44話
「……途中から話がすり替わってるぞ」
昔話を聞いていた凪之誠司は、引きつった頬をそのままに指摘する。
泰華の恍惚とした表情、熱を孕んだ吐息に潤んだ瞳は見る者を魅了する。烏の濡羽色の長髪が肩からこぼれて、頬を撫でた。色白の肌をほのかに赤く染めている様は麗しき乙女のようだ。
華やかで人形のように整った顔立ちも相俟って一つの美しい絵画に思える。
泰華のたちが悪いのは、少女にも青年にも化けるところである。中性的で行動ひとつで変化する。
正体を知らなければ、誠司も惚れていたかもしれない。
恐ろしい想像に、寒気がしてぶるりと震えた。
兄弟のように育った身だからこそ知っている、奴が何かしらのものを欲することは今までなかった。
ただ当主として凛然と君臨して、そこに無駄な感情——いや人間らしさは皆無であった。まるで良くできた人形だと言われても、疑われないほどに。
「人間だったんだな、お前も」
「なんだと思ってたんだ?」
「自動殺戮人間」
「……殺戮、と言われるような行動はしてないが」
「似たようなもんでしょ」
「はは、本当に俺はそこまでしてないぞ」
「……あっ、そぉ」
そんな男が初めて求めた女。
家族愛すら乏しく友人である誠司にも、必要があれば容赦なく牙を剥く男が、生まれてから現在に至るまで溜め込んどいた熱全てを注ぎ込むように。
なかったのではなく、眠っていたのかと思うほど急速に溢れ出た。
それを一身に注がれる彼女は、甘さなどではなく。灼熱の炎に焼かれて溶けてしまいそうだ。
真綿などではない、業火で彼女を縛り付ける。優しいようで、傷つける行為は愛と言うには些か攻撃性が強い。
強烈でえげつない。
あんなものばかり注がれる彼女は、いつか狂ってしまうだろう。……もう手遅れなのかもしれないが。
思い出すのは彼女の顔。
死人のごとく光を失った、よく見る死を望む表情だ。
もう、壊れているのかもしれない。
人形が人間となって酷くも愛したのは、壊れた人形のような人間。
ややこしい。
誠司は真っ当な、それこそ漫画や小説にある甘酸っぱい恋のほうが好みである。
この町に生まれ、凪之として生きる誠司には一生叶わないものだろうけれど。
「……ていうか、いきなりなんでそんな話してるのさ」
「うん? お前が聞きたいって言ったんだろう」
「昔の話な。お前があまりに様子がおかしかったから、何があったのか聞いた。今は聞いてない」
「そうだ。友だと思っていた者が友ではなかった、というのを当時話すのが心痛くてな。繊細だから」
「どの口が言うんだろう……」
胸に手を当てて、痛みに耐える仕草をしてみせる泰華に、責めた目を向けた。
せめて無表情でなければ付き合ってやっても良かったが、嘘くさすぎるし、冗談にもほどがある。
俺たちに友などできる訳ねぇのに。
誠司と泰華ですら友とは呼べぬ間柄なのだ。
利益があるから、そういう組織に所属した時点で、兄弟にも友にもなれぬ。
ような、程度止まりだ。形だけで、すぐに脆く崩れる関係。
それはもう泰華も知っているだろう、わざわざ口に出す必要はない。
しかし今は感傷を抱くタイミングでは、けっしてない。
誠司の文句に、泰華が苦笑を浮かべて壁から離れる。
こつんと、狭苦しい地下室に靴音が響いた。
ちかちかと電灯が点滅する。
わざと薄暗くしているのだと、この地下室を所有する泰華は朗らかに語っていた。
何を使うのか、凪之にも似た施設はあるので語られる必要はない。
「なぁ覚えてるか? 俺が彼女を保護すると決めたとき」
「は?」
「やっとだ。やっとここまで、来た」
覚えてはいた。
彼女に出会った泰華はそれこそ恋する乙女のように真っ直ぐひたむきに恋心を育てた。
中身が異なろうと、傍から見れば、初恋に翻弄されていた。
虎沢の娘である彼女を守るなどとのたまった。
——まてよ、お前が彼女を守る? 凪之は、敵が、お前かあっちなのか見定めている最中だぞ、 お前が関わったら協力関係だと疑われても否定できないだろ!
そんな誠司の訴えなど聞こえてないのか、彼は行動を起こした。
わざと怪我を負い、ヘマをしたふりで自分も虎沢に追われている仲間だと、警戒心を薄めた。
そのまま彼女を保護——という名の監禁したのである。
自ら銃で傷付けたとき、誠司は気が狂ったのかと疑ってしまった。その後の行動で「本当に狂ったのだなぁ」と納得したのだが。
記憶がよみがえって苦いものが込み上げていた誠司とは違い、今ここにいる泰華は、平然と言った。
「なぁ。 親のゆうこと聞かないような子を始末するのは大変だよな」
「……そう、だな」
「 ちょうどいいと思わないか?」
ああ、そうか、と泰華の瞳を見つめて気が付く。
彼は——怒っている。
彼女を泣かせたことを。
自分より先に感情を揺さぶったことを。
あの日からずっと、ずっと。
冷たい仮面と彼女への熱の下で、荒れ狂う激情が、ぐつぐつと膨張し今にも張り裂けそうなほどになっていたのだ。
日に日に怒りが降り積もるのを必死にこらえて、今か今かと待ちわびていた。
この日を——怒りの根源を破壊して、完全に彼女を手に入れる日を。
「ほんと……そういうとこ」
破裂するまで憤怒を悟らせぬところが、誠司は苦手だった。
気がついたときには、もう。全てが手遅れなのだ。
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