51話
「ゲームじゃねぇ! 遊びでもない! ましてやテメェのチンケな劇でもねぇ! お遊戯会なんぞ一人でやってろ! こちとら命かけてやってんだよッッ」
「お前の家は、いつもこんなに騒がしいのか? 俺が知っている凪之は凪という名にふさわしい穏やかさのある組織なんだが」
某所。
地上の光は届かず、悲鳴や嘆きは地上に届かぬ地下にて。
ようやく出入りしやすくなった泰華は、中へ入った。途端、後悔しかない。
冷たい地面に転がるゴミに頭が痛い。生きが良いのは構わないが、五月蠅すぎて頭が痛くなってきた。思わずため息をついて、軽く目頭あたりを揉んだ。
それを白けた目で誠司が一瞥した。
「自分の敷地内に入れたくないから、こっちを指定したのは誰だよ」
「うちに来たら、面倒ごとが増える。お前も都合がいいだろう」
さらっと真実を語れば、誠司は歯ぎしりをする。彼はこういうところが可愛らしい。表情豊かで羨ましい。
と、言えば「気色悪っっ」と自分の腕をさする。相も変わらず面白い反応をするものだ。だから彼の祖父は、思わずいじめたくなるのだろう。それも一種の愛情か。
(俺の家とは大違いだな)
泰華の家は、家族愛などとは無縁だ。
両親は愛し合っていたが子供に一切興味はなく、泰華と交わす内容はいつも業務連絡。泰華はそれが嬉しかった、気楽だった。
ただ、両親が愛し合っているのだけは疑問であった。
管轄の人間を守る行動はするが、倫理観は欠如して無情で無慈悲な決断も平気で行う父が、母には愛を注ぐ。
その部分以外は泰華と父はよく似ていた。
逆に言えば、母への愛、人を愛する感情だけは理解できなかったのだ。
月花――当主は花の名を、嫁に来た女には、その場で月の名を与える。今までの名と生活を捨てさせ、新たに月として生きさせる。
そんな無意味な儀式を受け継ぎ、泰華にとっては母親に『月世』と名付けて愛していた。
今でもその儀式の必要性を見いだせない。だが。
「俺も変わったのかな」
愛することだけは、覚えてしまった。
わざわざ改名する必要性もない、少女を。
哀れな月を愛でて、そのために動くぐらいには。
――これは、誰の劇だったんでしょう。
月音の問いがよみがる。当然、嘘はつかなかった。
泰華の用意した劇だ。
しかし、始まりは、本当の、一番最初の、それこそ――前より、花が描いたとしたら。
(不毛だな)
憶測の答え合わせはできない。
父親たる秀花は、月世が病気になった折りに心中した。
もう確かめる術はない。する必要もない。
秀花の企みが及んでいたとしても、どうやったかも分からない。興味はない。偶然と言った方が説明がつく。少々できすぎているが。
大切なのは、月音がそばに来た。
華を照らす月を手に入れた。
その事実だけだ。
興味はふっと消えて現実に戻る。
騒がしさが耳に入るようになり、未だ叫ばしているのかと辟易する。
さっさと黙らせてしまえば良いものを。やはり誠司は優しく、甘い。
これでは、後味の悪い終わりを迎えてしまう。
終演したから、無関係でいても構わないが、友のような存在である誠司に借りはある。
最後まで付き合う義務はあるだろうし、許されるだろう。そう結論づけて間に入った。無駄に引き延ばしたところで飽きるだけで、つまらないだろう。
「てめぇみたいなキザで遊び半分なやつにらわからねぇだろ、人生は」
ついに人生を語り始めた男は、凪之の一味。若い集団の一人だ。
月音と最後向き合っていた首謀者。
虎沢と月花が手を組んでいると思い込んで、虎沢の子供の月音を攫った男。
虎沢の手下とは違い、完全に手のひらで踊らされていた、いや弄ばれていた男に同情すべきか。それとも愚かだと思えばいいのか。
普通の人間はどう感じるのか逡巡ののち、泰華は別の言葉を口にする。
(俺はさっさと帰りたいからな)
「……ふむ。ご高説ありがたいが。これはな、そんな大したものではない。本当にゲーム……いやゲームのように簡単な試験だった。それに協力した上で、俺は俺の求める報酬のために劇を作り舞台にあがっただけだ」
「な、にを」
男が怯む。
白い照明のおかげで明るい地下牢で、男以外に誠司が胡乱げな顔をする。
何かが引っかかっている顔だ。
そのまま自分の隣を見れば、気づけるかもしれないぞ、という言葉は飲み込む。ヒントを与えれば、その隣から非難される。
誠司が、はく、と空気を食べるかのように口を動かす。
何度か開閉を繰り返して、やがてがしがしと苛立たしげに頭を掻いた。
眉根をよせて、黙り込む誠司に、泰華はこれ見よがしにため息をつく。
「それで。誠司。お前は何か思い悩んでいたようだが、それについて問い詰めるのではなかったのか?」
面倒な気持ちが全面に出たフォローの仕方に、誠司の隣から怒気を感じる。筋書きを用意しているのは分かるが、何も言わぬならばくみ取ってやるつもりはない。
大方、黙っていろ、と言いたいのだろう。
凪之の問題に口を出すな、と。
ならば呼ばなければ良い。無理だろうが。
つらつらと考えて、隣へと微笑みかければ、すっと目を伏せられた。礼儀正しく頭を下げた姿に、さすがに教育がしっかり施されているなと感心する。
この場で一番わきまえて、状況を把握している。
そんな隣の男に、誠司が気づくのが一番手っ取り早い。
が、隣より目の前でぎゃいぎゃい騒いでいる男に注意が向いている。これだけ五月蠅いのだから、仕方ないと思わなくも、ない。
泰華の言葉に思うところはあるようだが、誠司は頭を振って、わめく男を睨み付ける。敵意とは異なり、心底理解はできないと、戸惑いが浮かんでいる瞳だ。
「なんでこんなに無茶した。こんな粗末な終わりになるぐらい想像できただろ。そこまでする理由なかったはずだ、月花が裏切りなどあり得ない。少し待てば、お前らではなく上の奴らが解決するのに」
危険をおかす必要性。緊急性の有無。何もかもが、誠司と目の前にいる男ではすれ違っている。ズレこそが、問題である。
「っ代理こそ、当主代理に相応しくねぇ物言いはやめてください!頭を殺られてんだ、疑わしきものは全て」
「……お前、今なんて言った?」
「は?」
「じいさまが、殺された……?」
誠司は瞬きすら忘れて、凝視する。
石像のように固まり、口が中途半端に開けたまま。
違和感は徐々に大きく膨らみ、明るみになっていく。
一人何も分からぬ男のみ、叫び続ける。
道化のごとく、いやまさしく道化として踊らされていた男は、最後の役目を果たすべく、自ら破滅の道へと進んだ。何も知らぬまま、利用されて。
泰華は特別な感情もわかず、その行き先をただ見守り続ける。この場に華はいらない。
「おれは、何度も言ったでしょう! 殺されたならやり返せって」
「いや、そうじゃ、ない。なんでお前、殺されたって。じいさまは、」
そのとき、誠司は初めて隣を見た。
状況を見定めるかのような、冷たい瞳を持つ男は黒いスーツをまとい、静かに付き添っている。
彼を見つめて数秒、誠司が笑うように、思わずといった風に、乾いた吐息をはいた。
「じいさまは、死んでない。まさかお前」
辿り着いた答えを受け入れられないかのように、隣へ手を伸ばした。しかしそれを止めたのは、地面に這い蹲った道化だ。
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