清楚姫と歓迎会 ③
「篠村くん、連絡先を交換しましょう。RINE、やってますよね?」
2杯目のジンバックを舌で転がしながら味わっていると、眞尋からそんな提案をされる。
特に断る理由もないため、俺はスマホを取り出してRINEの交換を行う。
すると、新しい友達の欄に姫野眞尋の字が追加される。
「ウサギ、好きなのか?」
俺は、スマホを見つめて嬉しそうに頬を綻ばせている眞尋に尋ねる。
交換した眞尋のRINEのプロフィール写真は、可愛らしいウサギの写真だった。
「はい!実家で飼っているうさちゃんなんです。かわいいでしょう?」
本日3回目のドヤ顔をかます眞尋。自分の家のウサギが褒められて売れしそうな眞尋は、ニコニコしながらスマホで写真を見せてくれる。
「マジで可愛いな……」
俺も飼いたくなってきた。そう思いながらしみじみとつぶやく俺。
すると城田さんがニヤニヤとしながら眞尋に問いかける。
「そのうさちゃんたち、お名前は何だっけ?ねぇ眞尋ちゃん?」
「
おぉ……愛くるしい見た目に反して随分と古風な名前だな。
「い、いい名前だな」
「ありがとうございます!どちらも私がつけた名前なんです」
お、おう。その謎の自信は何なんだろう。
「ちなみにね、篠村君。その2匹、どちらも女の子なんだよ」
「え」
いよいよ怪しくなってきた眞尋のネーミングセンス。いくら何でもそれはどうなんだ?
「ち、違うんですよ!最初にうちに来たときはとても凛々しかったのでつい……」
空になったグラスと、中に入った氷をくるくる回しながら言い訳をする眞尋。
いじけているところも可愛い。吉宗正宗に負けないくらい。
そう思いながらタジタジしている眞尋を眺めていると、徐々に顔を赤くしながら眞尋が必死に話題を変える。
「そ、そういう篠村くんはサッカーの写真なんですね!」
やや早口でそう言う眞尋。
確かに、俺のプロフィール写真はサッカー関連の写真だ。
背番号9が描かれたユニホーム。高校時代の部活のユニホームだ。
しかし、よくわかるなぁとおれは関心する。
今朝の矢野との部活の話の時もそうだが、これだけ覚えているのはすごい。
「よくわかったな」
素直に驚いた俺がそういうと、眞尋はまたもやドヤ顔。
「高校の時のサッカー部のユニホームですよね?もちろんわかりますよ。何度も見ていましたもの」
「何度も……?」
大した実績も出していない俺らが、ほかの生徒にユニホーム姿を見せる機械などあまりなかった。
それこそ放課後の練習で着ているときくらいだが、誰も気にしてみていないだろうし、それで覚えている人などほぼいないだろう。
じゃあいつ見ていたんだろうか。俺が疑問に思っていると、ドヤ顔を続けたまま姫野が語る。
「はい!放課後の練習を教室からこっそり見てたんです。もちろん、篠村くんが9番だったこともばっちり覚えていましたよ!」
なんと、そこまで覚えていたとは。
「そりゃすごいが、これまたなんで覚えているんだ?」
「それはもちろん、篠村くんをメインで見ていたからですよ!本人には恥ずかしくて言えなかったですけどね。えへへ」
お、おぉ?!すごいこと言い放ったぞこいつ。俺を見るために放課後教室に残ってた?……これは自惚れて良いのか?
ていうか、眞尋結構酔ってるな。本人には恥ずかしくて言えないって、本人を前にして言ってるもん。
「他の人の番号は……あまり覚え……!?!?!?!?」
そこまで言いかけた眞尋は突然顔を真っ赤にする。
今の状況に気づいたようだ。
「い、いまのはですね!くらすめいととしてというかなんというか!とくにふかいいみはなくてですね!」
必死になる眞尋。改めて否定(?)されると心に来るな。
とりあえず、時間も時間だし今日は帰ろう。じゃないと眞尋がやばそう。
「わかったわかった。俺は何も聞いていない。だから今日はもう帰ろう。な?城田さん、お会計お願いします」
軽くパニックになっている眞尋をなだめながら、俺はお会計を済ました。
帰り際、城田さんが「また来てね」と微笑んでくれた。
「ほら水。これ飲んで。一人で帰れるか?タクシー呼ぼうか?」
店を出た俺は近くの自販機で水を買うと眞尋に渡す。
「……ありがとうございます。お願いします」
眞尋は小さな声でそう言うと、素直に水を受け取った。
そして店の前でタクシーを待つ。
肩が触れる距離で並んでいるのに、その間に会話はない。
やがてタクシーが来た。
今日はこのまま解散か。そう思うと居ても立っても居られなかった。
眞尋がタクシーに乗り込もうとした時、俺は彼女手に声をかけた。
「その、なんだ。初日で疲れてただろうし、あの、聞かなかったことにしておくから」
これから一緒に働いていく仲間だ。こんな感じで関係が拗れてはたまったもんじゃない。
俺なりにフォローをしたつもりで放った言葉だった。
しかし、それを聞いた彼女の反応は、思っていたものとは違った。
「いえ、忘れないでください。かえってこの方が良いかもしれませんから」
そう言って久しぶりに微笑みを浮かべた眞尋。
その言葉が理解できずにいた俺を置き去りにするかのようにタクシーのドアが閉まり、そのまま走り去っていった。
「……なんだったんだ?」
結局最後まで理解が追いつかないまま、俺も帰路に着いた。
まぁ最後は笑ってたし、変にギクシャクすることもないといいなと思う。
◇
「やってしまいました……」
篠村くんが呼んでくれたタクシーの車内で、私は一人反省会を行います。
お酒は弱くないつもりですし、ペースも特に問題はなかったはずなのですが……なんであんなことを口走ってしまったのでしょうか。
「変に思われちゃいましたよね」
その後は荒れに荒れてしまいました。そして1人でパニックになる私。
篠村くんには迷惑をかけてしまいました。
「……やっぱり素敵な人です」
それでも彼は、嫌な顔せずに私を介抱してくれて、タクシーまで呼んでくれました。
私を気遣って言葉もかけてくれました。
「でもちょうど良かったかもしれないですね」
もう後悔はしないと誓ったのですから、これくらい大々的にアピールするのもアリです。
というか、もうそれでいくしかありません。この状況的には。
「待っててくださいね、篠村くん」
私は腹を括ります。これ以上失うものはないのですから、あとは攻めるのみです。
攻めて攻めて、私の想いをぶつけて。その結果彼が私の想いに応えてくれたら……
想像するだけで頬が緩みます。
「……好きです。あの時からずっと」
タクシーの窓に反射するだらしないニヤけ顔越しにみる都内の街並みは、眩しすぎるくらいに輝いています。
私の未来も、このくらい明るいといいな。
なんて思ったり。
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