清楚姫と歓迎会 ①
高校時代の同級生、姫野眞尋が新入社員として入社してきた。
そしてその姫野の教育担当となった俺、篠村朔。
昼食を済ました俺たちはオフィスに戻り、午後の仕事を再開した。
姫野の教育担当である俺は本来、姫野にマンツーマンで仕事を教える事になっている。
しかし昨日同様、報告書の作成が全く終わっていない俺はその作業をしなければならなかった。
そのため、簡単なタスクを姫野に任せる事にした。
やり方を教え、席を離れる。
こっちもこっちで早く仕事を片してしまいたい。今日だけは残業などは許されない。
というのも今日は、終業後に近くの居酒屋にて姫野の歓迎会が行われる。
俺自信酒が好きということもあるし、こういう機会に出席できないのは社会人として結構痛い。社内の人間が相手であっても、酒の席は大切だ。
という事で俺は、気合を入れ直して作業を進めた。
そして時刻は18:00過ぎ。
終業までになんとか仕事を終わらせることができた俺は、姫野を含む会社の人達全員で、歓迎会の会場となっている店へと向かう。
「楽しみですね」
道中、隣を歩く姫野がふわりと微笑みながら言ってきた。
「そうだな。ところで姫野は酒強いのか?」
「そうですね、あまり得意ではないです」
なんとなく、そんな感じはしたが、やはり強くはないのか。
やっぱりこういうところが清楚姫たる所以なんだろうな。
「そうか。じゃあ気をつけろよ?うちの人達は呑兵衛ばっかりだからな」
俺がそう言うと、姫野はまた、小悪魔チックな笑みを浮かべた。
「その時は、篠村さんが助けてくださいね?」
不意打ちをくらった俺は思わず狼狽える。
今朝もそうだが、清楚姫らしからぬこの言動、本当に心臓に良くない。
「もう大人なんだからそれくらい自分でどうにかしてくれ……」
動揺を隠すための俺のセリフに対して「そうですね」なんて言いながら歩く姫野の表情や足取りが先ほどより弾んでいるように見えるのは俺の気のせいだろうか。
そんなこんなで到着したのが、居酒屋
京急蒲田駅から徒歩3分程の場所に位置するこの店は、好日企画の全社員総勢14名を貸切という形で迎えてくれた店だ。
なんでも、いの八の店主がうちの社長と昔馴染みらしく、会社の飲み会といえば大体ここでやっている。俺らの歓迎会もここだった。
ここ、魚がめちゃめちゃ美味いんだよな。
店に入った俺たちは、社長の指示でそれぞれ席に着く。
うちの社長、こういう時にやたらと自分で仕切りたがるんだよな。
ありがたいけど、部下としては申し訳ない気持ちもある。まぁ、本人が楽しそうにやってるからいいか。
ちなみに席は机の真ん中に姫野、その両サイドに俺と矢野。姫野の向かいには社長で、後はなんか適当な感じになっている。
まあそうなるよな。なんとなくわかっていたとは言え、あの姫野の隣で一緒に酒を飲むというのはなんだか不思議な気分だ。
席についた俺たちは、まず初めに飲み物や軽いつまみを注文する。
姫野以外の社員達は皆メニューも見ずに注文。何度も来てるからな。そりゃそうなるわ。
「驚いたろ?会社の飲み会で何回も来てるから皆こんな感じなんだ」
「そ、そうですね。皆さんすごいです」
「別に急がなくていいからね、まひろん。好きなの頼みな〜」
そう言いながら姫野にもたれるようにして絡んでいる矢野。
お前、もう酒入れてるのか?
そんな矢野に戸惑いつつ、カルピスサワーを注文した姫野。
ちなみに俺はレモンサワーで、矢野は生ビール。
社長はウイスキーをロックで。
初っ端から飛ばすなぁ、このおじさん。
実際、自他共に認める酒豪である社長のことだから、この程度じゃ潰れないだろうけど。
そんなこんなで3時間ほど飲み食いして現在21:30。少し早いがお開きという事になった。明日も普通に仕事だし、懸命な判断だろう。
気持ちよく酔えて気分が良くなった社長が全額出してくれるという。
姫野以外で割り勘のつもりでいたので、非常にありがたい。
ちなみに俺はそうでもない。
謎の緊張から酒は進まないし回らないしで正直飲み足りないくらいだった。
そう思いながら俺は店の外に出る。外では、帰る方面が同じ人達同士で固まっている。
俺は矢野にダル絡みをされている姫野を救出しつつ、姫野に聞いた。
「姫野帰りは?」
「私は京浜東北線で大井町です。篠村さんは?」
なんだ意外と近いじゃないか。
「俺も大井町だ。そっから大井町線で
姫野は蒲田からJR京浜東北線で3駅の大井町。
俺はそこから東急大井町線に乗り換えて一駅の下神明。
最寄駅は一駅隣なのでかなり近いんだな。
って、そんな事考えてる場合じゃない。これはまずいぞ。
そう思ったのも束の間、姫野の隣にいた矢野がぷるぷる震え始めた。
「ま、まひろん京浜ユーザーなの?」
「は、はい。そうですか、それが何か……?」
「敵だぁぁあ!うわぁぁぁぁあ!」
そう言うと矢野は、うがー!と姫野に襲いかかる。
「ど、どうしたんですか一花さん!」
「すまんな姫野。そいつは重度のJRアンチ京急ユーザーなんだ」
「い、意味わからないです!助けてください篠村さん!」
俺だって意味わからないさ。2年前の俺らの歓迎会の帰りで、俺も同じ目にあった。
矢野の絡み酒はどうにかならないのか。
そして俺は、なんとか抜け出した姫野とともに駅へと向かって歩き出す。
「裏切り者ーー!」という矢野の声が聞こえた気もするが、気のせいだろう。
2人で歩く夜道、隣の姫野はニコニコと嬉しそうにしている。
「楽しそうだな」
「はい!あんなに楽しい飲み会は久しぶりでした!」
そう言って無邪気に笑う姫野。
……近くで見ると破壊力えげつないな。
その後は他愛ない話をしながら歩いて蒲田駅に到着。
そして乗り込んだ電車が大井町で停まり、俺たちは下車した。
すると隣にいた姫野が上目遣いでこちらを見てきた。
「あの、篠村さん。もし良かったらなのですが……」
言われなくても、家まで送るさ。そう言おうとしたが、続く姫野の言葉は、俺が予想したものとは全く違うものだった。
「この後、2人で飲み直しませんか?」
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