさい」
「それこそ気にしないで? あの子に会うのはちょっとアレだけど、私たちに会うのは今まで通りしてくれていいから」
「ありがとうございます、そうさせてもらいます」
そう言って席を立ってお辞儀をする。
私には何もできない事実が、すごく歯がゆい。
心が締め付けられるのを感じながら自宅へと帰った。
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乙女ちゃんが申し訳なさそうに家を出るのを見送ってリビングに戻る。
正ちゃん、本当に本当に、いっぱい頑張ったのね。
大人しくて、内気で、自分から行動するのを戸惑ってしまう子だったのに。
ちゃんと自分の気持ちを伝えられる勇気を持ってたのね。
その成長が嬉しくもあり、ちょっぴり寂しくもあるわね、不思議な気持ちだわ。
「ちさ子」
「
「怒ってない」
「そう、良かったわ。 ……正ちゃん、すぐに立ち直ってくれるかしら」
「……難しいだろうな。 温め続けた初恋の失恋だ、傷は浅くないだろう」
夫の優さんは、正ちゃんの部屋がある二階を見上げてそう言った。
そうよね、あれだけ好き好き言ってた初恋だものね。
乙女ちゃんの話を聞いている時に、正ちゃんの気持ちを思うと泣いてしまいそうだった。
でも乙女ちゃんは何も悪くないし、余計な罪悪感を持ってほしくなくてグッと堪えた。
「ちさ子」
「優さん……」
「我慢するな」
そっと頭を抱き寄せられて、ついに涙が出てしまった。
それを見ていた優香も、私に抱きついて涙を流した。
二階に声が聞こえないように、二人で静かに泣いた。
優さんが黙って涙を流していたのには、二人共気が付かなかった。
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